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イバンのばか  作者: 夜間三
第三章 妖精
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2.なれそめと行き先【ルキ】

 草原を抜けたら、ずいぶんと生き物の気配がし始めた、とルキは思う。

 小川の水は清く透き通り、周りの青々とした木々や茂みには果実が実っている。

 鳥の声も聞こえるところから、きっと獣の肉や魚も手に入るだろう。


 イバンのふざけた昼食宣言を受けて、ルキたちは小川の水と携帯食で食事を済ませた。

 携帯食というのは、ビオラが肩に提げたバッグから取り出したものだ。

 丸薬状のそれは、水を含ませるとみるみるうちに柔らかなパンに変わった。

 彼女はどうやら得体のしれないアイテムを色々と持っているらしい。


 そういえば戦闘時に手にしていた本もあのバッグの中に入っているようだが、バッグは彼女の両手ほどの大きさしかなく、外目からは物が入っているようにはとても見えない。

 とはいえ、魔女の持ち物を下手に探るつもりはない。

 食べるものに困らなければそれで充分だ。


 食事を済ませると、イバンは『食ったら休む。すぐにお風呂は厳禁だ。消化系にきちんと血を集めよう』というようなことを言い放って、草原に寝転んだ。


 ぐうぐうとわざとらしい寝息を立てるイバンを尻目に、ルキも身体を休めることにしたのだった。


「ルキってほんとに僧侶なの?」


 クライスが唐突に、図々しく尋ねてくる。

 この少年もいまいち性格がつかめない。びくびくしていたかと思えば、やけになれなれしい態度も取ってくる。

 気分が一定しない人間というのが、ルキにはどうしても理解できなかった。


「どう思ってもらっても結構よ」


 無礼な質問は受け流すことにする。


 口をつぐむクライスに対し、今度はビオラが質問をした。


「ねえ、ところで、クライスはイバンのことを知っているの?

 町に来たときから連れだったんでしょう?」


 言及されたイバンは、草の上に根付いたように寝そべっている。

 ビオラとオズモは町の外で怪物を追っているときに出会ったのだと聞いているが、確かにクライスについてはまだ事情を説明されていない。


 質問されたクライスは、きょとんと瞬きをする。


「えっ……まあそうなんだけど。でもよく知らないんだよね、あの人のこと」


 無責任な答えに、ルキは眉をひそめる。


「歯切れ悪いわね。ちゃらんぽらんな子供が、なんであの男にくっついて来たのかしら。どこに何をしに行くのかも分かってるようには見えないけど」


 見ると、睨まれでもしたかのように情けない顔を返してきた。


「だって、オレも会ったばっかなんだぜ。名前もさっきまで知らなかったし」

「クライスったら、わけも分からず見知らぬ人について来たっていうこと?

 いつか悪い人に誘拐されちゃうわよ」


 ビオラにからかわれて、今度はむっと唇をとがらせる。百面相である。


「そんなこと……うーん、そうかも。いや、でも、オレ道に迷っててさ。一晩入れて、まる一日くらい。これはまずいぞと思って――ああ木の実を射ってたんだ。することなかったからかな。そしたら……えーと、繊細な……キュウジュツとは……うんぬん」


「弓術とは繊細な技術を持っているじゃないか、と言いながらイバンが現れた」

「あっ、そうそう」


 クライスの意味不明な説明に口を挟んだのは、癇にさわる朗々とした声だ。

 寝ていたのではなかったのか、とルキはイバンを睨みつける。


「自分が言ったことをいちいち覚えてるなんて、気色悪いわね」

「今まで食ったパンの数までは覚えてないよ」


 この男とは一切会話が成り立たない。

 一方のクライスは思い出したのが嬉しいのか、笑いながら続ける。


「そうそう。そんで迷ってるんなら一緒に行くかって言うから、オレ、別にふらふらしてただけだし、じゃあ行くよってね。そういうわけ」


「やっぱり、わけもわからず見知らぬ人について来たってわけね」

「俺が悪い人じゃなくて良かったじゃないか。サーカスに売られたりロバにされたりせずにすんだな。幸運クライスだ」

「うう……なんだよ寄ってたかって」


 食えないうえに、どうにもふざけた連中だ。

 呆れたルキは、これ以上の興味もなくしてしまった。

 ふと見ると、鎧のうっとうしいオズモは彫像のごとく黙ってじっとしている。

 まったく、まともな人間は一人もいない。


「なあイバン、これからどこに行くのさ?」


 クライスの質問に、頭のおかしい男はなんと答えるのか、と目を向ける。


「とりあえず左……かな」


 はぐらかしているようにしか聞こえない答えには、のんきな少年もさすがに納得しなかったようで、違うよと手のひらを振った。


「そーじゃなくて。最後にどこに着くのって訊いてんの」

「ローマかな」

「またそーゆうこと言う」

「質問に対して――」


 ローマってどこだよというクライスの文句に、男はぴっと人差し指を立てた。


「すっと一つの答えを返すのはなんとも芸がないし型どおりだ。世の中一問一答で話が済むことなんてめったにない。それはある種の思考停止とも言える。だから大人ってやつは質問に答えればそれで済むなどとは考えないのさ。――なーんつって」


 急におどけた口調になると、立てた人差し指でドス、と少年の赤毛頭を突いた。ぐう、とうめき声が聞こえたところでは、じゃれたというより攻撃したようだ。


「悪いな、まわりくどいのが昔からの癖なんだ。

 まあ癖というか、わざとなんだけどね。魔王の城だよ」

「わざとなんだろ、知ってるよ。……え?」


 なんだかんだとごまかしておいて、結局質問には答えるらしい。

 クライスは眉を八の字にして、おうむ返しに訊きかえした。


「……まおーのしろ?」


 やはりこの少年、どこに何をしに行くのかも分かっていなかったらしい。

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