8.心配すること【ルキ】
「いいかげん、うんとかすんとか言ったらどうなの」
ルキはしびれをきらしていた。
元来気は長くない。
なだめられるのも大嫌いだからこらえてきたのだが、そろそろ限界だ。
先ほどから変わらぬ無表情でルキを見返してくるこの男は、いったい何なのだ。
軍人とはかくも無感情なのかと呆れていれば、どういうわけか怪物の親玉を逃がす始末。
敵を殺さないで、何が戦士だというのだ。
そのうえ、いくらなじってもまるで反応を返さない。
あの魔女と狂った男にはぐらかされたが、話はまだついていないではないか。
「仲良しこよしで今一緒にいるわけじゃあないのよ。得体の知れない奴に背中は向けられないわ」
やはり返事はない。
しかしあの騒々しい少年のように、ルキにおびえている様子でもない。
じっと見上げると、無表情の中で伏せられた褐色の目が小刻みに揺れている。
話を聞いていないわけではなさそうだ。だが、何を考えているのかさっぱり判らない。
内心で舌打ちする。
だから上背のある男は嫌なのだ。こちらがわざわざ見上げなければならない。
「ルキが心配することじゃないよ」
前から聞こえた声に、もう一度、舌打ちしたくなる。
いちいち口を挟んでくるこの異常に陽気な男こそ、全くもって得体が知れないというのに。
「誰が心配してるの。信用できないと言ってるのよ」
「俺は信用してるよ、お前さんのことも」
「お前が太平楽だろうがあたしには関係ないわ」
「……」
オズモが何か言った気がして顔を上げる。
無表情にしか見えないが、目を見ていたらなんとなく、彼が申し訳なく思っているようであることは分かった。
しかし――後悔しているようには見えない。
悪いことをしたと思っていないのか、と詰め寄ろうとして、再びイバンの声が割り込んでくる。
「でもルキは、ここにいるだろう?」
前を歩くイバンはそう言って振り向き、笑った。
いつだって笑っている。
いったい何がそんなに嬉しいのだ。
「……そうね」
仕方なく、認める。
導くのはあの男だ。
全く、癪ではある。
少しくらい狂っていなければ、正義など為せないのであろう。