表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イバンのばか  作者: 夜間三
第二章 最初の戦い
14/129

7.言い訳【クライス】

「どういうつもり!?」


 鋭い叱咤の声に、クライスはびくっと身体を震わせた。

 おそるおそる振り向いてみて、その激しい声は自分に向けられたものではないと分かり、ほっとする。

 肩をいからせた僧女が、ビオラとオズモにつかつかと寄っていく。


「お前がジャマしたわ」


 ルキは腕を伸ばしてオズモの鼻先に指を突き付けた。いつにもまして攻撃的な表情に見える。

 クライスは一瞬呆けたが、はっと気づいて三人の方へ駆け寄る。


「けんか、よくないっ」


 我ながら間抜けな発言だったと思うが、なんにせよルキは怒りの矛先をオズモからそらしてくれた。


「なんですって?」

 尖った視線が代わりに突き刺したのは、割って入ったクライスである。

「お前は何を見ていたというの? 頭からっぽのくせに知ったような口をきかないことね!」


 頭ごなしに怒鳴られるのに慣れていないわけではない。しかしクライスはどうにも、僧侶の烈しい調子にすっかり委縮してしまう。僧侶から怒られるのはさすがに経験がないし、ルキは少しも遠慮がないのだ。

 彼女は何も言えずにいるクライスから、再びオズモに向き直る。


「化け物を逃がしたわ! いったい何を考えているというの? ずっと黙り込んでおかしな男だと思っていたら、邪魔するために同行したというわけなの?」


 詰め寄られているオズモ本人は石のように固まっていたが、たじろいでいるというより、ルキの言葉がほとんど耳に入っていないように見えた。

 止めなければとクライスは思うが、いまいち事情がつかめない上に、なんと言えばルキが矛を収めてくれるのかも分からない。

 ルキの言う通りなのだとしたら、オズモが魔物を逃がしたということだが……。


「大丈夫よ」


 にわかに、静かな声が遮った。

 手にした本をぱたんと閉じたビオラが、微笑を浮かべてオズモを見上げた。


「大丈夫。そうでしょ、オズモ」

「……」


 見つめられた方は、表情を変えず、石のように動かない。

 思えばオズモは一番初めからそうだったと思い至り――否、違う。

 表情は変わっていないように見える。

 ただ、どこか一点を見つめる褐色の瞳が、揺れていた。


「そうだぞ、大丈夫さ」


 誰の声だ?

 と、考えかけ、ああそりゃイバンだと思い至る。

 落ち着いた低い声だった。

 今まであまり見せなかったような冷静な表情で、彼はいつの間にかそばに立っていた。


「お前もそうだわ!」


 間髪いれずにルキが食ってかかる。


「とどめを刺す気がなかった、そうでしょ? 本気じゃなかったのくらい、あたしでも分かるのよ」

「ああ、お前さんはいつも本気だ」


 さらに反駁しようとするルキに手をかざして制すると、イバンは一度、沈黙する。

 ビオラは微笑を動かさずに。

 まだ怒鳴り足りないといった様子のルキも、大人しく黙ったまま。

 そしてオズモは、ふいに我に返ったように瞬いて、彼を見た。

 イバンは、マントの下でわずかに両腕を動かしかけ、やめた。


「――剣には」

 穏やかな口調で話し出す。

「鞘が必要だ。その一方で鞘は、剣がなければ存在しない」


 そうして、下方に目線を向ける。腰に下げた自分の剣を見たのかもしれない。


「ところが剣が用を為す時には、鞘は必要ない。むしろ、あってはならない。剣が剣であるためには、鞘などない方がいいということだ。目的のために、目的を捨てることもある」


 ほとんど抑揚もつけずにそう言うと、突然顔を上げて、破顔する。

 クライスにも見慣れた、顔いっぱいの笑み。

 そしてなぜか、傍らに立っていたクライスの手首をがちりと掴んで、チャンピオンとばかりに思い切り振り上げた。


「草原を抜けたら――」

「いたい、いたいっ」


 長身のイバンにほとんどぶら下げられる格好で文句を言ったが、聞こえないふりをされた。


「お昼ごはんだッ!」


 他の三人がどんな顔をしていたのかは、見損ねてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ