7.言い訳【クライス】
「どういうつもり!?」
鋭い叱咤の声に、クライスはびくっと身体を震わせた。
おそるおそる振り向いてみて、その激しい声は自分に向けられたものではないと分かり、ほっとする。
肩をいからせた僧女が、ビオラとオズモにつかつかと寄っていく。
「お前がジャマしたわ」
ルキは腕を伸ばしてオズモの鼻先に指を突き付けた。いつにもまして攻撃的な表情に見える。
クライスは一瞬呆けたが、はっと気づいて三人の方へ駆け寄る。
「けんか、よくないっ」
我ながら間抜けな発言だったと思うが、なんにせよルキは怒りの矛先をオズモからそらしてくれた。
「なんですって?」
尖った視線が代わりに突き刺したのは、割って入ったクライスである。
「お前は何を見ていたというの? 頭からっぽのくせに知ったような口をきかないことね!」
頭ごなしに怒鳴られるのに慣れていないわけではない。しかしクライスはどうにも、僧侶の烈しい調子にすっかり委縮してしまう。僧侶から怒られるのはさすがに経験がないし、ルキは少しも遠慮がないのだ。
彼女は何も言えずにいるクライスから、再びオズモに向き直る。
「化け物を逃がしたわ! いったい何を考えているというの? ずっと黙り込んでおかしな男だと思っていたら、邪魔するために同行したというわけなの?」
詰め寄られているオズモ本人は石のように固まっていたが、たじろいでいるというより、ルキの言葉がほとんど耳に入っていないように見えた。
止めなければとクライスは思うが、いまいち事情がつかめない上に、なんと言えばルキが矛を収めてくれるのかも分からない。
ルキの言う通りなのだとしたら、オズモが魔物を逃がしたということだが……。
「大丈夫よ」
にわかに、静かな声が遮った。
手にした本をぱたんと閉じたビオラが、微笑を浮かべてオズモを見上げた。
「大丈夫。そうでしょ、オズモ」
「……」
見つめられた方は、表情を変えず、石のように動かない。
思えばオズモは一番初めからそうだったと思い至り――否、違う。
表情は変わっていないように見える。
ただ、どこか一点を見つめる褐色の瞳が、揺れていた。
「そうだぞ、大丈夫さ」
誰の声だ?
と、考えかけ、ああそりゃイバンだと思い至る。
落ち着いた低い声だった。
今まであまり見せなかったような冷静な表情で、彼はいつの間にかそばに立っていた。
「お前もそうだわ!」
間髪いれずにルキが食ってかかる。
「とどめを刺す気がなかった、そうでしょ? 本気じゃなかったのくらい、あたしでも分かるのよ」
「ああ、お前さんはいつも本気だ」
さらに反駁しようとするルキに手をかざして制すると、イバンは一度、沈黙する。
ビオラは微笑を動かさずに。
まだ怒鳴り足りないといった様子のルキも、大人しく黙ったまま。
そしてオズモは、ふいに我に返ったように瞬いて、彼を見た。
イバンは、マントの下でわずかに両腕を動かしかけ、やめた。
「――剣には」
穏やかな口調で話し出す。
「鞘が必要だ。その一方で鞘は、剣がなければ存在しない」
そうして、下方に目線を向ける。腰に下げた自分の剣を見たのかもしれない。
「ところが剣が用を為す時には、鞘は必要ない。むしろ、あってはならない。剣が剣であるためには、鞘などない方がいいということだ。目的のために、目的を捨てることもある」
ほとんど抑揚もつけずにそう言うと、突然顔を上げて、破顔する。
クライスにも見慣れた、顔いっぱいの笑み。
そしてなぜか、傍らに立っていたクライスの手首をがちりと掴んで、チャンピオンとばかりに思い切り振り上げた。
「草原を抜けたら――」
「いたい、いたいっ」
長身のイバンにほとんどぶら下げられる格好で文句を言ったが、聞こえないふりをされた。
「お昼ごはんだッ!」
他の三人がどんな顔をしていたのかは、見損ねてしまった。