6.声【オズモ】
ひどい臭いがした。
肉の焼ける臭いだ。
オズモは槍で吹き飛ばしたスライムが風化を始めたのを確認して、顔を上げる。
「ぐあ!」
ジュウという音と、太い悲鳴。
やや離れた場所で、戦っていたはずのイバンと魔物は動きを止めている――
いや、違う。
魔物の方が、慌てふためいている。
その胸のあたりが赤く燃えている。魔物がばしばしと胸を叩いて払うと、やがて炎は消えた。だが、今度はその両腕に、再び火が上がる。魔物は当惑した様子で、顔を上げた。
そこでオズモは、傍らでビオラが魔物の方を向いて立っているのに気がついた。
臙脂色の本を開き、なにかを呟いている。
と、魔物がにわかに、ビオラに向かって突進してくる。
巨体に似合わぬ速さに、近くにいたイバンは反応できていないようだ。
彼女が危ない。
そう思ったのを自覚した。
鎧を着込んでいるオズモは、機敏には動けない。
――また自分は、なにもできないのか。
魔物が突然、転倒した。
オズモも思わず息をのむ。
魔物の体のあちこちから、火柱が上がっていた。
くそ、と吐き捨てる声。
立ちあがろうとする魔物に向かって、ビオラが白い手をかざす。ボウ、と爆発音がして、魔物の全身が炎に包まれた。
「うわあああっ!」
激しい悲鳴。
あの魔物の痛みだ。
くそ、くそ、と毒づきながら魔物は地面を転げて炎を消そうと躍起になる。
焼かれる痛み。
さっき、オズモも苦しんだばかり。
あの悲鳴は、金属をこすりあわせたようなスライムの悲鳴とは違う。むしろクライスと同じ、人間らしい声。
そうだ、彼はイバンと話していた。
言葉を交わすのは理解し合うことだ。
それが人間の営みでなくて、なんなのだ?
「!」
目の前に、ビオラの当惑した顔があった。
「オズモ」
とがめる声で名前を呼ばれる。
気がつくと、自分の手がビオラの細い腕を押さえていた。彼女の手にしていた本が、自分の足の先、草の上にうつぶせに落ちている。
「オズモ?」
返事ができない。
自分が何を考えているのか、分からない。
彼女はオズモから顔をそらし、息を吐いた。そちらを見ると、さきほどまで陽炎をたてていた彼の姿が、消えている。
「逃げたわ」
ビオラはオズモを無視して本を拾い上げ、塵を払った。