5.白の帰郷【イバン】
「あのさ……」
月明かりの柔らかな夜、空を眺めるように仰向けに寝転んだクライスがぽつりと言った。
「ちょっとうらやましかったな。俺も……とうちゃんとまた会えたらいいなって」
「俺と魔王のこと?」
「うん。会えたらちゃんと話せるもんな。一人で勝手に色々言ったり思ったりはできるけど、会わないと伝えられないじゃん」
「その通りだ」
「俺はさ、頭使うのヘタだし、伝えられないこと考えてもしょーがないって気がしちゃうんだ。だって今更考えたってどうにかなるもんじゃないし」
「そうかな」
イバンは何もかもを見透かしているわけではない。クライスの生い立ちだって、彼が自身で語った範囲のことしか知らないのだ。
でもこの素直で屈託のない少年が必要としていることは、何となく分かる。分かった風なことを言えるというのが、イバンの少しは誇れる能力だった。
「死者と対話することはできないが、自分と対話することはできる。クライスは言っていたじゃないか。今まで考えないようにして、忘れてきたって。運が良ければそのまま済むかもしれないが、いつか直面しなければならないときが来るかもしれない。心の隅に押し込めてしまったら、改めて引っ張り出したときにどう扱っていいものか分からなくなるのさ。だから無駄なことなんかじゃないぞ。一人で考え込むのが苦手なら、小鳥にでも話せばいいじゃないか」
クライスが頭を左右に揺らして、うーむとうなる。
「そっか」
彼は理屈を理解するわけではない。ただ言葉と声と表情から、相手の言いたいことを把握するだけ。
分かっていないと言えば分かってないのだろうけれど、今はそれでいい。
「じゃ、イバンもそうなんだ」
「ん?」
「あ、いや……なんでもない」
クライスが決まり悪げに視線を泳がせて、あははと笑ってごまかした。
イバンもつられて笑いながら、意外に聡いところもあるクライスの赤毛頭をわしゃわしゃと掻き回してやる。
「ああ、俺もそうだよ」
伝えたいことならいくらでもある。
結局、俺はただの救世主志望の人間だったんだ。
救世なんてずいぶん強い言葉だけど、救おうとしている相手が確かに見えていたのかと思うと怪しいものだっだって、今更になって気がついた。
見えていなかったからこそ、雲をつかもうと躍起になっていた。歩き続ければいつか遭遇するかもしれないと楽観していた。手に入れるどころか、大切なものを失うだけだったのに。
俺を待っている間は幸せだってきみが言ってくれたのを覚えてる。
もしかして、今も待っていてくれてるんだったりして。それはうぬぼれが過ぎるかな。俺みたいな男はきみと同じところには連れて行ってもらえないだろうけど、もしも待っていてくれるのなら、いつかきっと会いに行く。
行くって言ったら行く。永劫の時がかかろうと関係ない。
きみが俺を許してくれるのなら。
イバンのばか
おしまい