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イバンのばか  作者: 夜間三
第十二章 未来
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4.緑の探求【オズモ】

 光が地面に沈んだかと思うと、その中心にいたイバン達は姿を消していた。


 道を違えることに、オズモは不思議と不安を覚えていない。

 密林でもそうだった。

 闘技場でイバンが傷を負ったときは行き先が閉じたようにすら感じたのに、今は違う。

 何が正しいことだと自分が考えているか、それが分かり始めているのかもしれない。


「城で待っている」


 声に振り向くと、魔王の影が風に吹かれた砂のように形を崩していくのが見えた。

 三人だけがその場に残される。


 ルキがむっつりと唇をとがらせ、さっさと城に向かって歩き始めた。


「どうせ妨害する気ないのなら、連れて行ってくれないものかしら」

「いいじゃないか。自らの足で踏みしめた道のりにこそ誇ることのできる銘が刻まれるんだ」

「黙ってて」


 兄妹の後に付いてオズモも歩き出す。


 ルキに話した通り、オズモは自分が向かうべきは魔王のもとだと思った。

 なぜなら知りたかったから。魔王の仲間――“悪い魔物”達が一体何を考えて敵を襲っていたのか。それが強いられたものであるのならば、それだけが唯一の方策だと誤解しているのならば、彼らを助ける必要があると思った。

 助けないと。信念に裏付けされた戦いでなければ、それに巻き込まれるのはただの被害者だ。


 ルキを守りたかったのも本心だった。

 彼女はオズモなどとは比べものにならない強い意志を持っているけれど、それは彼女の体力と精神力を蝕むものでもある。

 独りにしてはダメなのだ。必要ないと言われても、後ろから見ていて、倒れる前に支えてやらないと。余計なお世話だと睨まれようが、オズモは手を引っ込める気にはなれなかった。


 と、ルキがぴたりと足を止める。

 続けて立ち止まるライオネルの赤いマント越しに、別の人影が見えた。


 見たことのない若い男性だ――と判別した瞬間、ルキが彼の鼻面を杖で殴りつけた。


「!?」


 いきなりのことに何がなんだか分からず、咄嗟に槍を抜く。


 が、心配することはなかった。

 男性の姿が紫色の煙に包まれたかと思うと、次の瞬間そこにいるのは顔を両手で押さえた夢魔の少年になっていた。


「何すんだよ!?」

「不愉快な記憶を見せるなって言ったでしょ」


 ほっとして槍をしまう。

 どうやらルキの嫌な思い出の中の人物だったらしい。


 彼は身軽に宙を跳んでルキから逃げるようにオズモの隣に立つ。


「で、どーなったわけ?」

「きみは今までどこにいたんだい?」

「とりあえず避難してた。そしたらセリチュ達が戻ってくるのが見えてさ、何か陛下が大事な話があるってわざわざ皆を呼んでるみたい。だから何かしら話がついたのかと思って」


 セリチュとは、ここにワーウルフ達を先導していたあの女の子だ。

 アマゾネスの村を襲うと言ってはずだが、戻ってきたということはやはり侵攻を止めたということなのか。


「それで? あたしたちに文句でも付けに来たのかしら?」


 ルキのつっけんどんな言葉に、彼は肩をすくめる。


「そんなんじゃないって。言っただろ、ぼくは楽しく生きられればそれでいいんだ。世界がどうとか平和がどうとかって全然キョーミない。そんなこと考えなくったって立派な人生だぜ、そうだろ?」


「きみの考え方は実にロマンティックだ」とライオネルが笑った。


「ま、正義感の強いお嬢様には睨まれるかもしれないけどな」


 わざわざ睨まれるような憎まれ口を残して、彼は現れたときと同じように前触れなく姿を消した。

 目をすがめたルキは、黙って鼻を鳴らすと再び歩き始める。


「お前はどっちなの?」


 ルキが背を向けたまま投げかけてきた言葉は、オズモに向かっての問いだろう。


 正義と幸福は相容れないものなのだろうか、とオズモは疑問に思う。

 一人の人間が安心して生きていける世界を創ること。それが正義を意味するのではないのか。

 もしもたくさんの血を流さなければ達成できない正義があるとしたら、それは果たして正義と呼べるのか。未来にしか到達できない幸福は、今に生きる者達に意味のあるものなのか。


 オズモにはそうだと言い切ることはできなかった。


「……あんたとは、違うと思う」


 そう答えると、ルキは何も言い返してこなかった。


「オズモ」と耳元でささやかれて思わず身をかわす。

 いつの間にかライオネルがすぐ後ろに立っていた。何やら達観したような薄笑みを浮かべている。


「ルキは身を守るために棘を付ける、薔薇と同じなんだ。恐れずに身を寄せれば、かぐわしい甘い香りに恍惚とするための金の天使を得ることができる」

「……」

「いいんだ、何も言うな。僕のことは気にする必要ない」


 意味不明だ。


 とにかく――オズモには、ルキも幸せを感じられるようになってほしいと思えてならない。

 もしかしたら彼女自身は既に感じているのかもしれないけれど、少なくとも、何が正しいのかなんて気にすることなくぼんやりと過ごしたことなんてないのではないか。

 もしかしたら彼女自身は、無為なことこそ厭う対象なのかもしれないけれど。


 魔王はどうなのだろう。

 きっと今までは魔王なりの正義を求めていたのだ。

 だが彼は言っていた。新たにできた同胞を愛していると認めていた。

 彼の中にも幸福という概念が生じたのではないかと、オズモは勝手に思っている。


 グロリアは初めから分かっていたのではないか。

 彼女はきっと魔王を幸福にしたくて、そのために障害を取り除こうとした。自分が誰に憎まれたとしても、魔王のためになればきっとそれが彼女の望みだった。


 魔王が彼女の思いを受け入れたのならば、彼女はもう憎まれる必要もないのではないか。


 とはいえ何もかも、オズモの憶測に過ぎない。

 彼らを直接見たのはほんの限られた時間であるし、グロリアとはまともに話もしたことがない。


 オズモが魔王の城に行こうとしているのは、それを確かめるためでもあるのだ。


 確かめた後どうするか――それはそのときに考えればいい。

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