5.己
俺は、俺自身を誇っている。
自我がある、名前もある。
俺は俺の意思で自分を動かせる。
単純極まりない下等な怪物ども、俺はそれらをも自由に操れる。
そうして勝ってきた。
仲間にも、敵にも、負けたことはない。
だからこうして前線へとやってきた。
俺なら、敵を丸ごと滅ぼせる。
俺は負けない。
負けたら俺はなくなるからだ。
「アレス」
目の前の敵が呼ぶ。
横ざまに斧で払うと、ヤツは後方に跳びすさってかわす。
切っ先も当たらない。
「なれなれしく呼びやがって」
いらいらする。
左手に掴んだ槍を投げつける。
まっすぐ、ヤツの額に突き刺さるはずだった。
ところがヤツは、ほとんど音も立てずに片手で槍をいなした。
「お前は何を考えている?」
ヤツは突っ立ったまま、俺にそう訊いた。
「何を考えているだと?」
この感情はなんだ?
ぐらぐらと煮立つような熱を感じる。
地を蹴り、ヤツとの間を一気に詰める。
ヤツは俺より速く動けない。
斜めに斧を振り下ろすと、ヤツは自分の剣で受け止めようとする。
まっぷたつにしてやる。腕に力を込める。
しかし、ヤツは身体を引きながら剣で俺の斧を受け流した。
俺の斧は地面に刺さる。
手ごたえはない。
刃を思い切り引き抜くと、後ろに一歩よろける。
ヤツはただ俺を見ている。
「畜生」
ああ、いらいらする。
なぜだ?
俺は何度も戦ってきた。
そして勝つのだ。
俺はこの手でヤツの肉を引き裂いて、血を浴びる。
ヤツも残りの四匹も、下等な怪物のようにただの物質になるのだ。
それが俺を高揚させる。
なのに、なぜ俺はこんなに苛立っているのだ?
「それは憎悪か」
ヤツが言った。
憎悪だと?
俺は憎いのか?
こいつらは俺に負ける。
ただの塊になるのだ。
この俺がなぜヤツらを憎む?
「黙りやがれ!」
クソ、いらいらする。
俺は理性的なはずだ。
なんなんだ、こいつは?
「消えろ!」
とびかかり、斧を振り下ろす。
今度はヤツも守り切れなかった。
かろうじて剣で受け止めたが、刃はヤツの金色の頭のほんの数センチ上。
ぐ、と上から体重をかける。
俺のほうが身体はでかい。ヤツは腕で受けるだけ。
ヤツはまっぷたつになる。
このまま俺は、勝つ。