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イバンのばか  作者: 夜間三
第二章 最初の戦い
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4.草原の戦闘【オズモ】

 オズモは迫ってくるスライムを、槍の側面で薙ぎ払う。

 顔を上げると、さらにもう一体スライムがぶよぶよと跳ねたり這ったりしながら寄ってくる。

 スライムは絡みついてくるだけでなく、体液で包み込んだものを溶かす力もあるらしい。見た目が愛らしくても、舐めていては危険だ。

 両手に構えなおした長槍で三度薙ぎ、一息に中心を刺し貫く。

 

 境界だとかという森を抜けたとたんに、このお出迎えである。

 森の結界というのがなければ、あの町は既に無事ではなかったかもしれない。

 

 往生際悪く槍の柄に絡みついてくるねばねばした魔物の体を踏みつけ、払う。

 叩きつけられた魔物は、どろりと地面に溶けて広がっていく。

 そのまましばらく眺めていると、青い体液が徐々に灰色にかたまり、風化するようにさらさらと崩れていくのが分かった。

 魔物とは死体を残さないものなのだろうか。

 

 生き物を殺めた感覚はない、とオズモは思った。人に向かって武器をふるうときの、胸がしめつけられるような痛みもない。

 それは、自衛しているからという理由だけなのだろうか。それとも、人間と魔物は元々相容れぬものであるゆえなのだろうか。


 傍らで交わされたイバンと魔物との大声の会話を思い返して、オズモは奇妙な思いに駆られた。

 ――スライムには知性がない。

 しかし、言葉を交わせる魔物に対しても、自分は同じように何も感じずにいられるだろうか、と。


「オズモ」


 ビオラのやや切迫した呼びかけが、半歩遅れて頭に入ってきた――


「!」


 右肩に衝撃を受けて、一歩よろめく。

 とっさに目をやり、鎧の肩が燃えていると認識するや、肉を焼かれる痛みに襲われる。


「ぐっ」


 熱が肩口から胸に広がる。倒れ込み、炎に絡みつかれた体を地面にすりつけるも炎は消えない。


 オズモ、と再びビオラが呼ぶ。

 上半身を起こすと、彼女の細い手が伸びてきて、まだ炎のこびりついた肩に触れる。

 燃えてしまう、とその儚げな手をどけようとしたが、彼女が撫でるとともに炎は音もなく姿を消した。


「……」


 一瞬とまどうも、魔法とはこういうものかと得心する。

 顔を上げると、青白い火の玉の魔物がオズモとビオラに迫ってきていた。


「あれはウィスプね。スライムよりも強い魔法を使うわ」


 どうやら今の炎は魔力をはらんだものだったらしい。

 この鎧も、魔の力からは身を守ってはくれないようだ。焦がされた痛みは消えず、腕を上げようとすると傷が引き攣れる。

 おめおめと利き腕をやられるとは、まったく戦士の風上にもおけない。

 

 ひゅん、と風を切る音に顔を上げると、いつのまにかクライス少年が弓を構えて立っていた。

 彼の放った矢の軌跡を追うと、見事に火の玉の中心が射抜かれ、ぷすぷすとくすぶりながら地面に落ちて消えた。


「あら、やるのね」

「へへーん」


 意外そうなビオラの言葉通り、見かけによらず彼は名手のようだ。

 クライスは見くびられていたとは思わなかったようで、素直に鼻をこすって見せる。

 正直な反応を見せるのが不得手なオズモにとって、クライスの屈託のない振る舞いは好ましいものだった。


「じゃあお願いね。炎に気をつけて」


 彼女はクライスに向かってさらりと告げると、オズモを立つよう促した。

 半ば肩を借りつつも、線の細い彼女に体重を掛けないように注意していると、ビオラは見透かしたようにくすりと笑った。


「魔法に弱いのね。安心して、適材適所っていうでしょ」


 それを言うなら、魔法に強いのはそれこそ彼女ではないのか。


「まあね。でも――」


 ビオラは不意に振り向くと、何やらつぶやいた。

 オズモもそちらを見ると、クライスめがけて飛んできた火の玉が、ボウと音を立てて新たな炎に打ち消された。


「彼にもいいところ見せてもらわなきゃ」


 そう笑うと、クライスに向かって、気をつけてって言ったでしょうと笑い含みの声で言った。

 ――おかしいな。

 自分は何も口に出していないのに、彼女と会話をしたような気分になった。



「おいっ」


 ふと、イバンが吠える声がして、オズモはそちらに視線をやる。

 イバンは確かリーダー格の魔物――確かアレスと名乗っていた――に近づいていったはずである。


「来たぞ! 隣に並んで腰かけるか?」

「なにい? おうてめえ、俺のこと舐めてやがんな!」

「舐めてない!」

「……」

「……」

「……じゃあ、やんのか!」

「よしきた!」


 キイン、と金属のぶつかる音で会話は一旦終わった。

 間近で向かい合わせに立っているのに、いったいなぜ辺りに響き渡るようなどなり声で会話をするのか。いままでも大声で話す傾向があったし、もしかしたら彼は耳が遠いのか、と一瞬いぶかしむ。


「ルキ」


 僧女を呼ぶビオラの声に、オズモは我にかえる。

 きらきらと光る金髪を垂らした僧侶は、右手の杖をしずくを切るようにぶんと振っていた。


「何?」


 とげとげしい返事をさらりとかわして、ビオラは笑った。


「オズモをお願い」


 そう言うと、臙脂色の表紙の本を抱えて魔物に向かって行く。

 ぼんやりとその後ろ姿を眺めていると、ごん、と胸に衝撃。


「どこ?」


 僧侶に杖で突かれたらしい。

 質問の意味を考えていると、彼女は明らかに苛ついた様子で、杖頭でごんごんとオズモの鎧をあちこち叩く。

 そうか、とやっと思い至る。

 僧侶は癒しの力を持っているという。この杖は聖なる力を発揮するためのものなのだ――


「うっ」


 ごいん、と火傷した肩を鎧越しに思い切りなぐられ、思わずうめく。


「さっさと言ったらどうなの」


 吐き捨てるように言うと、彼女は再び杖を振り上げた。

 ――自分の勘違いだろうか。明らかに彼女の杖は、癒しどころか攻撃の手段である。


 ごいん。


 甘んじて攻撃を受ける。が、今度は傷をえぐられる鈍痛は感じなかった。

 右腕を上げる。皮膚の引き攣れる感覚ももうない。

 怪我が直っている。


「戦うのはお前たちの役目でしょ」


 ルキはそう言い捨てると、ふいと背を向けてしまった。

 無礼なことを考えた。

 彼女は確かに僧侶なのだ。戦士のオズモが、戦えない彼女を守らなくてはならない。

 口を結び、気合いを入れて槍を右手に握りなおす。


 べちゃっ。


 水まんじゅうが落ちてつぶれるような音がした。それもそのはず、スライムなんて大きな水まんじゅうのようなものだ。

 見ると、癒しの力を持つ僧侶が、ぶんと杖を振ってこびりついたスライムの破片を払っていた。

 ――あながち、勘違いではなさそうだ。

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