1.袋小路の町で【クライス】
「やっぱり、迷子になっちゃったみたいだ」
きょろきょろと四方を見回し、上方も確かめると、よく晴れた青空に白い雲の筋がゆっくりと流れていく。
夕焼けのような真っ赤な髪をがりがりと掻き回しながら、クライスは落ち着きなく歩きまわっていた。
この町は広い森をカーブ状にえぐるような平地に位置している。南へのびる道は丘を越えて大きな都市へと続き、東西の林は山脈の峰へと登っていく。都市からの一本道をたどって、クライスともう一人はこの“袋小路”の町へと到着した。
日も高くなり始め、石敷きの大路には忙しそうに、あるいはのんびりと、人々が往来している。
クライスは横道に入り、建物の裏を見ながら町の縁をたどるようにして歩く。
「オレ一人なら迷子にはならないんだよな。連れがいるから、はぐれると迷子になるんだ。やだなあ、迷子って子供みたい。――あ、ちょっとちょっと」
独り言をこぼしながら、ふと視界をかすめた人影に声を掛けた。
呼びかけられた少女は、駆けよってくるクライスに小首を傾げ、なあにと答える。
「ええと、金髪で――」
クライスは視線を斜めにやって考える。
「髪が長くて、大きくて――」
連れの姿を思い浮かべて、手振りで身長の大きさを示す。
「えーと、黒っぽいマントを着てる――」
くるりと少女に目線を戻す。
「人、見なかった?」
少女はどんぐりまなこをぱちぱちさせると、おもしろそうに笑った。
「男の人? 女の人?」
「人を探すのって難しいな……。カッコイイ男の人だよ。見たら絶対覚えてるって」
ややなげやりにそう返すと、彼女はクライスをのぞきこむようにして、また笑ってみせた。
「あら。じゃあ見てないわ。カッコイイ人なんかこの町で見たことないもの」
「む……女の子って意地悪なんだよな。カッコイイ人なら目の前にもいるだろ、ほら!」
軽口に笑い合った後、少女は手を振って進んでいた方へ行ってしまった。
残ったクライスはまたぐるりと周りを見回し、まあいいか、と呟く。
「わざわざ探さなくても、そのうち会うよな。こーんな狭い町だもん」
ひとり得心し、両手を後ろ頭に回してのんびり歩くことに決めたのだった。
空を並んで飛ぶ鳥を見上げながら曲がり角にさしかかるや、どんと何かにぶつかった。よろけて尻もちをつきかける。
「あいたた。あ、あぶねーなあ」
呟きながら、ぶつかった相手を確認する。
豊かに波打つブロンドの、僧衣をまとった若い女であった。
僧侶さんならきっと優しく微笑んで許してくれるに違いない、と思い、とりあえず笑ってみせる。
「ごめんごめん! ちょっと上見てて」
「それで謝ってるつもり?」
クライスを遮るようにそう言い放ったのは、間違いなく、目の前にいる麗しい金髪の僧女である。彼女は髪と同じ色の柳眉をぐっとよせて、思い切り不機嫌な顔でクライスを睨んだ。
「なれなれしいわよ。見も知らないやつが、人に向かって――本当に見たことない顔ね。おまえ、旅人?」
「えっ」
僧女の毒づきに不意を突かれてぽかんとしていたクライスは、あたふたと答える。
天使のようにふわりと微笑んで「大丈夫ですか? さあわたくしの手をお取りあそばせ」とでも優しく語りかけてくれるのを想像していたせいで、まるで正反対の態度に対応が追いつかない。
「ああ、うん、旅人。さっき着いたとこなんだけど、連れとはぐれちゃってさ、うろうろしてて……」
「何しに来たの」
どうにも責められているような気分になる。
質問、というより、詰問、と言った方がいいような口調なのだ。
「ええと……」
刺すように睨まれているのを感じながら、クライスは目を泳がせて思い出す。
「いや、別にここに用があるわけじゃないんじゃないかな。通り抜けるだけだよ」
「通り抜ける?」
僧女は不審げにおうむ返しに呟くと、唐突に立ち上がった。
思わず後ずさるクライスに、彼女はきっと視線を向けると再び“詰問”した。
「連れって、どんな?」
「えっ。あ、いや、金髪で、背が大きくて、ええと黒いマントの、男の人」
僧女は二、三度ふむふむとうなずくと、クライスを残してつかつかと歩き去って行ってしまった。
「……あれっ」
なんだか狐につままれた気がした。