レーンの街
少女視点です。
「やぁっとレーンについたあああ」
何日も走り続けやっと目的の街につくと私は達成感で満たされた。今まで酷使してきた体を軽く伸ばして息をつく。
ここに来る途中で立ち寄ったどの村や町よりも人も建物も賑やかで、大会が近いことが見るからに分かった。日が進むにつれてさらに盛り上がり街中が人でいっぱいになるだろう。
「それで?あなたはどうするの」
あの夜から別れることなく行動を共にした男を見て言う。
「予定を細かく決めてはいないからね。この街を楽しんだら次の街へ行くだけだよ」
「そ。私は人に会う約束があるの」
「そうか。それではね」
それだけ言うと軍服の装いで人ごみの中にいても明らかに目立つはずなのにすぐにどこかへいってしまった。何から何までよくわからない男だった。
私は紙を取り出し書かれている宿の名前を確認すると、建物を一つ一つ眺めながら目的のものを探した。
その宿は街の入り口とほとんど反対側で、大会の会場からも遠く比較的静かな区画に建っていた。入り口をくぐると、約束の相手、師匠が待っていた。
「久しぶりー。一年ぶりね、クロエ」
「はい、お久しぶりです。先生」
「うんうん。元気そうで私も嬉しいぞー。課題もしっかりこなせてえらいえらい」
「子ども扱いしないでください」
頭を撫でようとする師匠の手を払う。
「はあ。可愛い弟子が冷たい、悲しいわ」
少しも悲しさを感じさせない楽しげな声で話す。
この人にはまともに取り合っていても意味をなさない。別のベクトルだがあの男みたいだ。
「もういいでしょう。それよりもはい、これ。頼まれたものです」
「お、ありがとねー。じゃ、少し話があるからこっちきなさい」
私の差し出した布にくるまれた大きな荷物を、ひょいと重さを感じさせず持ち上げると宿の二階の一室に入った。
部屋は二人部屋で、ベッドが二つに机、椅子があるだけの簡素な部屋だったが十分に広かった。師匠は私に適当にかけるように言うと渡した荷物を机に置いた。
「それにしても速かったわね。私は大会の前日くらいにつくと思ってたのに。なんかあった?」
布を外しながら勘のいいことを言う。昔から何かと目ざとく気付くのだ。
「ここに来る途中変な人に会いました。レーヴェとかいう、変な男の人に」
「へえ。あなたが変なんていうなんてよっぽどなのね。どこが変だったの?」
「どこ、どこ。………全部?」
「なんだかすごい人ね。面白そうだから全部話しなさい?」
全部話せと言われても、と思ったがここ数日の印象はとてつもなく、最初から事細かに話した。
初めて会った時の事。砂浜で寝たため、翌朝服も寝具も砂まみれで起きた私に対して、同じように寝たはずなのに全く砂がついていない綺麗な恰好のままで美味しそうに飯を食っていたこと。その男に様々なことを問い詰めたが、帝国の軍人で旅をしていること、名前がレーヴェだということしかわからなかったこと。レーンまでの道中、後ろにからレーヴェがついてきていたこと。走っている途中や立ち寄った村や町で度々いなくなることがあるが、気付けば後ろにいるという恐ろしいやつだったこと。こちらから話を振っても会話に発展せず、向こうからの問いかけはなかったこと。そして見たことも聞いたこともない奇妙な魔法を使うこと。
他にも村や町での様子を話したが、師匠は途中から荷物の手入れに集中しあまり話を聞いていなかった。
「だいたいこんな感じです。話してて思いましたがやっぱり変な人でした」
「ふうん?なんか面白そうな子ね」
「え、そうですか?」
「変なのは聞いてわかるけど、私はそれ以上に興味が湧いたわ」
「えー?」
「というか、あなた変変言うけれど世間一般に見て私も、私の弟子をしてるあなたも変人よ」
「う……」
まあ確かに?師匠は世界的に有名な変人ですとも。それに無理言って弟子入りしてる私もまあ変人と言えないこともない、ような?
まだ変人認定を受け入れられない私には納得などしたくなかったが、
「それに、そもそも普通の人は、変な人と数日も一緒にいようとするわけないじゃない。自覚無いの?」
師匠の容赦ない追い打ちに白旗を上げざるを得なかった。
「よし。こんな感じかな」
荷物の手入れを終え、使用感を軽く確かめると師匠は満足したようにそれを眺め、再び今度は自身が用意した黒い布にくるんだ。
身長を軽く超える長さの黒布を担ぐと私の方に向き直り言った。
「休憩はいったん終わり、大会の参加手続きついでにその子に会いに行こう。いい暇つぶしになりそう」
「会いに行くんですか!?」
「そうよ。はい、さっさと行く」
すぐに部屋を叩き出され、鍵をかけると宿を出た。師匠は外に出るときにいつもつけているペンダントを身に着け、その足で大会の参加手続きを終えると、決して広くはないが小さくない街を歩き、ここでは珍しい服を着ている変人の姿を探した。
しばらく街を練り歩き、ようやく見つけたレーヴェの姿はここ数日見てきた軍服ではなかった。彼は襟のついた白いシャツに褐色のベスト、黒いズボンという似ても似つかぬ恰好でカフェのテラス席に座っており、カップ片手に街の様子を楽しげに眺める姿は気品すらあった。
「ねえクロエ。本当にあれがあなたのいう変な人なの?」
「そ、そのはずです」
「そう。……じゃ、お茶に同席させてもらいますか」