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入り江と少女

 急速に海が視界の大半をうめるのを感じつつ、十分に近づいたところで魔法を使い砂浜に降り立った。砂浜は飛び降りた崖から扇形に広っており、ヒトが数人ほどなら裕に寛げるような広さだった。そしてそこには先客がいた。


 「っ!?誰!ど、どうやって、いや、何しに」


 先に砂浜にいた少女は見るからに動揺していたが、その様子とは不釣り合いに隙の無い攻撃的な構えで一振りの刀をこちらへ向けていた。

 彼女に構う必要はないんだが、ずっと刃をこちらへ向けられているのも気分が悪いものだ。


 「少し崖を下りてきただけだよ。それで、景色を見る以外にここにくる理由はないと思えるが?」


 彼女にぞんざいにそう言うと同時に、私は眼前に広がる情景に目を奪われた。

 青碧の海が広がる美しい空間に割り込むように両側からところどころ緑の見える断崖絶壁が、巨大な二本のツノのようにそびえたっていた。そのツノは天を突き上げ貫き、その領域を浸食しているようだった。

 その自然の雄大さに興奮が覚えていると、落ちてきた陽がツノに隠れ始めた。すると辺りは一層暗くなり碧く透き通っていた海は濃い藍色を呈し、そして二本の巨大なツノの輪郭を朱く染め上げ、赤黄色の空を蝕んでいる様子を映し出した。

 美麗な光景の移り変わりに圧倒され、心からの喜びに満たされた。同時に溢れ出る昂ぶりを噛みしめ、味わい、堪えきれずわずかに笑みが漏れた。

 十分に内から湧き出る感情を堪能した所で、情景に心を奪われている先客の少女に意識だけ向けた。


 「さっきは少し乱暴に言ってしまったね。謝罪をするよ」


 私の掛けた言葉に再起動を果たした少女は、崩れていた構えを再び戻し鋭い視線とともに言葉を発した。


 「あなた、誰。どうしてこんなところに?」

 「私は通りすがりの旅人さ。どうしているかはさっきも言ったがこの光景を味わうためだね。ついでに言うと、旅の目的も美しい景色を見るため。そしてここへは魔法を使って降りてきたって所でいいかな?」


 彼女に視線を向けず、質問に答える。私の答えを聞き、少女は更に尋ねた。


 「名前は」

 「答える必要はないと思うんだが。それと、武器を下ろしてくれないか。刃がこちらを向いているのは流石に不愉快だ」


 気分を害した、と語気を強めて言うと少女はハッとした様子を見せ刀を腰の鞘に収めた。そしてばつが悪い、という様相で謝罪を口にした。


 「悪かったわ。突然のあなたが降ってきたからつい」

 「………まあ、刃を向けられただけだからね。私の気分も良いし、水に流すよ」

 「ありがと」


 少女が呟くと同時に、崖によってできた陰に矢の様に鋭く紅い光が差し込んだ。細い光の筋は次第に、陽がツノから姿を現すのに合わせ、太く鮮やかに辺りを照らし始め、再び碧を取り戻した海は更に新たに赤と黄の色を手に入れていた。

 美しく白と黄金色に彩られた陽が二本のツノの間に収まった時、その巨大なツノは、すっかり燈黄色に染まった海と同じ色に塗りつぶされていた。数瞬前まで空を侵攻していた姿は一転し、赤く焼けた空に取り込まれていた。

 幻想的な光景は、陽が堕ち海に沈むことで徐々に色を失い始めた。その様子はまるで自然の爆発した生命力を奪い取っているようだった。海も空も、崖も徐々に徐々に黒くなっていった。

 陽がすっかり沈み切ると、辺りはほとんど暗闇で、光る星がわずかな光源となり照らし、波の音は絶えず聞こえていた。

 体の底から湧き上がるような感情はなく、全身に他の、さっきまでとは反対の寂寥感や喪失感が広がっていた。そして今まで全くなかった疲労感が押し寄せてきた。


 「私はもう休むよ」

 「え、あ、ちょっと」


 口を開くのも億劫にない始めたが、短く呟いた。その恰好のまま砂浜に接している崖を背もたれ代わりに座り込み目をつむると、すぐに眠りに落ちた。

 今日は珍しく夢を見た。昔の、夢を。




 「な、何なのこの男」

 

 辺りが真っ暗になるや否や寝始めたおかしな男を見ながら、思わず声が出てしまった。いや、こいつがおかしいのは現れた時からだった。

 私はレーンに向かう途中で、昼前に上の村に寄った。正直崖傍の山の上に村があるなんて知らなかった。けれどご飯は美味しかったし、村の人も親切でとても居心地が良かった。その縁でこの場所を教えてもらって、まだ日程に余裕があったからついでに見ていこうと思った。

 長い時間かけて途方もない長さの階段を下りきって砂浜と海、巨大な壁を見て降りてきた甲斐があったものだといい気分だった。荷物の鞄を砂浜に投げ出し、そこに腰を下ろし穏やかな波の音を聞いて心地よく過ごしていた。

 そこに突然上から人が降ってきたのだ。何かの見間違いかと思った。あの高さの崖から人が落ちるなど自殺以外にないだろうから。でも落ちてきたそれは突然速度が落ち、ゆっくりと砂浜に着地した。

 落ちてきたのは顔こそ整っていたが帝国の軍人の恰好をしており、人が落ちてきた事実とその姿に動揺して頭が真っ白になり無意識に愛刀を構えていた。

 すこしして話を聞くと、魔法で姿勢制御していたということに顔が赤くなる思いだった。さらに追い打ちをかけるように武器を人に向けていることをとがめられてしまった。あれほど師匠に怒られたのに。

 男に謝罪するとあっさり受け入れてもらえた。会話の感じからしても悪い人ではないのだろうけど、やはりおかしな人という印象はぬぐえなかった。

 しまいには色々聞こうとした矢先に寝てしまった。結局ほとんど何もわからないままだった。

 明日も早いし私も寝よう。鞄から寝具を出してくるまると、もやもやした気分を無視して無理やり寝ようと頑張った。

くどい。


少女のいう「レーン」はこの先の街の名前です。

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