些細な問題
しばらく待っていると、さっきの軍人が戻ってきたので立ち上がり、魔法で服をきれいにする。
「レオンハルト・アウフの確認が取れた。学籍は除籍となってはいないそうだ」
その言葉に私は多少なりとも驚いた。というのも私は、まあ私に限った話ではないが、歳が五つの時に幼年学校に通い始め十二で卒業すると同時に、帝国大学校にぶち込まれたわけだが。幼年学校時代は真面目に通っていたし、カイルとうまくやっていた。そして帝国大学校に入って一年と半年ほどは優秀でいたものだが、それからは旅を始めてしまいほとんど行っていない。もしずっとまじめに通っていたら今は最終学年でいただろう。だから約四年も通わずにいる学生を除籍にしていないとはある程度の驚きに値する奇妙なことだ。
「そうか。本人確認が取れたということで、ここを通っていいかい?」
「もう一つ。目的は」
「目的?何のだい?」
「ここを通る目的だ。この先はライズだ。帝国の貴族に用はないのではないか」
「元、貴族だがね。目的も何もただの趣味さ。ようやく自由の身になれたものでね」
「要領を得ないな。趣味とは何だ」
「すまないね。まだ気分がいいものでね。旅だよ。いろいろなところを巡っているのさ」
「………そうか」
疲れた様子で呟くと、軍人は付け加えるように言った。
「通すから、こっちへ来てくれ」
私に背を向け歩き出した軍人についていくと、馬車を通す門の左脇に人が通る小さな通路があった。扉を開け通路を通るっていると砦の中の様子がわかった。扉をくぐってすぐ左には階段があり、二階と地下があるようだった。右手には壁がまっすぐ続いており、構造的に壁の向こうは大きな門の通路なのだろう。しばらく先の左手は食堂のようで、通路にいくつもの開けた窓を通して先ほどから魚介のいい匂いと、活気のいい声が聞こえている。歩きながらそんな食堂の様子を眺め、考えをまとめるのに足りない部分を質問してみた。
「少しいいかい。どうして私が帝国の軍人や貴族であることにそこまで警戒するんだい?」
「答える必要はないだろう」
「そうかい?では次だ。ずいぶん早く私の確認が取れたものだね、ライズ軍人なのに」
「………」
「ふうん?じゃあこれで最後だよ。食堂の食器、ずいぶんといいものを使っているんだね。……帝国貴族も使うほどの」
「っ!おいっ黙って歩け!」
私を挟むように後ろからついてきていた軍人が焦ったように叫んだ。それを私の前の軍人が目で窘めると、はっとしたような素振りをし黙り込んだ。
「いや、すまないね。ただの好奇心だよ。彼をそんなに怒らないであげてくれ」
「……ほら、向こうだ」
促され、扉をくぐると砦の向こう側に出たようで、左手に海が見えるのは変わらないが東へ進む道は勾配がある山道に変わっていた。
私は振り返ると、さっさと職務に戻ろうとしている軍人の背に質問を投げた。
「次このようなところを通るときは身分証などがあるとすぐに通れるのかい?ほら、馬車で着た商人たちのように」
軍人たちが確認を取っている間に馬車が来たのだが、身分証を見せるとすぐに門を開け通っていたのだ。
問いかけられた軍人はあまり快くない様子で、答えた。
「少なくとも今回ほど長くは時間を取られないだろう」
「そうか。ではもう一つ。これからライズに行くんだが、ライズでは正規の身分証はどうやったらとれるんだい?」
「ライズで得られるものは、ライズの州の間でのみ使えるものだ。お前の望みはかなわんだろう」
「それは困ったね。じゃああの馬車の老人が使っていたような身分証はどうすれば手に入るのかな」
「あれはアシュテームの物だ。手に入れ方は知らん。もういいだろう」
軍人の男はそう言い残して扉を音を立てて閉めた。
魔法を使い今度は山道を駆けながら、さっきの会話を思い出し、思考を深める。
なぜか帝国領内にライズの砦がある。幾分小さいが拠点としては十分に過ぎるものだ。いくら帝国とライズの関係が悪くないといえど自国内に他国の拠点を作られるのを黙って見過ごすわけがない。そして帝国軍人と帝国貴族への過度な警戒。更に帝国軍の下部組織に私の籍があることをライズ軍が確認し得た、それもかなりの速さで。最後に、食堂で見た彼らの使う食器の家紋。
これらの断片から、一つ考え付いたことがある。が、杞憂かもしれないな。それに私はもう帝国に縛られる気はないしね。わざわざ首を突っ込むこともないだろう。
ただ、カイルには伝えておくべきか。唯一の親友、のつもりだからね。どこか街を見つけたら手紙でも書くか。このことと、あとはシルフィが伝えていると思うけど一応近況の報告も書いておくか。
さてさて、重い考えはこれで終わりだ。せっかくの初めて見る風景なんだ。たっぷりと楽しまなくては。
ああ、でもそうだな。もう昼過ぎだ。お腹がすいた。少しは街を見つけるのを優先してみようか。旅先の名産を味わうのも醍醐味なのだから。