エルフ少年と雪まつりにでかけた
現実の世界における北海道に、魔術学校がある設定となっています。
その理由はいずれ。
生前は、野郎のエルフと雪まつりを見に行くことになるとは思わなかった。
人生とはわからぬものである。
いや、まあ、私が誘ったのだけれどね。
「雪で雪像を作るなど、この世界には奇妙な風習があるものだ」
「別にどこでもやってるわけじゃないよ」
と、言いつつも「海の向こう側でも、こういう催しものがたくさんあるんじゃないか」とスマホで調べる私。あ、あれ? 意外と見つからないぞ。
あ、雪まつりって世界三大氷祭りのひとつなのか。へえ、そんなものがあるとは知らなかった。地元なのに。
「海外からの観光客も少なくないようだ」
言葉や風貌から、そう察するエルフの少年。彼の名はファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。ちなみに本名はもっと長い。
美形ぞろいのエルフにたがわず、彼自身の美貌も雪像の迫力に勝るとも劣らずである。空からちらつく雪と相まって非常に絵になる様子だった。
女の子だったらよかったのに。
「……そうだね、毎年ながら観光客が多い。逆に地元の人間は、あんまりいかないよね」
「そういうものか?」
「あまり珍しくないからね、寒いし」
わざわざ寒い思いをしてまで雪像を眺めたり、屋台で購入した暖かい食べ物があっという間に冷めるのを楽しむ趣味はないのである。
毎回、この時期になるとインフルエンザも流行するし、人混みは多いし、暖かい部屋で抜くにくしている方が私は性に合っている。
「そうは言っても、年々豪華になっているけどね。 プロジェクションマッピングとかの催しは今年の目玉だし、屋台の内容も充実したね」
私の子供の頃は……というか、生前の記憶だと、もっと規模の小さい感じだったと思う。あまりおいしくないお汁粉とかがせいぜいだったような。海外からの観光客もここまで多くなかった気もする。
「ああ、プロジェクションなんたら、な。 夜になると、あの巨大な戦士の雪像とドラゴンの雪像が戦うという奴だろう? なかなか壮大な話だな」
「迫力ある雪像だったねえ」
残念ながら、夜は外出禁止なので私たちがそれを見るには、すこしシビアになるかもしれない。魔術学校の寮は規則が厳しいのだ。
「あれは、この世界の伝説を再現したものか?」
「いや、そうじゃないよ。 何と言ったらいいかな、TVゲームはわかる?」
「ああ、存在は知っている。 だが、父上はそういうものに厳しくてな。 僕はあまり詳しくはない」
「うーん、私も詳しいわけじゃないけどね。 その中での話みたいだよ」
「なるほど、フィクション……というやつか」
そういいながら、ファルグリンは先ほどまで湯気が立っていた甘酒に口を付けた。彼は猫舌なのだが、同時に比較的寒がりでもあった。今日の気温だと、暖かい飲み物を買ったところで、あっという間に冷たくなってしまう。
少々、彼には酷な環境かもしれない。
「……こんなに寒いのに、盛況なものだ」
その声の呆れの中に、どこか感心が入り混じっていたことに気付く。ファルグリンは人間を見下しているが、その感性は豊かで素直だった。
「昔はもっと観光客は少なかったよ。 それに海外の出店もあまりなかったんじゃないかな? 食べられるものも種類が少なかった気がする、それもどこのお祭りも同じようなものばかりだった」
「そうなのか。 ……こちらの世界に来る者も、少なかっただろうしな」
「それは……よくわからないけど、そうだろうね。 徐々に流入しているとはいえ、今でも頻度は限られているし」
生前の記憶ではわからない部分だった。前に私が経験した人生に、異世界など存在していなかったのだから。パラレルワールドの歴史を教科書などから学んだとはいえ、地元がどのような変遷をたどったかなど細かく知るのは、私にとっては難しかった。
もっと私が賢ければ調べようがあるのだろうけど。
「それにしても、陽介。 お前は年齢の割に古いことにも詳しいのだな」
「また聞きを話しているだけさ、あまり正確さには期待しないでくれ」
この記憶はあくまで元の世界での話だ。類似しているとはいえ、歴史の流れも違うものである以上は、信頼がおける記憶とは言えないだろう。
実際、こちらの世界の雪まつりでは外国人どころか、異世界のドワーフやエルフ、オーク、ハイドラ、妖精たちが少なからずうろうろと歩き回っているのだし。
催しにも異世界からの出店で、エルフ料理やドワーフ料理はもちろんのこと。アマゾニス料理、北方戦士料理、魔術を技法としてシェフが取り入れた魔法料理なんてのもちらほら見受けられる。イベントで魔術で披露する者もいれば、舞台装置として使われている節もある。
姉妹都市として、異世界の都市『リューン』とも提携している関係もあって、そちらでの文化は流入してきやすい印象だ。
私たちは歩き回りながら、雪像の話に花を咲かせる。
「あれはこの世界の寺院ではないか」
「この世界のっていうか、仏教の寺院だね。 ……薬師寺か」
「どんな由来の寺院だ?」
どこかワクワクした様子で、ファルグリンは私に尋ねた。彼は美しい代わりに、どこか冷たくキツく見えてしまうところがある。だが、今は年相応に見えた。
「あそこの看板に色々解説が書いてると思うけど」
私は雪像の横にあるパネルを指した。
「漢字が多すぎる」
「……君があまりにも流暢だから、漢字が苦手なのを忘れていたよ」
「苦手なのではない、漢字が多すぎることが理不尽なのだ」
「まあ、漢字も日本人でも読めないことあるけどね」
「そうだろうな」
ファルグリンはどや顔である。今の会話に、君が威張る要素はなかったはずなんだけど。
パネルは人混みで見えないので、適当にあいまいな知識で話した。この時の私は、それが大して重要なことに思えなかったのだった。
「ええと、奈良にある寺院でね。平安時代くらい……いや、たぶん奈良時代くらいかな。 そのころに当時の天皇が建築したお寺だね。 世界遺産に登録されてて、有名なんだよ」
実際は、奈良時代じゃなくて飛鳥時代だった。のちにファルグリンに罵倒されることになるとは、思いもよらなかった。
「なんだか、あいまいな物言いだな」
「あー、あんまり歴史には詳しくなくてね」
「頼りにならん奴だ、それで世界遺産とはなんだ?」
「そ、そこから!?」
「その様子だと、学んだことがあるのだろう。 どんなものか教えてくれ」
当然のことだが、異世界に世界遺産なんて概念はなかった。
説明に非常に悩んだので、スマホで調べて棒読みしてみせると「陽介よりスマホとやらの方がよほど優秀なのだな」とか「機械に尋ねるなら、僕にも出来る。 僕はお前に聞いたのだがな」などと怒られてしまった。そんなこと言われても。
私は必死に話題をそらす。
「そういえば、エルフは寒さに弱いのかい?」
「……なんだと?」
「いやさ。 エルフはもともとは『始まりの大樹』と一緒に暮らしてたんでしょう。 暖かくて自然が豊かな場所なイメージなんだけど」
「お前は……なんというか、仕方のない奴だな」
なんというか、ファルグリンに哀れまれた。
彼は顔だけでなく、記憶力が良い。知らないことはあっても、一度得た知識を忘れるなんてことはありないことだったので、話から逃げるしかない私を呆れるどころか、可哀そうにしか思えないようだった。
馬鹿にされた方がマシな反応だったので、私はやるせない気持ちでいっぱいである。
「そうだな。 お前に言う通り、かつて原初のエルフは豊かで温暖な土地に住んでいた」
そして、それ以上触れずに話をそらしてくれた。優しさが痛い。
「かといって、寒さに弱いのかと言えば、北方での戦いでも十分に活躍できた。 敵に地の利があるとき、雪に足をとられ苦戦したり、吹雪に惑わされ敗北した歴史があるのも否めないがな」
「寒さへの強さは戦争が基準なのか」
「他に何がある?」
「寒い地域に住んでいたか、とか」
「スノーエルフと呼ばれる氏族がいると聞いたことがある。 が、一切の交流もなく、いまだに現存しているかどうかすら不明だ」
「スノーエルフ?」
「ああ。 オークとエルフの大戦後に、エルフとドワーフの間でも戦争が起きてな。 その戦いを嫌ったもののなかに、極寒の地に旅立ち、そこに隠れ住んだエルフの一派がいたという話がある」
「そうなんだ……戦争が多かったんだね」
「そうだな。 特にオークとの戦いは神話に近いところがあり、そのころの記憶を持つ者は非常に少ない。 一方で、ドワーフとの戦争は比較的最近にもあったほどで、当時を語ることが出来る者も多い。 有名なのは『ヒゲ戦争』と呼ばれる泥沼の戦いだな」
「なに、その前衛的な戦争の名前」
「話を端的にすると、ドワーフとは戦争をしては停戦協定を結んで、また戦う準備と動機が出来たら戦争をする繰り返しているわけだ」
「まず、そこからなんとかしようよ!」
エルフの歴史も、なかなかひどい歴史観である。ただ一方的にエルフが正義であると言わない辺りが、ファルグリンの公平さを表している気もした。
「その中でも『ヒゲ戦争』は、互いに戦争を望まない時期に発生した上に、のちに他種族の介入も許し、ドワーフとエルフの双方に悪影響を及ぼしたろくでもない戦いでな」
「戦争自体、ロクでもない気がするんですが」
私は平和主義者です。
「戦争のきっかけとなったのが、ドワーフのヒゲだ」
「なんでだ」
「そもそもドワーフのヒゲは、ドワーフにとって誇りともいうべきものでな」
「なんとなくイメージはわかるよ、ドワーフと言えばヒゲだもの」
「停戦している期間中でも、互いに使者を立てて話し合うことがあったのだが。 その使者同士が口論に発展してな」
「なんとなく話が見えてきたぞ」
「どちらが先にどんなことを言ったか、どちらが暴力的な手段に出たかは双方言い分が違うので明言しないが。 結果だけいうと、その使者であるドワーフのヒゲをエルフが切り落としたわけだ」
「まさかそれで戦争に!?」
「そう、そのまさかだ。 互いに頭を下げることもせず、そのまま泥沼の戦いになり、エルフは食料不足から餓死者を出し、ドワーフは流行り病の死者を出しながら殺しあった」
「そりゃスノーエルフさんたちも国を去るよ」
たぶん私が同じ立場でも、同じことをするかもしれない。いや、それでも故郷は捨てられないだろうか。
「……正直なところ、僕はここに来るまで寒さにはあまり縁がなかった。 それに寒い土地にあまり良い印象がなかったのもある。 そういう場所は寂しい場所に違いないと思ってた」
「故郷を捨てて、赴くような場所だから?」
「そうだ」
愁いを帯びるファルグリンの目。長い時を生きるエルフは、戦争の生き証人が多い。それだけに悲惨な話も聞くのだろう。
今、この国にはそんな生き証人はいなくなりつつある。
私はエルフをうらやましがるべきなのか、そうするべきではないのかがわからなかった。ファルグリンが年齢よりも、時々大人びて見えるのは周囲の環境によるものだったのだろうか。
「だからというわけではないが。 ……僕はこの世界にきて、その印象が変わってよかったと思うぞ」
「それは……一緒に回る甲斐があるねえ」
「ああ、光栄に思え」
そういいながら、彼は空になった紙コップをゴミ箱に捨てた。
「とはいえ、飲み物がすぐ冷めるのはいただけないがな」
「夜はもっと寒いよ」
「……プロジェクションなんとやらは、来年でもいいんじゃないか」
「残念ながら、内容は来年になると変わると思う」
「一年という短い期間で、催事の内容を変える人間の感性が理解できん」
「一年は短いけど、長いんだよ。 ファルグリン」
それが彼に理解できるかはわからないけれど、私は彼にそういった。