92 シュトルツ村:ミミゴン―16
「キャリー! 開店だぁー! ビシッとでかい羽を広げろぉ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! ミミゴンさんにクラヴィスさん、これはどういう……」
そろそろ日が沈み始める頃、シュトルツ村に移動した四人+一匹。
『テレポート』して、早々にキャリーが背中に背負っていた”クワトロの店”を下ろし、クワトロがボタンを押して、箱状の無機物が展開していった。
キャリーは巨体に似合う羽を扇のように広げ、圧力を感じるような自己主張の激しい黒色の翼がとにかく目立つ。
客を寄せ付ける商売のコツなんだろうか。
それでだ、あれだけ大きな”店”が地面に落ちたら、振動と音が鳴り響くわけだ。
インドラ上級監察官が、解決屋から飛び出してきて、建物正面にいる俺たちの姿を認めると叫んでいた。
クワトロは、真正面で「なんなんですか、これ!?」と言われても平気な顔して、俺の方を見る。
「万能薬は、この中だ。旦那だけ、付いてこい。手狭だからなぁ、一斉に入れねぇんだよぉ」
「ミ、ミミゴンさん! この男、何者ですか! 私のこと、完全に無視してますよ!」
「落ち着け、インドラ上級監察官。病人は解決屋の中だな。すぐ、万能薬もっていくから。あと、これを先に渡しておく。重病の者から、先に治してくれよ。じゃあ!」
「ちょ、ちょっとちょっと!?」
一旦、喋り終えるとインドラが口を挟んできそうだから、とにかく早口で喋って、万能薬2個を渡して、クワトロの店に入っていく。
後ろから、やいやい言葉が聞こえてくるが、クラヴィスがなんとかしてくれている。
ニコシアは、キャリーの横で姿勢正しく崩れることなく佇んでいた。
肝心のクワトロは、といえば果物や小銃が並んだ棚を動かそうと、必死になっていた。
「大丈夫か、手伝うぞ」
「すまねぇな、旦那ぁ。まさか、万能薬がご入用とは思ってなかったのでねぇ。奥の部屋に片付けてたんだぁ」
改めて見渡してみると、確かに普段から使いそうな生活用品に食材、武器、アイテムが整頓され配置されている。
人気の商品は、ここに固めているのだろう。
俺は棚を両腕で持ち上げ、横にずらしていく。
筋肉を使っている感覚がない。
なんだか拍子抜けしそうな軽さだった。
……なんかのスキルだろうな。
「よう、できたか。奥へ行くぞ」
棚をどかすと、壁があるだけだと思っていたが、扉がついていた。
ドアノブを回し、金属でできた扉を開けて、クワトロはさらに進んでいく。
しばらくして、その部屋に照明が付き、俺も中に入っていった。
「うわぁー……なんで、こんな散らかってんだ」
「一緒に探すぞ、旦那ぁ」
「お、俺もかよ」
何というか、豪華な子供部屋という感じだ。
木製の床の上には、大量に商品が転がっている。
古い本、古そうな武器、アイテム、明らかに腐っていそうな食材が散らかっていた。
部屋自体はとても広いのだが、その分だけ商品が落ちている。
左右の壁際には、クローゼットのようなものがあり、クワトロがそこを重点的に探していた。
俺もしゃがみ込んで、床に散乱した商品の一つを取って、万能薬か確かめる。
……なんだ、これ。
ゲーム機……?
〈あっ、これはー! 今では幻の「ゲームファミリー」ですねー! 持ち運びしやすい携帯ゲーム機なんですけどー、なんと遊べる数……無限大ですー! というのもー、ゲーム会社から販売されるものだけでなくー、クリエイトできるのですよー! プログラムとか難しいのを知らなくても、簡単にゲームにできるんですー!〉
助手が早口で説明してくる。
これで瘴気は治せないのか。
〈無理ですけどー。病人を元気づけるぐらいはできますけどねー〉
じゃあ、ここに置いておくか。
〈えー、もったいないー! せめて、レモレモちゃんに渡してあげてくださいー!〉
まあ、ゲーム開発に役立つなら持って帰ってもいいかな。
「クワトロ、これもらっていいか?」
「ここにあるやつは、ほとんどいらねぇやつだからなぁ。別に構わないぜぇ」
『異次元収納』で、長方形のゲーム機を異次元に収納する。
万能薬を探しに来たんだが、なんだか宝探しをしているみたいだ。
目的の物を探さないとな。
「なぁ、旦那ぁ。探してるけど暇だから昔話してもいいか?」
「”探してるけど暇”の意味がわからない。ちゃんと探せ」
「10年ほど前の話だ」
まあ、嫌そうな顔をしながらも探してくれるのだから、喋らせてやるか。
その話に気になるところがあっても、いちいち口を挟もうとは思っていない。
クワトロは、ガサゴソと引き出しを開けたり閉めたりしながら、語り始めた。
「メルクリウス家の四男として生まれた自分は、両親からみっちりと商売について教えこまれた。生まれて間もない頃からな。おかげで早く歩けて、言葉も話せるようになった。上に兄がいるからかもな。だけど、次男と三男はいなかった。死んだんだよ、交通事故でな」
交通事故だと?
リライズで生まれたのか。
それにしても、異世界で交通事故という単語があるとはな。
「自分は、その時まだこの世に生を享けていなかった。そりゃそうだろうよ。次男、三男のかわりに稼がせるための四男だからな。要するに、次男三男の分まで稼ぐ商人にならなくちゃならなかった。商人としての才はあったみたいだが、自分はやる気がなかった。二十歳になってのことだ。両親から、ものすごく言われたよ。今までの教育費を捨てる気か、と。なんて勝手なやつなんだ、って思った。だけど、悪口を言わないよう必死に耐えた。兄との約束だからだ。悪口なんて言わせとけ、言った分だけ倍になって返っていくさってな」
こいつ、意外とふわふわした生き方をしていそうだったが、軸はしっかりとあるやつだな。
「だからって黙ってる自分じゃなかった。売れそうにない万能薬を大量に購入した。やけくそだ。あんな高いアイテム、誰が買うんだ。勝手に家の金使って、勝手に仕入れた。そしたら……売れた。めちゃくちゃ売れた。なぜか知らないが売れたんだよ。そしたら家族から褒められ、召喚獣キャリーもくれた。調子に乗った自分は、また万能薬を仕入れた。……売れ残った。ということで売れ残った万能薬9個が、こちらです」
「あったのかよ。ずいぶんと埃まみれだな。瘴気を治しても、別の病気になりそうだ」
確かに、クワトロの手には9個分の万能薬があった。
……そうだ、さっきあんなこと言っていたな。
金を払う必要がなくなるかもしれない。
「さっき、ここにあるやつは”ほとんど”いらねぇって言ってただろ。だから……」
「20000エン×9は……」
「さっきの発言は何だったんだ」
「ほとんどって言っただろぅ、ほとんどって。ただし、これが金になるなら”ほとんど”に含まれなくなる。これが商売ってもんだよなぁ……違うかい?」
正方形の電卓を素早く取り出したかと思えば、一瞬でボタンを押して。
180000と表示された液晶画面を見せつけるかのように、目の前にもってきた。
そんなに高くないように感じるが、この世界では高額らしい。
ニコシアが用意したっていうし大丈夫だろう。
仕方なく頷き、納得した。
「買うはいいとして、9個? 10個欲しいのだが、あと1個はないのか?」
「すまないな、旦那ぁ……あと1個は、なんとかしてくれぇ。アハハッー!」
「とても謝罪しているようには見えない。なるほど、客を怒らせるのも商人の仕事か」
「おい、その握り拳で何しようってんだぁ? 殴って殺したところで、万能薬はドロップしねぇよぉ。するとしたら、確実に『命』だよ……冗談じゃねぇか、な? やめてくれぇ……ほんとにドロップしちゃうぜ、命が!」
「この握り拳は、別にお前を殴るために作ったんじゃねぇよ。ただ……なんとなくだ」
こいつを殴ってもいいが、今は一秒も無駄に出来ない。
って思いながら、俺も何やってるのだろう。
あと1個……万能薬があれば、この村とはおさらばできる。
すぐにクワトロの店を飛び出した。
「ニコシア! インドラ! 万能薬9個だ! 早く渡してきてくれ!」