91 シュトルツ村:ミミゴン―15
結局のところ、万能薬がなければ事態は収束しない。
ふと、こちらへ進んでくる足音が聞こえて振り返ると。
「どうも……ミミゴンさん、でよろしかったでしょうか。どうですか、何か分かりましたか?」
「インドラ上級監察官か。ああ、色々と分かったよ」
簡潔に理解したことを説明する。
この川の水に瘴気が含まれていること、クラヴィスたちは万能薬の購入に働いてくれていることを。
これらを説明したとき、インドラの表情がひどく沈んだように見えた。
「私の無力さが、ひしひしと伝わってきます。ハンターをやっていた頃の方が、よっぽど良かったでしょう。もちろん、こういうことも想定して上級監察官になったのですから……覚悟はしていました。私の想像が甘かったということです」
「あんたが悪い奴ではないっていうのは、見てわかるさ。村の人から信頼されているってことだ。だったら、病人たちを励ましてやってほしい。病は気からっていうしな。あと、病人たちを一か所に集めておいてくれ。絶対に治すからな」
「本当に、あなたはクラヴィスさんの助手ですか? むしろ、クラヴィスさんはあなたを尊敬の目で見ていましたよ」
こいつ、よく見てやがるな。
その観察眼があるから、上級監察官になれたんだろうな。
俺はクラヴィスが、そんな目で見つめていたなんて、全然わからなかったよ。
付いてきてくれる部下のこと……理解してねぇな。
俺もまだまだ、未熟だな。
「じゃあな、インドラ。仕事ができただろ」
マトカリアが帰っているかもしれない。
インドラに向けて手を振りながら、離れていった。
「あっ、ミミゴンさん!」
マトカリアに猫を連れてきてもらうよう頼んでから、ずいぶんと時間が経っていた。
「よう、見つかったか」と言いながら近づくも、マトカリアは苦笑いで話す。
「その……見つからなかったんです。まったくぅ、どこいったんでしょうか」
「そうか、あいつにもやりたいことってもんがあるんだろ。そっとしといてやろうな」
「はい!」と頷いてから、いきなり疑問をぶつけてきた。
「なんで、あの白い猫を探しているんですか? もしかして、あなたが捨てた猫ですか」
「おぉーとっ……その疑いの目は別の奴に向けてくれるか。俺じゃねぇよ」
そうだ、思い出した。
エルドラに頼まれていたんだったな、猫探し。
探偵みたいなことさせやがって。
怪訝な顔色で、俺をあちこちから見ている。
今の服装は、白シャツと長ズボン。
どこかで購入したわけではなく、『縫製』のスキルをもつメイドが「ミミゴン様、こちらを」と渡してくれたものだ。
縫製する服も様々で、最初いかにも王様っぽい”もこもこした煌びやかな衣装”をもってきてくれたのだが、悪目立ちしそうだからと地味目な物を頼んでおいた。
これが、その服。
一見普通だな、地味だなって感想だったのだが……触ってみたら。
あっ最高級! っていうのがわかった。
今、なめまわされるように見ているマトカリアも観察眼のあるやつなのか。
「王様なの? なんか普通だなぁ」
「そういうコメントを求めていたんだよ。俺は普通で接しやすい王様を目指しているんだよ」
「手からビームだしたり、死霊召喚するやつが普通とは思えないけど」
まさしく、その通り。
正論をストレートに投げてくれて、ありがたい。
これが接しやすさじゃないだろうか。
「えっ、なんで喜んでるの。気持ち悪っ……」
マトカリアの足が一歩後ろに下がっただけなのだが、なんだか距離感が。
引きつった顔のマトカリアに、小さく「ごめんなさい」と謝って、宿屋に帰ることにした。
もう、やることはないな。
その夜、寝床で深く反省したのだった。
丸一日が経過した朝。
突如、クラヴィスから『念話』で連絡がきた。
「どうした、クラヴィス」
「その……とにかく、一度エンタープライズに戻ってきてもらえませんか。『テレポート』が必要なんです」
「わかった、すぐいく!」
ってことは、万能薬が用意できたのか。
「よくやった、偉い!」って褒めよう!
褒めたがり屋の俺は、ようやく終わるんだと思いながら嬉々として『テレポート』を発動させた。
「ミミゴン様! こっちです!」
クラヴィスの叫び声が響いてくる。
声の発信源に振り向くと。
でかい鳥? と……おっさん?
「旦那ぁ! 久しぶりだなっ!」
「お前は……」
「その様子じゃ、まだ名前を憶えられてねぇみてぇだからよぉ。また、自己紹介させてもらうぜ。自分はメルクリウス・クワトロだ! ちゃんと憶えとけよ、旦那ぁ」
語尾を柔らかく伸ばす、この男。
ボテボテのトレンチコートに身を包んで、優雅に葉巻を燻らしている。
時折、整った七三分けの髪を整え、サングラス越しに視線を向けてくる。
いつの間にか、巨大な黒い鳥キャリーもメイド達に懐いていた。
商人とかじゃなくて、刑事ドラマの主人公なんじゃないかと思ってしまう風貌だが、商人としては一流のようだ。
「それで、旦那ぁ……万能薬が欲しいってか」
「ああ、そうなんだ。ここにお前がいるってことは、万能薬があるってことだよな」
「万能薬を探してるって聞いてなぁ、プロ商人として黙っていられなかったってわけだ」
「ミミゴン様……これを」
ニコシアがピラミッド型の紙を二つ、手渡してきた。
これは万能薬か。
受け取った俺は、三角形の頂点部分に紐がついたおり、そこをくるくると回していると、ニコシアが耳打ちしてきた。
「実は、クラヴィス様と連携し手を尽くしたものの……この二つしか手に入らず」
「で、クワトロがいるわけ……だな?」
「どこから嗅ぎつけたのか、不明ですが……彼にも協力してもらった方が、賢明かと思われます」
「今はなりふり構っていられない。金は十分にあるな?」
「はい……この袋に、大量の金貨を用意しております」
見るからに重そうな巾着袋を片手にもっているニコシアは静かに、次の命令を待っていた。
クワトロも、表情は楽しそうだが退屈そうに頭を掻いている。
ここで考えていても、始まらなそうだ。
城前に集まっているメイド、クラヴィス、クワトロに向けて、声を張り上げた。
「クラヴィス、ニコシア、クワトロ……三人は『テレポート』で村に向かう。その他のメイド達、ご苦労だったな。ゆっくりと休んでいてくれ!」
メイド集団の中では、この命令に納得した者と、もっと働きたいという納得していない者の両者に別れていた。
すまないが、小さな村にぞろぞろと連れて行くわけにはいかないんだ。
だが、不服な顔をしていても素直に城内へ帰っていく。
王様の命令だから、仕方がないと思っているのだろう。
クワトロはニヤニヤと笑みを浮かべながら、手を伸ばしてくる。
「決まったな、旦那ぁ。よし、例の村まで『テレポート』してくれ。そこで話し合おう」
「クラヴィス! ニコシア! つかまってくれ!」
キャリーが背負っている巨大な冷蔵庫に思える物は”クワトロの店”だ。
クワトロとキャリーの側まで来て、その大きさに改めて凄さを感じた。
クラヴィスとニコシアが俺に触れ、それに倣ってクワトロは片手をキャリーに触れ、俺の肩にもう片方の手をのせた。
これで準備は万端だ。
俺は『テレポート』を唱え、またまたシュトルツ村へと瞬間移動したのだった。