90 シュトルツ村:ミミゴン―14
「クラヴィス……今、やるべきことは万能薬の調達だ。死に進行している病人を救うことが最優先だ」
「かしこまりました、ミミゴン様。それで、僕は何を?」
「一度、エンタープライズに戻るぞ。メイド達を集合させた。万能薬の調達に必要だ」
今回は、メイド達に任せた方がいいだろう。
『テレポート』を唱え、二人はエンタープライズに瞬間移動する。
「お帰りなさいませ、ミミゴン様」
黒のワンピース、白のエプロンドレスを組み合わせたメイド服に身を包む一人ひとりが、等間隔に配置され、一斉に「お帰りなさいませ」と言い放つ。
メイド集団の、あまりにも統一されたお辞儀に感心すると同時に、どことなく恐ろしさを感じた。
誰一人として乱れることは許されない、といった雰囲気がもつ暗黙のルールだろうか。
エンタープライズ城前で左右縦にずらっと並べられたメイドの間を、クラヴィスと俺が歩いていく。
白と黒が入り乱れる壁の先頭には、メイド長『ニコシア』が立っている。
以前まで、アイソトープがメイド長だったが、今はニコシアがメイドを統括している。
アイソトープは引退したと言っていたな。
メイドを本格的に指導する立場になったという。
アイソトープが、いつのまにかニコシアの横に立っていた。
「アイ……いや、ニコシア。忙しい中、よく集めてくれた。皆も、集まってくれて感謝する」
「私達はミミゴン様に仕えるメイドでございます。至極当然のことです」
目が怖い。
ニコシアが「何言ってんだこいつ。当たり前だろうが。ぶち殺すぞ」みたいな目で、こっちを見てくる。
最初、アイソトープって言おうとした時、アイソトープが同じような目を向けてきた。
「ニコシアが長だから、ニコシアに頼みなさい」という瞳を向けたんだろうが、目が死んでるから恐怖したよ。
アイソトープがしっかりと指導しているっていうのは分かるけど、そのうちメイドの目が怖いとかで苦情が来そうだな。
改善の余地あり。
それはともかくだ。
「クラヴィスは、上級監察官として解決屋から情報入手に尽力してくれ。万能薬を販売している店のな」
「はい! お任せください!」
「ニコシアたち、メイドには……クラヴィスから送られてきた情報をもとに店を探し、万能薬を購入してきてくれ。買えるだけな」
「お任せください、ミミゴン様」
「理想は12個だ。足りなかったら足りなかったでいい。あと、あまり目立ちすぎるな。金に関しても遠慮するな。理解できたか?」
クラヴィス、ニコシアはコクッと頷く。
「メイド達は先にリライズ方面へ向かっておいてくれ。何かあったら、俺に言うこと。忘れずにな」
「心得ています」
「殺しにくる敵はいない。だが”時間”が敵だ。油断するな!」
俺の忠告とともに、メイド達が走り出す。
あらかじめ、班を分けていたみたいで班長のもとに集合している。
この短時間に……アイソトープのおかげか。
アイソトープは、じっとメイド達に慈しむ瞳で見つめていた。
クラヴィスの肩を掴み『テレポート』を発動する。
クラヴィスを、ミミゴン村の解決屋に送り届け、俺は再び問題のシュトルツ村に戻ってきた。
村の中央に流れている川に映る俺を見て、呟いた。
「さてと、俺も働くか。人のために働くってのは、カッコイイよな」
俺は、どこから瘴気が入ってきたのかを調査することにした。
発見しなければ、また再発生してしまう。
助手、どこだと思う?
〈案外、身近にあるかもしれませんねー。原因って、そういうもんですよー〉
今のは、ヒントじゃないな。
助手にも分からないか。
バケツをもって、川の水を汲んでいる少年が側にいる。
この子に聞いても、分かるはずがない。
手を伸ばして、川の水をすくう。
のどが渇いたわけではないが、味を感じてみるか。
すくった水を、口に流す。
確か、この水……幽寂の森から来てるんだよな。
マトカリアがそう言ってたし、何よりここからでも森に続いているのがなんとなく分かる。
〈あー! まさかー!〉
う、うるせー!
お前が叫ぶと、頭痛がするんだ。
落ち着いて発言してくれ。
どうしたんだ、いきなり叫んで。
〈今、この川は幽寂の森から続いているって言いましたよねー〉
それで?
〈幽寂の森、瘴気……ここまで言えば分かるでしょー〉
おいおい、まさか。
この川が瘴気侵蝕の原因だって言うのか!
いや、待て!
俺、今飲んでしまったが。
さらに病人が!
〈あなたこそ、落ち着いて下さいよー。冷静に考えてくださいー。そんなすぐに発症したら、この村とっくに全滅してますよー〉
即効性はないってことか。
ちょっと確認したいが、あの黄色い霧……あれ全部、瘴気か?
〈そうですけどー〉
あの森で思いっきり吸ってたな。
足元にしかなかったのが、良かったが。
マトカリアは大丈夫なのだろうか。
〈おそらく、現在も蓄積されていますー。いえ、彼女だけではなくー、この村に住む者全員ー〉
蓄積……ということは一定以上の瘴気を取り込んで、やっと瘴気侵蝕状態になるんだな?
〈はいー、そうですよー。まあ、ミミゴンは『全障害ステータス無効』をもっているので効いてはいませんしー、蓄積もしてませんよー〉
なあ、蓄積された瘴気を取り除くことはできないのか。
でなければ病人がまた一人、増えてしまうが。
〈残念ながら、不可能に近いですー。発症しなければ、治せませんねー〉
蓄積している者に対しては、処置できない。
仕方がない、放置だな。
しかし、今までの考察は全て、この川の水に瘴気が含まれていると仮定しての話だ。
本当に含まれているのか?
〈可能性としては高いですよー。瘴気は水に溶けやすいですしー。何なら直接、調べた方がいいですねー〉
どうやって調べるんだ。
水に含まれている成分が分かるスキルでもあるのか?
顔は見えないが、パッと明るい顔を浮かべた助手の姿が想像できる声が聞こえてきた。
〈その通りですー! ミミゴンにできないことは……あるっちゃあるけど、ないっちゃないー! 水に手を突っ込んでくださいー!〉
助手の指示に従い、手首くらいまで水に浸かる。
ひんやりしていて、気持ちのいい感触。
とても瘴気が含まれているとは思わない。
川の流れも、少し強く押されている感じだ。
さて、どんなスキルなんだろう。
水の性質を調べるスキルがあると分かると、異世界にあるスキルって色んな種類があるんだなと考えた。
だったら、異世界から脱出できるスキルもあるんじゃないか。
〈うーんと……はい、含まれていますねー。バッチリとー〉
今、なんかスキル使ったか?
まあ、覚えたところで使いどころがなさそうだが。
〈え、私ですけどー。『助手』のスキル効果ですけどー〉
なんで、そんな効果あるんだよ。
〈そんなこと言われても、困りますけどー。とにかく、転生者をサポートするスキルを詰め込んだのが私『助手』なんですぅー。文句はスキルをつくった本人に言ってくださーい〉
転生者をサポートするスキル?
いまいち実感できないなぁ。
〈何でですかー! 今まで、どれだけ頑張ったと思うんですかー! あなたが獲得したスキルを『覇王』と統合したり、代わりに戦闘してあげたり、健康面もサポートしているんですよー〉
ごめん、からかってみただけだ。
ちゃんと俺のために働いてくれてるってのは、俺が一番理解しているんだから。
いつも感謝してる。
〈うぅ、素直に言われるとぉー……水に瘴気が含まれていましたー〉
急に、素になったな。
切り替えが速くて、尊敬する。
水に瘴気……てことは間違いないな。
水を飲まないよう、制限したいが生活用水だ。
そんなことできるわけがない。
メイド達に水でも持ってきてもらうか。
〈そもそも高齢者の多くが発症しているんですー。つまり、成長ホルモンが少ない人ほど発症しやすいというわけですー〉
成長ホルモン?
こんなファンタジーの世界で聞く単語ではないな。
〈この世界の人をなんだと思ってるんですー? とにかく、若者……とくに思春期の子供は発症しにくいということですねー〉
若そうなマトカリアの母親も瘴気侵蝕状態だったが。
まさか、もっと歳が。
〈……成長ホルモンが、もともと少ない人なら発症したっておかしくないですよねー。あんまり、年齢について考えるのはやめましょー〉
瘴気……なんで、高齢者に発症しやすい特性なんかもってんだよ。
なんかこう……ファンタジーじゃない!
だいたいテルブル魔城の魔界にしかないはずの瘴気があるのが、おかしいんだよ。
あの龍人……どうやって瘴気なんかを取り込んだんだ。
チャレンジ精神旺盛な奴だったんだな、きっと。
借金地獄だったら、電流鉄骨渡りでもしそうな性格だな。
この川から瘴気を除くことは可能か、助手。
いい考えだと思ったのだが。
〈今は不可能ですねー。ですが、川に関して問題はないと思いますよー。あの幽寂の森を覆っている瘴気も、その内消えますしー。このままずっと瘴気の川ということはなさそうですー〉
とりあえず、この村でも瘴気侵蝕になる原因は判明した。
あとは、万能薬だな。