89 シュトルツ村:クラヴィス―13
「食事よし! 睡眠よし! 気合いよし! 準備よし!」
「行きましょう! ミミゴン様! それで、どうしますか?」
二階建ての宿屋から出た俺とクラヴィスは、村の中を散歩することにした。
散歩の目的は、高齢者に流行っているという病気について解明すること。
そして、治せたら治すこと。
さてと、まず結論から言うと……この病気に関しては治せるということだ。
今すぐというのは難しいかもしれないが、あることを確認すれば治療可能である。
「マトカリアの家に向かうぞ」
村人たちに、マトカリアの住所を聞きながら目指すこととした。
村人から話を聞くたびに、村の中でマトカリアは有名だということが分かった。
この村で、ただ一人のハンター。
トラヒメナ草原に魔物が増えれば、行商人などが困る。
そのためにハンターがいるのだが、彼女一人では魔物を倒すのは無理難題に等しい。
そうとは思えないが、村人たちの話を聞くかぎり、どうやら最近強くなったみたいだ。
村人も寝耳に水といった感じで、驚いていた。
急に強くなるなんてことは、なかなかありえない。
おそらくだが、あの猫のしわざだろう。
昨日、クラヴィスが推薦した時「私、一人じゃ強くないのに」と断っていた。
猫とマトカリア……質問したいことが山盛りだな。
だが、彼女は愛されていることもあって、万能薬を奪われるようなことは起きなかった。
みんな、自分の親が死に近づいているというのに、誰も不満をいうことなく、マトカリアを見守っていた。
実はひっそりと、マトカリアのために村人の間で、こっそりと募金が行われていたらしい。
使うことはなくなったが。
「で、ここがマトカリアの家か。普通だな」
石の壁、木の屋根で構成されたシンプルな建物。
扉を軽くノックする。
今の時間帯は日が昇って、だいぶ経っている頃だ。
中から返事はなかったが、かわりに緩やかに木の扉が開いた。
「あれ!? クラヴィス様にミミゴンさん!? どうして、ここに?」
マトカリアの服装は昨日と違い、ラフな服装だった。
白く薄い生地の服と、紺色のズボン。
今日、狩りはしないのだろうか。
俺は理由を話す。
「万能薬は効いたか? 村で流行している病気に」
「は、はい。おかげさまで!」
扉から、チラッと見えたのは母親だろうか。
ベッドで腰かけながら、水を飲んでいる。
穏やかな表情を浮かべ、俺と目を合わせると軽く会釈してくれた。
高齢者に多いと聞いていたが、この方はとても年老いているとは思えない。
つまり病気は、誰にでも発生する可能性のあるものだということを、証明しているのかもしれない。
女性に年齢を聞くのは失礼だ。
見た目からして、三十代後半だと思うが。
「あの……」
「ああ、悪かった。病気に万能薬が効くってことが分かった。ありがとう」
「いえ……あの、協力できることがあったら言ってください!」
万能薬、幽寂の森での出来事。
彼女は恩返ししたいのだ。
協力できることか……そうだなぁ。
「今は、その特に思いつかないのだが……あっ、じゃあここに猫を連れてきてくれ。あの白い猫だ」
「分かりました! 任せてください! 行ってきます!」
「あっ、ちょっと! ゆっくりでいいから!」
「はは、行ってしまいましたね」
クラヴィスが彼女の走る後姿を苦笑した。
しばらく、ここで待つか?
いや、連れてくるのに時間がかかるだろう。
その間、クラヴィスと俺二手に別れて行動しよう。
聞きたいのは、病気になった時期、病人についてだ。
ということで、クラヴィスにも伝えたのだが、こいつも走っていきやがった。
どんだけ、元気満々なんだ。
「で、どうだった……クラヴィス」
「はい。どうやら……」
二人が得た手掛かり。
それは、いきなり一斉に発生したわけではないが、最初の発病者から短い期間に流行したという情報。
そして……これは驚くべきことなのだが。
「全員、発症したとたん『脚が痺れた』こと。始まりは脚の麻痺だということだ」
「これって……」
「ああ……”瘴気侵蝕”、だな。きっと……」
ここに来るようになった原因である、黄色い霧を纏った龍人。
奴と対峙したクラヴィスは、敵から酸を受け、瘴気侵蝕状態になった。
瘴気侵蝕は、まず脚から痺れ始め、頭へと向かって麻痺が進行していく症状。
全身の力が抜け、いわゆる脱力感に襲われる。
頭部まで症状が進行すれば、死ぬ。
現に、この村では死人が出ている。
最期は何も喋ることはできず、失明もして、何も見えない。
孤独な死を迎えるということだ。
「治療方法は”万能薬”と”マルアリア治療薬”ですか」
「ちょっと待っててくれ」
俺は一旦クラヴィスから離れ『助手』に相談する。
なんで離れるかというと……『助手』と話している間、ぶつぶつと独り言をつぶやく気味の悪い奴になるからだ。
ってことで『助手』、瘴気侵蝕を治す方法は他にないのか?
〈あるにはありますけどー……ミミゴンは不可能ですねー〉
うん、どういうことだ?
〈大きく分けて、治療方法は二つですー。一つは『スキル』による回復ー。もう一つは『アイテム』による回復ー。現実的な方法は、二つ目の『アイテム』による回復ですねー。ちゃっちゃと万能薬を集めましょー!〉
確か、あの行商人……万能薬20000エンって言ってたよな。
お金が問題でない。
今現在、病に侵されている者が12人。
合計金額……240000エン。
別に問題はないな。
国に帰れば、すぐに手に入る額だろう。
問題は別のところにある。
この異世界で20000エンは、かなりの高額だ。
クラヴィスは20000エン、ポンッとくれてやったが……高額ということは簡単に手に入らないということ。
それだけの価値があるということ。
数……万能薬の数が足りるかということだ。
助手、万能薬ってどこに売ってるんだ?
〈リライズですねー。それも、ごくごく一部のお店ですねー。数もー……12個、手に入れるのは至難の業ですよー。あははー、努力どりょくぅー!〉
こいつぅ……目の前に助手がいたら、ぶん殴ってる。
死にかけてんだぞ、おい!
どうしろってんだよ!
〈助けたいですかー?〉
当たり前だろ!
救えそうなのに救えない……しかも直面しているんだぞ。
無視できるか、こんなこと!
〈万能薬は、どうやってつくりだされていると思いますかー?〉
授業を受けている暇はないぞ。
5分で分かることを45分もかけて教えてもらう必要はないんだ。
〈最年少将棋棋士の名言は、ともかくー……万能薬は『調合』によって製薬されていますー〉
『調合』……つまり、マトカリアのスキルか!
ここでも『調合』が必要なのかよ!
いや、あの時とは違って敵がいないから、マトカリアを『ものまね』すれば使えるんだけど。
だったら、マルアリア治療薬はどうなんだ?
俺の予想では、素材の入手に時間がかからず、無駄を省けるはずだ。
〈マルアリア治療薬に必要な『青花』『黄花』は基本、幽寂の森にしかありませーん。言っときますけど、あれも希少な植物なんですよー。魔界攻略に必要……いえ、何でもありませーん。言っても分かりませんからねー〉
魔界うんぬんは、どうでもいいが。
マルアリア治療薬を手に入れるのは困難だな。
黄色い霧……厄介なことに植物にも影響し、枯らしてしまう。
実質、入手不可能な植物になってしまった。
残る手は、万能薬か。
それと、そもそもどうやって……あの霧に触れていない村人が瘴気侵蝕になっているのか。
これも突き止めなければ、新たな発病者を生んでしまう。
やることが多いな。