88 シュトルツ村:クラヴィス―12
「はぁー……帰ってきたぜ。シュトルツ村……」
「ミミゴン様……どうやら『羅刹天』の影響で、体が重たくなってきました」
「じゃあ、さっさと終わらせよう。そうしよう」
昼間で、この村は建っている建物も多い。
建物といっても、木と石でできた粗末な印象だが。
それにしても、人が少ない気がする。
まあ、いいか。
俺とクラヴィスは、疲労困憊の身体を引きずるようにして、解決屋に向かう。
ふと気になって、後ろを振り返る。
そう、マトカリア……と、猫。
猫。
真っ白い猫。
確か調合を頼んだ時、一緒にいた猫だよな。
何なんだ、この猫。
俺の視線に気付いた猫は、逆に睨み返して『言葉』を発した。
「なんだ、じろじろ見やがって。吾輩は神聖な生き物だぞ」
「そういえば、こいつ……喋ってる! 俺の知ってる猫じゃない!」
「”非常識”を”常識”にするぐらいの余裕はあるだろ。今が、そのときだぞ」
「なんで、こんな偉そうなんだ。それにしても、なんか忘れている気がする」
うーん、と首を捻らせていると、クラヴィスとマトカリアが解決屋に入っていくのが見えて、急いで追いかけた。
猫は、じっとこちらを眺めていた。
「あのぅ、私は魔物の素材を売ります。クラヴィス様、ミミゴンさん……ありがとうございました!」
「マトカリアさんには案内役だけでなく、僕の命も助けていただきました。本当に感謝しています!」
「ああ、マトカリアには感謝してる。本当に助かったよ。クラヴィス……いや、世界を救ったも同然の働きだった。な、クラヴィス?」
「そうですね。彼女は強い。僕から本部長に推薦しましょう。Aランクハンターでも通用しますよ」
「そ、そんなぁ。私、一人じゃ強くないのに……」
マトカリアは、恥ずかしがっている……というよりも、どこか申し訳ない気持ちになっているように見えた。
でも、英雄から推薦とあっては本部長も断れないだろう。
いや俺から見ても、本気で強いと思っている。
助手によると幽寂の森最強の魔物と鉢合わせしたにも関わらず、目的を達成したらしいから、すごいやつだよ。
見た目は中学生に見えるのに、中身はAランクの実力。
なんか、カッコいいな。
「あの、ありがとうございました!」
「これからも頑張ってください! 応援してますよ! 何かあったら、連絡くださいね!」
クラヴィスは元気に声を発する。
彼女は受付に向かい、道具袋の中身をスタッフの女性に見せていた。
買い取ってもらうそうだから、おそらくかなりの額になっているはずだ。
クラヴィスが倒した獲物を横取りして得た素材だろうけど、お礼としては十分のはず。
これで彼女も幸せになるはずだな。
二階から階段で降りてくる足音が聞こえて、クラヴィスと俺はそちらに向き直る。
その人物は縦に長く、横にも広いという外見でスーツ姿。
シュトルツ村担当の解決屋で、上級監察官のインドラという名前だ。
上級監察官というからには、強いのだろう。
彼は俺たちが帰ってきたのを見て、すぐに駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか! クラヴィスさんに、ミミゴンさん!」
丸い顔が生み出す笑顔は非常に愛嬌があって、善人っぽい。
実際、善人なんだが。
インドラは周りを見渡して、クラヴィスに尋ねる。
「あの、それで捕獲は……」
「すみません。とても捕獲できそうになかったので、討伐してしまいました」
「そうですか……何か事情があるのでしょう。そこの部屋で話しませんか?」
インドラが顎をしゃくった先には、扉があった。
応接室のようで、中央に木の椅子が何個か並べられている。
応接室にしては奇妙な部屋ではあるが気にせず、インドラが手で示した椅子に腰かけた。
「それで、クラヴィスさん。何か分かったことはありましたか?」
インドラは対面の椅子に座り、クラヴィスに問いかけた。
「はい、魔物ではなく龍人でした。容姿は、とても龍人とは思えませんでしたが」
「龍人……煙を纏っているのが龍人ですか。あれは何かのスキルですかね?」
「僕から見て、あれはとてもスキルだとは思えませんでした。自然に体内で発生したように感じました」
「直接、戦ったあなたが言うのですから、そうかもしれませんね。本部長に、どう報告したらよいのでしょう」
インドラは椅子から立ち上がり、ちょうど幽寂の森が見える窓から覗いた。
「ありのままを伝えるしかないでしょう。ハウトレット様も理解してくれるはずです」
「クラヴィスさんも、ご存知でしょうが……世界は明らかに変化しています。現に解決屋には、大量の依頼がきています。それも多くが『見たこともない魔物が邪魔をしている』と。リライズの『魔物研究調査団』が研究を進めているようですが、未だ解決には至っていません。私の予想だと、世界が世界を保てなくなるのではと考えています」
「魔物自体も、謎の部分が多いんですよね」
魔物かぁ。
日本には、まったくいなかったな。
ゲームの世界だけの存在だと思っていたが。
今は慣れてしまったけど、この世界において、かなりの脅威であることは確かだ。
人以上に強力な存在。
だけど、今もどこかで人同士が争っている。
インドラが突然振り返り、クラヴィスに話しかけた。
何か思い出したようだ。
「クラヴィスさん、もう一つ頼まれてくれませんか?」
「構いませんよ」
動きは落ち着いているものの表情が険しいインドラが、もう一度席につく。
「ここ、シュトルツ村で原因不明の病に侵されている者が多いんです。お気づきでしたか?」
「……そういえば、マトカリアさんに最初お会いした時、万能薬を強く求めていましたよね。行商人さんに」
「ああ、そうだったな。で、クールに買ってやったわけだ」
「医者にも分からない病気。万能薬なら治ると思ったのでしょう」
インドラが暗く重い口調で、話をつづけた。
「この村の、特に高齢者の方が病に侵されているのです。クラヴィスさんには、この病気を治す方法を、病気の発生原因も調べてほしいのです。すみません、お疲れのところを……」
「協力させてください。上級監察官として、共に村を守りましょう!」
「ありがとうございます! 分からないことがあれば、聞いて下さい」
深く頭を下げ、感謝を伝えている。
昼過ぎ、昨日から宿泊している宿屋でくつろいでいた。
二つあるベットは質素だが、十分に安らげる。
クラヴィスはベットに座り、大剣の調子を見ていた。
俺も寝転んで、目を瞑っていた。
ものすごく眠い。
あぁ、ベットに吸い込まれていきそうだ。
「ミミゴン様、明日どうしますか?」
「うん? ……俺に任せておけ。お前も疲れただろ? 戦闘はクラヴィスに任せっきりだったからな、俺にも活躍の場を与えてくれ」
「よろしいのですか?」
「いいんだ。むしろ、俺の方が役立てるはずだ。ただ、俺に付いてきてくれよ。一人は寂しいからな」
「はい、もちろんです! お供させてください!」