87 シュトルツ村:マトカリア―11
目の前のグリーンドラゴンは喉元に緑色のエネルギーを溜めている間に、マトカリアはゼゼヒヒに作戦を伝えた。
ゼゼヒヒは作戦を聞いて、小さな首を縦に動かした。
マトカリアは待つ。
好機の到来、つまりチャンスを!
「グゥォオオー!」
「今よ、ゼゼヒヒちゃん!」
「『憑依』!」
大きく空気を吸い、グリーンドラゴンの準備が完了したようだ。
焦りが走らせ、かなり弱っている娘を必殺技で丸ごと消し飛ばす。
こいつには勝てないんじゃないかという雰囲気。
グリーンドラゴンが感じ取った雰囲気、それは正解だった。
ゼゼヒヒは、グリーンドラゴンに憑依する。
憑依されたことも知らず、喉元に集め留まらせていたエネルギーを今、解き放った。
手に花を握りしめたまま、棒立ちのマトカリアに。
黄花が咲き誇る花畑に放った爆発と同様に、その緑色のエネルギーは抑圧された破壊力を激しく強制的に放出させた。
だが、何事もなかったかのようにマトカリアは佇んでいた。
髪は激しく揺れ、ところどころ穴の開いた衣服も爆風で揺れる。
真正面から避けることもなく、食らったはず。
だが、彼女は確かにそこにいた。
「これは”スキル”だということ! なら……ゼゼヒヒに”逆転”してもらえばいい! 私は生きてる!」
グリーンドラゴンは、マトカリアの姿を認めると茫然自失になっていた。
ゼゼヒヒが『逆転の法則』により、グリーンドラゴンのスキルは破壊力を失い、逆に回復効果となってマトカリアに襲った。
よって、マトカリアは全身の傷が治り、元気も回復していた。
「必殺技を放つとしばらくの間、行動不可。隙だらけ、だよね!」
マトカリアは手のひらにのせている二輪の黄花を、潰すように両手で挟んだ。
「父の手帳を見なくても分かる、あるアイテムの作り方。それを生み出す! 『調合』!」
手にひらに挟まれた黄花は『調合』によって、姿を変えようとしていた。
そして、出来上がったのが。
真っ黒い玉だった。
「そう……失敗作! 同じもの二つは絶対に調合できず、失敗する! そして、その効果は!」
マトカリアは真っ黒い玉を、驚き動けないグリーンドラゴンの目にぶつけた。
すると、爆裂し黒い煙が目の周りを覆った。
失敗作は、黒煙と小さな爆発を起こすゴミになる。
「失敗作? 私にとっては『成功に導くカギ』になったけどね! よし、ゼゼヒヒ……逃げよう!」
「なんか倒しそうな流れだったんだけどな。まあ、いいか」
再び、ゼゼヒヒはマトカリアに『憑依』し、猫の要素を足した彼女は『韋駄天』で、クラヴィスのもとへ駆け出した。
グリーンドラゴンは目に張り付く黒い煙を払おうと、懸命になっていた。
こうして、マトカリアとゼゼヒヒは目的を達成し、無事抜け出すことに成功した。
「お、お待たせー!」
「その声は、マトカリアか! 遅かったじゃないか! 薬は!」
「今、調合するよ!」
マトカリアは道具袋に手を突っ込み、目的の物を取り出す。
二輪の花、青花と黄花だ。
両手に、それぞれ持ったのを確認した後、スキルを叫んだ。
「『調合』!」
蚊を両手で挟んで殺すように、勢いよく叩き合わせ、パチンという気持ちの良い音も奏でる。
彼女の握手するように握り合わせた手には、花の形はなかった。
調合したということだ……そして。
「できた! マルアリア治療薬! これで、クラヴィス様を治せる!」
「早く、マトカリア!」
マトカリアの手には、どこからか現れた小瓶が握られていた。
すぐさま、小瓶をミミゴンの方へ投げる。
小瓶はくるくると回転しながら、ミミゴンが構えていた右手に捕らえられた。
小瓶の口をクラヴィスの口に近づけ、中の液体を流し込ませる。
一気に飲み下したクラヴィスは遠くに転がっていた大剣をスキルで引き寄せ、柄を掴み、起き上がった。
立ち上がった様子に、異常はない。
近くから、霧を纏った龍人の怒り声が聞こえた。
マトカリアが薬を手に入れるまで、死霊が迫る龍人にしがみつき、『誘爆化』によって自爆していた。
ダメージは低いものの、奴はまた遠くに飛ばされ、また襲いかかるも次の死霊がしがみつき、爆発する。
だが、永遠とは続かない。
現在、死霊はもういなかった。
そして奴の声。
悲鳴のように聞こえても、それは怒気を帯びた声だと耳で理解できる。
人の限界を超えた声を発した張本人は、既にミミゴンへと飛び掛かっていた。
超人的な脚力で、ミミゴンの目前に接近している。
「『羅刹天』!」
『羅刹天』が、クラヴィスのあらゆる身体能力を一時的に進化させ、人という種を超越するスキル。
そして、胸元に寄せた大剣に頭をくっつけ、祈るような体勢をした後、目を見開いて、一気に振り下ろした。
「……『紫電一閃』!」
目で捉えることの出来ない速度で、空中の龍人を一刀両断する。
重力に従って落ちるはずの龍人の肉体は斬られても、なお留まり続け。
そして、宙に浮いていることを思い出したかのように、龍人は地面を目指して墜落した。
「この技は、肉体ではなく精神……つまり霊魂に直接、斬りこむスキル。そう簡単に防ぐことはできない」
「おおー! クラヴィス、カッコイイ! 最高!」
クラヴィスは大剣を『異次元収納』によって、手から消え失せ、ミミゴンの誉め言葉を照れながら聴いていた。
白いしっぽを無意識に動かしているマトカリアも、今の瞬間に見とれていた。
あれがクラヴィス様、解決屋の英雄……いえ、世界の英雄!
彼女は脳内で叫び、喜んだ。
「本人がいるんだから、直接言えよ。ミミゴンとかいうやつみたいにさぁ。ていうか、あいつは煩すぎるけどな。しかも、まだやってるぞ」
マトカリアの心を察したゼゼヒヒは、呆れながら呟く。
龍人は力なく地面に倒れており、三人は無事生き残ることができた。
この森に危険があるのはもちろんだが、同時にクラヴィスを救ったのもこの森だ。
今は足元の黄色い霧も晴れ、履いている靴が露わになる。
だが、まだ続きがあった。
喜んでいたのも束の間、突如跳ね上がった龍人の死体に三人は驚いた。
「今……動いてなかったか? し、死体だよな?」
「ミミゴン様、その通りです。確実に魂を両断したのですから、間違いありませんよ……たぶん」
「な、なんか震えていませんか? 死体……」
マトカリアが指さした死体。
誰が見ても分かるほどの振動が、この死体に起こっていた。
「あの世から着信でもきたか? バイブレーション機能もついてるとか、この世界の死体はすげぇなぁ!」
「何言ってるんですか、ミミゴン様。混乱しましたか? 明らかにおかしいですよ。ゾンビ化しているとは思えませんし……」
「なんか離れた方がよさそうなぁ……」
おずおずと提案したマトカリアに、賛成した三人。
ミミゴンが『テレポート』を使えるので、他の二人と手をつなぎ、発動しようとしたところで。
死体が何度も何度も跳ね上がり、まるで打ち上げられた魚みたいに跳躍していた。
何か起こる!
三人がそう感じ取って、ミミゴンが『テレポート』を発動させた。
それから死体が爆散し、中に詰まっていたであろう黄色い霧が一斉に放出した。
三人は『テレポート』で幽寂の森の外に脱出しており、直後凄まじい爆音がして、森全体が黄色い霧で包まれることとなった。
同時に、樹木の基本カラーである”緑”は霧によって徐々に灰色、そして白色に変化していった。
「な、何が起きたの!?」
マトカリアの発した質問に答える者はいない。
かわりに、クラヴィスが森を観察し始める。
「あの霧に植物が触れると色素を失い、死んでいく。人も同様で瘴気侵蝕状態となり、やがて死んでいきます。瘴気ですね……」
「ああ、あれは瘴気だそうだ。瘴気というのは普通、こんな場所に存在しない。テルブル魔城、そう魔人の国にある魔界というフィールドで発生しているらしい」
「ミミゴン様、お詳しいですね! さすが、エンタープライズの王様です!」
「あはは……まぁな! 俺、勉強したからな!」
しばらく森の様子を眺めた後、三人は再び『テレポート』でシュトルツ村へ帰った。