85 シュトルツ村:マトカリア―9
クラヴィスがやられ、ミミゴンが敵から身を守っている状況。
唐突にミミゴンが顔を向けた先には、マトカリアがいた。
マトカリアは草陰に身を潜め、この戦いを間近で見ている。
引きつった顔をしたマトカリアが、静かに呟く。
「えっ、なんでこっち見るんですか……?」
ミミゴンは、それに答えた。
「お前……『調合』ってスキル、持っていないか?」
「も、持っていますけど……どうして」
目が開ききったミミゴンから、次々と言葉が出てきた。
「クラヴィスが瘴気侵蝕っていう状態になっているんだ! それを治すには、お前の『調合』で薬をつくるしか方法がねぇんだ! 頼む、協力してくれ!」
「私、案内するだけだったんじゃあ……」
思ったことを口にしたマトカリアだったが、すぐに気持ちを切り替えて決心する。
なんで『調合』を持っているの知っていたんだ、とかミミゴンに聞きたいことが溢れてきたようだが、なぜか体が先に動いた。
それは、クラヴィスを助けるためだろうか。
クラヴィスの役に立てるから、動けたのだろうか。
何かが、マトカリアの背中を叩いた。
二人分の重みが背中を押したように感じていた。
背後を振り返ると。
「よぉ、マトカリア。すぐに行くぞ! 吾輩が付いていること……光栄に思うがいい!」
「ゼ、ゼゼヒヒちゃん!」
「やめるんだ! 撫でたり、抱きしめたりしている場合じゃないぞ!」
マトカリアはゼゼヒヒを抱き上げていたが、やがて下ろしてクラヴィスを一瞥する。
クラヴィスの側で身構えているミミゴンは、不意に現れたゼゼヒヒを顔をしかめながら見ていた。
「猫……? 喋る猫、何かで……いや、そんなことよりもだ。マトカリア、頼めるか! ……マルアリア治療薬と言うらしい!」
語尾を強め放った言葉は、マトカリアを突き動かし、道具袋から手帳を取り出す。
調合による様々な薬をつくるための方法が、父によって記されていた。
彼女は、どこになんの調合が記されているのか、だいたいを把握していた。
パラパラとページをめくっていく。
目的のマルアリア治療薬を見つけ、必要な素材を確認し。
「青花に……黄花……どっちも、ここにある! ゼゼヒヒ!」
「吾輩の協力が必要なようだな! 『憑依』!」
猫の姿は消え、魂がマトカリアの内に入っていく。
同時に白い猫耳と白いしっぽを得たマトカリアは、脳内に記憶している青花の位置、黄花の位置を思い出す。
そして、走る。
『韋駄天』が彼女を助け、地面を蹴る一瞬にスキルが発動し、爆発的な速度を放つ。
足が爆発したかのような力を発揮し、木々の間を駆け抜ける。
枯れゆく草、黄色い霧にやられた草、元気に育っている草も全て凪飛ばす勢いだ。
木も例外ではない。
彼女も制御しきれず、樹木にぶつかり、胴体部分を折り倒している。
折れた大木が倒れる前に、彼女はまた駆け出す。
「やっと、一つ目! 青花!」
「次、黄花だ! 場所は知っているよな」
この前、見かけた青花を思い出した彼女は真っ先に向かい、摘み取って道具袋に押し込んだ。
もう一つ、黄花が必要だ。
その位置も把握している。
たとえ、ここの魔物を狩りに来ていなくても、薬草採取で日々訪れていた。
マトカリアは深い幽寂の森を無意識のうちに知り尽くしていたのだ。
あの場所には薬草が群生している、ここは青花と薬草が入り乱れて生え育っているなど。
ゼゼヒヒの質問は、あまりにも愚かである。
「もちろん、知っているよ!」
遠くから見れば、走り幅跳びをしているように見える移動で、次の場所を目指す。
出くわす魔物とぶつかっても、彼女はのけぞることなく先を走り続けた。
ようやくたどり着いたのは、木々が少なく日光がよく当たる場所だ。
記憶していた通り、しっかりと依然変わらず黄花が群生していた。
「良かった……これも強い毒性を持ってるから、採られずにすんでるね」
「早く回収して、あいつらのところへ持っていくぞ!」
「分かってるよ!」
小走りで黄花に近づく。
背丈は小さいが、黄色く美しい葉が魅力的だ。
身を屈めて摘み取り、道具袋に入れたところで、ゼゼヒヒが叫んだ。
「後ろだ! マトカリア!」
後ろに顔を向ける前に、背中全体に大きな衝撃を感じた。
えっ、と不思議そうな声を出して、雑草の地面に激突し転がっていく。
痛みは感じないものの、すぐには立ち上がれそうになかった。
脳が大きく揺れ、瞳の焦点が定まらない。
「うぅー……吾輩が代わりにダメージを受けてやったぞ」
「あ、ありがとう。一体何が……」
頭を押さえながら、伏せていた顔を上げる。
幽寂の森、最強クラスのグリーンドラゴンが二足で立ち構えていた。
どうやら、グリーンドラゴンの縄張りらしく不法侵入者のマトカリアを排除しようと躍起になっていた。
「や、やばいよ……でも、手に入れ、たし……あれっ!?」
「どうした、マトカリア」
目はグリーンドラゴンへ向けつつ、右手で道具袋の中を漁る。
でも、さっき入れたはずの黄花が入っていなかった。
ちょうど入れる直前に奴の攻撃を受けたようで、衝撃でどこかに飛んでいったようだ。
「て、ことは……敵の目をかいくぐって、また手に入れろってこと!?」
「じょ、冗談じゃねぇぞ! 吾輩は死にそうなぐらいのダメージを受けたのに、まただと!?」
「でも、やらないと。クラヴィス様が死んでしまうよ! だから……乗り越えよう! 一人と一匹で!」
起き上がりながら、体をはらって衣服に付いた土を落とす。
次に、迷いなしの輝いた瞳を敵へ一直線に向けた。
「倒すのか?」
「……そんなわけないでしょ。隙を突いて、一気に奪取する! 逆転『マイクロヒーリング』!」
『逆転の法則』により、効果が逆転した『マイクロヒーリング』で牽制する。
マトカリアは走り、もう一つ『マイクロヒーリング』を放つ。
これで少なくとも、ある程度はダメージが入り、怯むはず。
その隙に、と思っていたのだが、花畑に手を伸ばす前に長く太い尻尾が飛んできた。
ブレーキをして足を止めると、目の前に尻尾が叩きつけられ抉られた土が降りかかってきた。
――効いていないの!?
攻撃は通っているものの一歩及ばず、怯むどころか余裕の表情だ。
魔法耐性が強いのだ。
『見破る』で確かめたいが、発動してからの隙が大きい。
何とかして、その目を欺かなければならない。
汗が一滴、地面を目指して落ちていった。
 




