84 シュトルツ村:クラヴィス―8
「さすが、クラヴィスー! これで終わりだな!」
草陰から現れた俺は、今しがた敵を倒したクラヴィスに労いの言葉をかけたのだが、いまいち反応が薄い。
敵は遠く離れた先で倒れているみたいだ。
といっても足元の煙が濃くて見えにくいのだが、確かに倒れている。
間違いなく気絶しているはずだ。
今回は殺すのではなく、捕獲だからこれでいい。
あとはクラヴィスが持っている丸いボールをぶつけて……。
「ミミゴン様! まだ動いています!」
「うおぉい! あのクラヴィスの強烈な一撃を受けて、まだ倒れねぇのか!」
体をくねくねとさせながら、起き上がる様はまるでゾンビのようだ。
クラヴィスは再び、赤黒い刃を敵に向け、いつでも斬りつけられる構えをする。
全身を黄色い煙で覆った謎の存在。
気になって『見抜く』を使用する。
名前:蜉ゥ縺代※縺上l縲∝菅縺溘■?……
レベル:螯サ縺ィ諱ッ蟄舌′螳カ縺ァ蠕?▲縺ヲ縺?k……
種族:縺昴s縺ェ逶ョ縺ァ隕九k縺ェ……
称号:縺薙l縺碁°蜻ス縺ェ縺ョ縺……
耐性:縺ェ繧峨?∫ァ√r……
戦闘用スキル:谿コ縺励※縺上l……
常用スキル:譛?蠕後↓莨壹>縺溘>……
特殊スキル:繝悶?繝阪?√お繧、繝薙せ……
おぉい、なんだこれ!
気持ち悪い文字が行列となって並んでいる。
よ、読めるわけがない。
助手、これはいったい何なんだ!
〈わ、分かりませんよー! 何ですか、これー!? ……ですが、恐らく”あれ”は龍人でしょー。見た目は龍人に似ていますー〉
龍人……あれが。
助手のこの反応、マジで知らないみたいだな。
なおさら、捕獲する必要がある。
とにかくこの、……龍人でいいか、龍人を弱らせて捕獲。
この流れは変わらない。
「クラヴィス、あいつは龍人のようだ。魔物の可能性は低いが、あまり傷つけるなよ」
「もとより、そのつもりです。ですが、あれが龍人ですか? 人の域を超えた魔物のように感じますが」
お前も人の域を超えてる存在に感じるが。
龍人はじっとこちらの様子を窺っていたようだが、ようやく動きだしたようだ。
突然、顔を上に向け口を開けた。
何をするつもりだ?
すると全身を震わせ、口から濁った泥水のような液体を思いっきり吐き出し始めた。
おいおい、ただ空に向かって吐いたわけではないよな。
俺たちも天を見上げるが、木々の葉で空を見ることはできない。
もちろん、空が見たいわけで顔を上げたわけではない。
わずかな間をおいて、落ちてきたのは……奴の液体。
大きく覆っていた葉を貫通し、俺らのもとに降ってきた液は棒状のようになっており、それは地面に当たると草を溶かし土をも溶かした。
それはつまり、奴が吐き出したのは酸のようなものであり、俺たちに当たれば。
「ミミゴン様、お任せください! 『打消しの意志』!」
大剣が一瞬輝き、クラヴィスは急降下してくる酸に刃を振るった。
正確に捉えた刃は酸を消し飛ばし、次の酸も一瞬で打ち消す。
一瞬の連続、速すぎる。
俺は棒立ちでいられたが、周りの地面は酸でボロボロに穴が空いていく。
酸の雨は降り止み、奴は次にどう動くか見極めようとしたが、遅かった。
さっきまでいた場所には、もういない。
目の前に迫っていた、拳も一緒に。
〈『受け流し』ー! 『迫撃拳』ー!〉
助手が唱えたスキル『受け流し』により、奴の拳は俺の胸に炸裂するものの、その威力をそのままお返しし、怯んだ隙に『迫撃拳』で胴体に穴をあけるほどの衝撃を放った。
思考は追い付かなかったが、それでも助手ナイス!
勝手に体が動いたのは怖かったけど。
龍人は衝撃を与えられ、戻されたが立ち直りが早く、また襲ってきた。
胴体に空いた穴は塞がっている。
今度は酸を直接ぶつける気で、口を開き俺を狙ってきた。
「あなたの相手は、このクラヴィスです!」
サッと俺の正面に移動し、塊となって飛んできた酸を大剣で打ち消す。
しかし、それは悪手だった。
酸の塊の先に、奴はいなかった。
ほんの一瞬……それが生み出した隙が状況を一変させたのだ。
クラヴィスの下に潜り込んでおり、口を開いていた。
酸は囮として使われたのだ。
それを知った時には、密集した酸をクラヴィスに吐き出され、真っ直ぐそのまま食らってしまった。
酸を受けて倒れ込むクラヴィスに驚く俺へ、奴は横から酸を吐きかけてきた。
助手ー!
〈『デストロイビーム』ー!〉
奴に右手を向ける。
やがて指鉄砲の形となり、人差し指から光線が発射された。
それは酸を打ち消し、龍人の肉体を吹き飛ばす。
完全に殺しにかかった攻撃だが、仕方がない。
龍人はどうなったかなんて気にせず、クラヴィスの倒れゆく骨身を抱きしめる。
上半身に浴びせられた酸を手で落としていたが、それよりも酸の痛みが走っているクラヴィスは呻いていた。
「クラヴィス! 今、助ける!」
俺が酸を拭いてやる。
当然、触れば手を溶かしてくるが我慢して、地面に擦り付けて酸を落とす。
それでようやく、クラヴィスの顔を確かめることができた。
苦痛を感じる焦点の定まらない目だ。
「ありがとうございます、ミミゴン様……」
「大丈夫か、フラフラしているが」
落とした大剣を引き寄せ、杖のように地面に突き刺して、立ち上がろうとしていた。
ダメージのせいか、歯を食いしばり呼吸が荒くなっている。
その様子が、あまりにも無茶をしているように見えた。
クラヴィスほどの者が酸にやられただけで、とてもここまで苦しむとは思えない。
目も開いているのか、閉じているのかの境である。
助手の活躍で飛ばされた奴は、何事もなかったかのように起き上がり、じっとクラヴィスを睨んでいた。
その口は……不気味な笑みを浮かべているように見えたが。
「僕の必殺技『紫電一閃』で一気に、弱らせる……!」
発するたびに声が小さくなっていき、語尾が聞き取れなかったほどだが大丈夫か?
地面に突き刺した大剣の柄を右手で握り、引っこ抜く。
そして、両手でもち……ピッチャーの投球を待つバッターのように構える。
それからだ、周りの雰囲気が変わったのは。
その大剣は雷を纏い始め、クラヴィスを中心に強風が発生した。
その強風は足元の黄色い霧を一掃し、灰色に染まりかけの草木がポキポキと折られ、無情にも風に流されていった。
「紫電、一せ……!?」
驚愕の表情、大きく開けた口……そしてクラヴィスの手から離れる大剣。
ひどく静かに地面へ落ちていき、弱々しく雷が散っていく。
クラヴィスは足元から崩れるように倒れ、仰向けに伏してしまった。
「クラヴィス! 今までの流れは何だったんだよ! 成功しそうな雰囲気だったじゃねぇか!」
「ミ、ミミゴン様……脚が、痺れて」
脚……それを聞いて、クラヴィスの脚を眺める。
痙攣しているようで、ピクピクと不規則に電気が走っているみたいだ。
クラヴィスが演じているように見えない。
〈ミミゴン、クラヴィスに触れてくださーい! 何かしらの異常が発生している場合がありますー! もしかすると、悪い方向にー!〉
脳内で助手の声が響き渡る。
耳元で女性の高い声が叫ばれているような感じだ。
そんなことをされれば驚き、体が反応してしまう。
痛みを耐えるような声を漏らすクラヴィスに、両手で触れた俺は助手の返答を待つ。
こうして触れるだけで、どうやら助手にも伝わるらしい。
〈……”瘴気侵蝕”ー? まさか本当にー……〉
助手、何が起きてるんだ。
俺が触れた手から、助手は何かを発見したみたいだ。
クラヴィスの状態を、助手は理解したのだろう。
〈これは”瘴気侵蝕”ですー。クラヴィスは”瘴気侵蝕”のため、動けないのですー〉
瘴気侵蝕……ようするに状態異常だよな。
だったら、助手が使ってた『パナケイア』っていうスキルで解除を。
〈ダメですよー! 治りません、それではー〉
じゃあ、何だったら治るんだ!
そんなやり取りをしている隙に、奴は襲ってきた。
先ほどと同じ『デストロイビーム』で押し返すか。
右手を迫ってくる龍人に向け、スキルを発動した。
人差し指から出た光線は龍人を狙って一直線に飛んでいった……が、当たる寸前で回避された。
なら、連続して発射すればいいだけの話だ。
そう思考する前から自然と狙撃していた。
だが、当たらない。
こいつ、学習しているのか。
放たれた光線は、どこにも当たることなく深い森の中に消えていく。
いつの間にか、奴は目の前にいた。
〈『インパクトブレイク』ー! 『下位死霊召喚』ー!〉
助手がスキルを叫ぶ。
俺は握り拳をつくらされ、目の先にいる龍人に渾身の一撃が放たれた。
それが生み出した衝撃波が周りの木々を根こそぎ奪っていき、台風による被害を想像させるほどの光景へと転変してしまった。
それほどの一撃を食らっても空中で踏ん張っていた奴だが、とうとう負けてしまい、木と同じ運命を辿ることになった。
さらに俺の周りに、5つ紫色の魔法陣が地面に描かれ、そこからは死霊が召喚されたようだ。
その死霊はまさに、幽霊そのもの。
顔は真っ白、死に装束を身に着けた小さな人間が宙に浮いているようなものだ。
〈『誘爆化』ー! 私達を守れー!〉
何をしているのか、頭は追い付かないが5体の死霊が俺を守ってくれることは分かった。
それで、クラヴィスの瘴気侵蝕を治すにはどうすればいいんだ!
〈『パナケイア』はステータス異常を治すスキルですがー、瘴気侵蝕は治せませんー〉
何でだよ!
じゃあ、他のスキルは!
〈ないんですー! 今、ミミゴンが所有しているスキルで治せるのはないんですー! これは”特殊”ですからー!〉
特殊、だって?
治し方はちゃんとあるはずだ、言ってくれ!
〈……『調合』ですねー。『調合』のスキルで、アイテムをつくるしか方法がー〉
『調合』……?
で、俺は持っているのか?
持っていれば可能性はあるだろ!
〈いえ、ミミゴンは所有してないですー。『覇王』にも含まれていない貴重なスキルですー。なぜなら、世界で数人しか獲得できないように制限されているスキルですからー〉
世界で数人……?
制限されているスキルについては聞かないでおこう。
いや、もう一つ聞きたい。
瘴気侵蝕は、どういう状態になんだ?
〈簡単に説明すると、まず全身に力を込めることができないですー。次に足から徐々に頭を目指して麻痺が襲ってきますー。頭まで到達すれば”死”ですー〉
おい!?
じゃあ『調合』で薬をつくるしかないな。
一旦テレポートして『調合』を使える者を呼ぶしか……。
〈その必要はないようですよー。私達は”偶然”……そう”偶然”を味方にしていたんですよー。感謝すべき……ですよねー、この出会いにー!〉
ゆっくりと振り返る。
助手は誰とは言っていない。
だけど、そんな気がしたんだ。
振り向いた先には……草陰に身を潜めているマトカリアがいた。




