83 シュトルツ村:クラヴィス―7
幽寂の森、入口付近。
俺は、やる気満々のクラヴィスと案内役だというマトカリアと共に、黄色い霧を纏った人型の魔物を捕獲しにいく。
といっても、主に動くことになるのはクラヴィスだけだと思うが。
しっかし、鬼人は大きいなあ。
その背中は、ものすごく頼りがいがある。
今『ものまね』している人間は、エンタープライズの兵士なんだが、クラヴィスと比べると小さく感じる。
ただ、でかすぎて怖い。
暴力そのものみたいな体つきをしているクラヴィスが、急に目の前に来たらビックリするのは間違いない。
中身はとても優しい紳士なんだけど、第一印象がなあ。
一行は、既に暗い森の中。
空は木々の葉っぱで覆い隠され、ところどころ空いた場所から光が差し込んでいる。
その日光のおかげで、森の様子が肉眼で確認できるが、夜になると真っ暗闇だろうなあ。
マトカリアは、クラヴィスの後ろをピッタリとくっつきながら指で示しながら案内をしている。
と、ここで魔物と出くわす。
〈あれは、モリ・ゴブリンですねー。森という環境に慣れたゴブリンですー。ここの森は比較的強敵が多いため、ゴブリンといえども強い部類に入りますよー〉
助手によると強いってさ。
どうする、クラヴィス。
見えなかった、攻撃が。
ちょっと目を離した瞬間、クラヴィスは右腕を振り下ろしており、ゴブリンはぶっ潰れていた。
右手には大剣が握られている。
魔物との遭遇から『異次元収納』で武器を取り出し、振り下ろしたんだろう。
ただ、その動作が速い。
武器を『異次元収納』で仕舞い、驚くマトカリアを「安心してください」と声をかけて、先へと進んでいく。
クラヴィスが強すぎる。
脳内でシャウトし、時間をかけて自身を落ち着かせた。
奥へ奥へと進んでいけば当然、魔物の数も増え、レベルも上がる。
だが、クラヴィスにかかれば一刀両断。
クラヴィスの大剣をよく見ると、以前見たのとは変わっていた。
両刃は赤黒く、鋭い切れ味を誇っている。
抜群の切れ味と扱う者の力が組み合わさった結果、魔物は形を保つことができず潰され無残な姿になって地面を汚している。
恐ろしいな、鬼人。
こんなクラヴィスを間近で見ているマトカリアは、さぞ恐怖で……。
「よいしょ。うわー、どんどんたまっていく!」
いや、冷静に剥ぎ取ってんじゃないよ。
ぐちゃぐちゃだよ、魔物。
グロすぎるよ、この光景。
クラヴィスが倒した魔物に、マトカリアはナイフを突き立てて剥ぎ取っている。
もちろん使えるところだけだが。
彼女も手早く剥ぎ取っては、腰に付けた道具袋に突っ込んでいく。
ハンターだから慣れているのかしらないけど、お前も十分怖いな。
「ミミゴン様、ここから草木の色が……」
「うん? おおう……」
進んでいく内に、生えている草や木の色が薄くなっている。
色が抜けかかっている草に軽く触れてみると、パサッと音がして折れてしまった。
緑色を保っているはずの草が灰色に染まっていく景色が、不気味さを演出していた。
完全に灰色というわけではないが、異常であることは確かだ。
この森に詳しそうなマトカリアに訊ねる。
「マトカリア、前からこんな感じだったか? それとも、こういう植物なのか?」
「どちらでもないです。こんなに奥まで行ったことはないですけど、ありえない光景だと思います」
「ミミゴン様、あそこで一旦休憩しませんか。そろそろ戦闘準備を整えなければなりません」
クラヴィスが指さした方向には川が流れていた。
魔物がいる様子はなさそうなので俺は同意し、三人は川近くまで向かった。
川は涼しげな水音を奏でながら、下流を目指して流れている。
こんな森の中を流れる川なのに意外と水はきれいだ。
手を器のようにして水をすくい、口にもっていく。
冷たいし、普通に飲めそうだ。
そして、口に流し込む。
口周りを拭いて、味を確かめる。
おー、おいしい!
ちゃんと水の味を調べたのは久しぶりかもしれない。
芸人だった頃、水が健康に良いって聞いて習慣にしていた時、以来か。
マトカリアも流れる水の勢いを利用して手を洗っていながら、川について話してくれた。
「この川、シュトルツ村までつながっていて、皆この水を飲んだり洗濯に使用したりしているんですよ」
「へぇー。生活用水を汲んでるのか」
マトカリアと多少の会話もしながら、体を休める。
休めるといっても、俺は何もしていないが。
このままじゃ、お荷物だ。
ふと、クラヴィスの方を見ると大剣に何か液体を垂らしていた。
「何やってんだ、それ?」
「ああ、これはですね。刃こぼれを防ぎ、切れ味を長持ちさせるアイテムです。『業物モドキ』ていうアイテムで、中の薬液を刃に染みこませるんです」
「そんなアイテムもあるんだな」
小瓶の中身を全て出し、手で塗って広げている。
サラサラとしておらず、どちらかというと粘液に近いようだ。
塗ってしばらくすると、液が刃に染みこんでいき、輝きを放っていた。
赤黒い刃がより狂気じみた色へと変化してしまっているが。
「そういうのって普通に売ってるのか?」
「いえ、こういった戦闘補助アイテムはリライズに行かないと手に入りません。ですが、僕たちの街に来てくれる商人さんが取り扱ってくれているので、そこで購入しているんです」
商人か……そういえばクワトロとは最近、会ってない。
俺が不在の時によく訪れて、メイド達が購入しているな。
お金に関しても、何とかなってる。
ラヴファーストの兵士たちが、近くの魔物を倒したりして、その素材をクワトロに売って資金にしているらしい。
あと、ラヴファーストは高レベルの魔物をどこからか調達してきて、兵士に倒させているそうだ。
兵士のレベルは上がり、高レベルだから素材も高く売れるしで、どうやら資金繰りは全然問題ない。
ただ、兵士が強くなりすぎだ。
力こそ正義という考え方で鍛えているわけではない。
あくまで国を守るため、魔物に対抗するための力だ。
エンタープライズという国は、慎重に動かざる負えないな。
悪い噂が流れないよう、徹底しないと。
「ミミゴン様、マトカリアさん……あれを」
クラヴィスは武器を構え、立ち上がった。
切先を向ける方向には霧……黄色い霧が出ていた。
まだ、こちらにまで霧は出ていないものの確実に何かがあるという雰囲気。
黄色く濁っており、霧というよりは煙といった感じだ。
マトカリアも短剣を胸元に寄せ、周りを警戒している。
助手、近くに敵はいるのか。
〈反応がありますねー。ただ、距離がありますよー。発生源はもっと先ですねー〉
「クラヴィス、あっちの方角だ。注意して進むぞ」
「はい……マトカリアさん、僕たちから離れないでね」
「分かっています……」
幽寂の森に入って、かなりの時間が経っただろう。
ようやく、見つけることができた。
黄色い煙の発生源。
草陰に身を潜め、じっくりと奴を観察する。
見た目は黄色い煙を纏った人みたいだ。
身長は高いが、やせ細っているような印象を受ける。
さっきまでとは違い、近づけば近づくほど足元の煙は濃くなっている。
履いている靴が見えなくなってきているほどだ。
「で、クラヴィス。どう動く?」
「お任せください、ミミゴン様。僕一人が出て、仕留めます。といっても殺さず、このアイテムで捕獲しますが」
クラヴィスが取り出したのは、丸いボールのようなものだ。
野球ボールほどの大きさで、色は白い。
「これを当てると睡眠ガスが噴射すると同時に、ネットが飛び出し敵を捕獲できるアイテムです。これを使うのは敵が弱っている時です。そうしないと、ネットが破られる可能性が高いですからね」
「理解した。よし、クラヴィス……いってこい!」
背中を押し出してやると、クラヴィスは駆け出し、背後から大剣で横一文字に斬り払った。
奴はクラヴィスに気付くことなく、まともに受け、吹っ飛ばされる。
あの吹っ飛び具合からして、大ダメージは確実だ。
だが、真っ二つに斬れることはなかった。
強敵であるのは明白だ。
奴はゆっくりと起き上がり、そして地面を蹴った。
次の瞬間、敵はクラヴィスの真正面に移動しており、腕を振り下ろしていた。
もちろんクラヴィスは反応し、広い刀身でガードして攻撃を受け止めている。
奴を力で押し返し、続いて一回転して刃に威力を加えながら、相手の胴体にめり込ませた。
バットにヒットしたボールのように飛ばされ、大木に激突する。
大木も色素が抜けきっており、勢いを抱きとめきれず、嫌な音を立てながら折れていき、奴はさらに後ろに飛ばされた。
これがクラヴィスの実力。
クラヴィス様と呼ばれるのも頷ける。




