9 王国へ向かう道中
「す、すごい! これが城なのか」
城だ、外国でよく見かける城があった。
外国の城のように、やけにとんがっていたり、窓もついている。
誰が、どう見ても「城」と言うだろう。
アイソトープ、流石だ!
会ったら、褒めないとな。
城の前にポツンと立っていた、ラヴファーストに声をかける。
「ラヴファースト、準備はできているか?」
「準備完了だ、ミミゴン様。いつでも出発できる」
「ありがとう。ところで、アイソトープはどこにいる?」
「今、城の内部をつくっている。あいつなら、一階にいるはずだ」
「分かった。旅は明日からだ、よろしく」
ラヴファーストにも、お礼を言って好感度を上げる。
仕えられる者は、良い奴でないと。
日本や世界の歴史でも反感を買って、支配者を倒すものが現れる。
俺は、良い奴になりたいし反乱者を出すような奴になりたくはない。
何よりも、エルドラに夢を託されているんだ。
失敗するわけにはいかない。
中も注文通り、豪華だ。
絨毯、花瓶、部屋、家具、全てが煌びやか。
この部屋は、どうなってるのかなあ。
「お帰りなさいませ、ミミゴン様。どうかされましたか?」
「おー、まだ家具は少ないが、素晴らしい部屋になりそうだ!」
「ここは、民の部屋となります」
「ありがとう、ありがとう! アイソトープは、すごいな! 美が優れている」
「過分のお褒めをいただき、身にあまる光栄です」
「立派な部屋を頼む。それと明日からラヴファーストと、グレアリングへ出発するので、留守番も頼む!」
「かしこまりました、ミミゴン様」
村から遠くの景色を眺める。
幽かに、王国の城らしき建造物が見えていた。
道中に森林も見える。
「いよいよ、グレアリングだ! 行くぞ、ラヴファースト!」
「気を付けて進むんだ」
「分かってる。それじゃあ、皆。またなー!」
「いってらっしゃい! ミミゴン!」
すっかり村の人に懐かれている。
ケイトが俺を連れてあちこち、行くからだ。
加えて、俺の紹介が熱烈である。
全然知らないのに、機能の説明やら、これ付けたら楽になるとか。
ま、聞いてて楽しいけどな。
四輪ずっと回し続けて、五日。
一睡もしていないし、人間をやめた男も、ただ黙って歩き続けている。
魔物に襲われないかって?
ヒントは、ラヴファーストだ。
……正解は、ラヴファーストの圧倒的すぎるレベルの威圧でした。
五日間、人にも魔物にも会っていない。
つらいし、寂しい。
けど、エルドラさんがちょっとした小話を話してくれる。
昔こういう人がいたとか、昔はこんなだとか、ラヴファーストやアイソトープの話も。
ジョークも交えた話は、芸人のラジオを聴いているようで懐かしかった。
川を渡ったところで、突然エルドラが近くの洞窟に向かってほしいと言い出した。
どうもエルドラの友が封印されていて、俺に解放してほしいとのこと。
俺が解放なんてできるのか。
で、たった今、その洞窟に到着した。
下に続く真っ暗な階段の先には、古びた扉がある。
ラヴファーストは、地上で休んでもらっている。
ドアを開けようとするも、全く開く様子がない。
「エルドラ! 開かない!」
(ドアの前に居続けろ。特殊な魔力を送るぞ)
ややあって、ガチャっと音がして地面を揺らしながら扉が開く。
中には……ん?
「死体?」
狭い空間には、台であぐらをかいて座っている人間がいた。
即身仏とかミイラみたいに肌が乾燥し皺も深く、うっすらとあいている目も白濁している。
そして、毛がいたるところから長く生えている。
腕、足、腹など。
これで生きてるのか?
「おい! 生きてるか! 生きてたら返事してくれ」
「あ……う」
「……返事した。こんな状態で生きてるって言える?」
「うぅ……これでも生きている。水は……あるだろう? さっさとよこせ」
偉そうなじじいだ、という第一印象。
俺の体である宝箱は、ちゃんと箱として使える。
しかも、『異次元収納』というスキルが施された箱だから、たくさん入れることができる。
取り出す際は、箱の背面から人の手を模した金属の手が出てきて、蓋の開いた箱に突っ込む。
おかしな例えだが人間でいうと、手を口に突っ込むようなもんだ。
で、目当ての物を『引き寄せ』が付与されている手で掴む。
望む物を引き寄せることのできるスキルだが、あくまで箱の中のみ。
水が入った水筒を掴み、しわしわの老人に手渡す。
水筒に口を近づけて、のどを動かし、水分を補給する。
その老人は、麦色の素っ裸を長い茶髪で覆い隠す姿だった。
裸といっても、全身から毛が生えているので大事なところは見えない。
ところどころから見える肉付きは悪く弱々しいが、どこか覇気を感じさせる。
中に入っていたたっぷりの水は、老人を生き返させると同時に空っぽになった。
空の水筒をこちらに投げたので、ふたを開けて異次元に吸い込ませる。
ゴミ箱に、丸めた紙を遠くから捨てるような。
ということは、俺をゴミ箱扱いか。
「オルフォードだ。世界の知識を知らぬようだな」
「は?」
「お主に足らぬのは、知識だ。的確で速い判断に、必要な知識がないと言っとるんじゃ。エルドラに生み出されて、この世界を味わった時間は短い。そんな者に、王など任せられるか」
「もっともな意見だ。それで、世界の法則を知れと?」
「それを含めてじゃな。ラヴファーストのところに行くぞ」
そう言うと、棒のような足を動かし、階段をのぼる。
俺も急いで追いかける。
何者なんだ、オルフォードという奴は。
エルドラの友って言葉は、本当のようだ。
だけど人間じゃないんだろ。
エルドラの友なんだから。
地上に帰った時、ラヴファーストともう一人いた。
もう一人は、背中に羽が生えていて空中に浮いている。
白い服を着て、深くフードをかぶり、顔が下半分しか見えない。
厄介ごとか。
ラヴファーストは無表情。
じいさんは、目を細めにんまりと笑っている。
怪しさ満点の奴だな。
「よう、ワシを監視していたエルフよ。まさか封印が解かれると、思っとらんじゃったろう」
「……あなた達は誰よ?」
俺を指さし、正体を訊いてくる。
「お前こそ、誰だよ。エルフ? エルフってなんだ」
〈エルフとはスキルを創造し、世界を静かに見守る使命を持った種族ですー。特徴としては、人間と同じサイズですが、背中に羽を生やして空中を自在に飛べることでしょうかー〉
助手、説明ありがとう。
このエルフっていう種族がスキルを創造しているのか。
「エルフよ、今までの監視ご苦労じゃった。さ、自由になったんじゃ。帰るといい」
「帰れだと? このまま、あなた達を放っておく訳ないでしょ。世界の理から外れた者共よ、今終わらせてやる! 『ランダム召喚』!」
あっという間に、周りを魔物で張り巡らされ、魔物の種類も大きいサイズから小さいサイズまで揃っており、さながら魔物博物館のように思える。
大ピンチ……とは思わなかった。
良い機会だ、ラヴファーストの実力見せてもらうか。
「ラヴファースト! 見せてくれないか、お前のパワーを」
「ふむ、分かった。ミミゴン様に知ってもらわないとな」
空気が変わった。
ラヴファーストからは、こう……電気がバチバチとなりそうな雰囲気を感じる。
唐突に右腕を前に突き出し、手のひらを開いた。
「出てこい『喰命刀』」
地面から、真っ黒な刀が飛び出し開いた手のひらに収まる。
その長剣を軽く振り回し、準備万端のご様子。
「やれ! 魔物共よ! 世界のために、奴らを殺せ!」
あのエルフ、魔物を召喚して操っているのか。
魔物は命令を受け、直ちに攻撃態勢に入った。
ラヴファーストは漆黒の剣で向かってくる魔物を斬り倒す。
しかも、襲い来る魔物に目もくれない。
視線の先に、エルフを捉えて。
魔物の果ては、瞬殺。
更に真っ二つとなった魔物の肉体は、長剣に吸い込まれていき、消えてしまった。
かみつき攻撃……その前に斬り殺し、吸収。
焼き殺そうとする火炎ブレス……させる前に斬り殺し、吸収。
魔法攻撃……放つ前に斬り殺し、吸収。
その巨体に相応しい剛腕で叩き潰そうと振り下ろす……前に斬り殺し、吸収。
ありとあらゆる魔物をエルフは召喚するが、ラヴファーストの長剣で魔物を切り裂く方が速く、ついに追い詰められてしまった。
「『ランダム召喚』、『ランダム召喚』、『ランダム召喚』!」
『無駄なんだよ、エルフちゃん。君の召喚する魔物は、僕の空腹を満たし、成長させるエサになるだけなんだ』
思わず、オルフォードに耳打ちする。
「……なあ。ラヴファーストの剣、喋らなかった?」
「喋るぞ、あいつの『召喚刀』は」
喋る真っ黒な剣を子供のチャンバラごっこのように軽く振り回し、なぎ倒していく。
エルフもこんな状況になっても逃げないのは、すごい精神力だな。
俺だったら逃げてる。
エルフの透き通る羽は、ハの字に斬られ飛ぶことのできない羽となってしまった。
オルフォードが俺に向かって。
「いいか、王よ。お前の周りにいる者をよく見ておけ。一人ひとり、しっかりと特徴を把握し差別なく接しろ。それが上に立つ者に必要な資質じゃ」
「と、言ってもだな。俺には知識が無くて、この状況に追いついていくのに必死なんだ。どうすればいい?」
「追い越せばいいじゃろ」
「適当だな」
そう返すと、高らかに笑いだす。
エルフも観念したようで、ラヴファーストに剣を向けられながら跪いている。
「お前はエルフ。魔物ではない。エルドラ様の命により、お前を殺すことはできない。ただし、『ランダム召喚』という召喚獣ではなく、邪悪な魔物を呼び出すスキルは消滅させるべきだ」
「偉そうに! 強いからって調子に乗んじゃない! これは私のスキルだ! 私が造ったんだ!」
「そうか、理解した。自分では、かわいい我が子を殺せなくて困っているんだな? ならば、俺が消してやる。『スキル消滅』……『強制送還』」
「や、やめろ! 何してんだっ! ……貴様! 覚えていろ! 必ず……」
「さよならだ、エルフの里で休め」
味方ながら恐ろしい奴。
けれども、味方で頼もしい奴。
それが、ラヴファーストか。
一件落着したので残った案件を片付けるか。
その前に。
「ラヴファースト、お疲れ。ほら、ケイトがサンドイッチ作ってくれたんだ。一緒に食べよう」
『異次元収納』から、サンドイッチが入った箱を取り出し、ラヴファーストと分ける。
じいさんが横から一つ奪い取ってきたが無視する。
そんなことより、質問したいことがある。
「じいさん、何者だ?」
「エルドラの、しがない友じゃ。昔は、あいつのために世界各地の情報を集めることをしていた。エルドラはワシが人だった頃、助けてもらった恩人じゃ」
(懐かしいな、オルフォードよ)
エルドラが『念話』で会話に参加してきた。
「人だった頃とは?」
「エルフが言っておったじゃろ。『世界の理から外れた者』と。ワシは、もともと人じゃ。じゃが、いつからか道を踏み外し……人ではなくなった。種族、それぞれに使命があることを知っているか。人間は世界を発展させる。竜人は魔物と戦い。ドワーフは、他種族の目的達成のために技術を使うこと。エルフは、魔物を倒すためのシステム、つまりスキルや称号を創造する。魔人は、世界を守ること。これが神に生み出されし生物の使命じゃ」
人間、竜人、ドワーフ、エルフ、魔人。
世界には、主に五つの種族がいる。
それぞれの種族に、それぞれの使命がある。
「じゃが、今では争いだらけじゃ。種族の使命を見失って、人間は竜人と『一番』を争い、エルフは世界の管理者にでもなろうとし、数少ない魔人に至っては世界を滅ぼそうとしている。唯一、ドワーフだけは使命をこなしておるがな。ま、ワシも使命どころか、かつては世界を滅ぼそうとしていたんじゃから、エルフに監視され、封印されたわけじゃ。どうじゃ、王よ。頭に入ったか」
「知識になった。オルフォードだっけ? これからどうする?」
「ワシは、王の黒衣役にでもなろうかの。さて、城の方に帰るとしよう。これから、アイソトープが懸命に造っている城を我が家とするから、よろしくのう」
「歩いて帰れるのか、じじい」
「じじいと言うでない。老人には尊敬の念を持って接するのが常識じゃ。歩いて帰れるわい」
オルフォードは、全身の毛をゆっさゆっさ揺らしながらトコトコ歩いていった。
大丈夫か、オルフォード?
(オルフォードなら、我が見守っておく。ミミゴンは、グレアリング王国へ心置きなく向かうと良い)
「頼むぞ、エルドラ」
(あと、グレアリングだけの話ではないが、ミミゴンの正体は隠した方がよいだろう)
「ああ、適当な人間に化けて進入するさ」
(それだけではダメだ。お前の持つスキルが、ばれることが不味いのだ)
種族にはもう一つ、取れるスキルと取れないスキルがあるという違いがある。
人間だけが取れるスキル、竜人だけが取れるスキルなど。
俺が人間に化けて、『見破る』などでスキルを見られると、明らかに人間が取れないスキルや魔物のスキルを持っていたら、おかしいに決まっている。
人間が『機械』なんてスキル持っていたら、奇怪だろ。
サイボーグとか人造人間なら分かるが。
というわけで、スキルを隠蔽する方法を助手に教えてもらう。
〈そうですねー、これを機に御主人様を改造しましょーう!〉
ラヴファーストの究極スキル『召喚刀』には、様々な種類がございます。
『喰命刀』は、その内の一本です。