82 シュトルツ村:マトカリア―6
解決屋の建物に入ったマトカリアは、いの一番に受付を目指す。
昼過ぎは少々、人が多くなる。
それでも他の地域と比べて少ないが。
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そう書かれた案内板がある受付を見つけた。
「あ、あそこだ」
マトカリアが初めて利用する情報に関する受付へ向かい、森での出来事を報告しようと担当の女性に話しかける。
「あの!」
「こんにちは。情報の入手ですか、共有ですか?」
「たぶん、共有かな」
そう言うと受付の女性は、録音機能と音声認識による文字起こしを行うタブレット端末を取り出した。
マトカリアは、取り出されたタブレット端末について初めて目にし、興味津々な目で見つめていたが、女性の「はい、お願いします」という声で慌てて話す。
「えーと、実は幽寂の森で黄色い霧を纏った人がいて……たぶん魔物だと思うんですけど」
「黄色い霧……ですか?」
「はい! そうです!」
「君! もしかして、森での事か」
マトカリアの後ろから声が聞こえ、それは明らかに尋ねる言葉だ。
振り返るマトカリアの正面に立っていたのは、クラヴィスとインドラの二人だった。
クラヴィスがもう一度、今度はゆっくりとした声で質問する。
「今日、万能薬を受け取った子だよね。君は幽寂の森で奴を見たのか?」
「その黄色い霧みたいなのを纏っていて、人型で……素早いんです!」
それを聞いて確信したクラヴィスとインドラはお互いに頷きあう。
「黄色い霧……とにかく対処を急いだほうがいいですね! インドラさんは、ここに残っていてください。僕が捕獲に向かいましょう」
「しかし、クラヴィスさん。あなたの力量を疑うわけではありませんが、ここは協力しましょう。それに、あの森は迷いやすい構造になっています。案内役は任せてください」
「大変ありがたいのですが、インドラさんはここの上級監察官として村を守る役目があります。案内役は……そこの君に任せたいのですが」
「えっ、私……ですか?」
クラヴィスはマトカリアをじっと見つめ、軽く頭を下げる。
マトカリアは、あわあわと口を動かしながら、顔を隠すように手をもってくるも震えている。
「君が、この村でただ一人のハンターだよね。見た目がハンターっぽいから、すぐわかったよ。名前は何というんですか?」
「マ、マトカリアです! で、でも弱いですよ! 狩猟の経験なんて全然ないし、ハンターになったのも最近だし!」
「でも、マトカリアさんは生還した。今まで調査に向かったハンターの中で、無事に帰ってきたのはインドラさんと君だけなんだ。そして奴を見たんでしょう。弱いということもなさそうだ。マトカリアさんの道具袋には魔物の素材が大量に入っているし……それに、とても素早い奴から逃げ切ったのだろう。とても弱いとは思えませんが」
「えーと、それはその……」
――ゼゼヒヒがいたから!
喋る猫が憑依していたから逃げきれたんだ、と伝えたかったマトカリアだったが、とても信じられる内容ではない。
マトカリアは必死にジェスチャーしようと円を描くように手を動かしていたが、クラヴィスから見ると自信がなくて困っている様子に見て取られた。
「自信をもってください、マトカリアさん! 君のことは、ちゃんとお守りいたします! 一切、怪我を負わせません。案内だけでいいんです。それだけで構いません!」
「案内だけ……ですか?」
「はい、戦う必要はありません! お願いします!」
解決屋のハンター達にとって英雄のような存在。
そんなクラヴィスから必死に頼まれれば、断ることなどできない。
それにマトカリアにとって不安の要素であった戦いに関しては、クラヴィスが全てを担当するという。
あのクラヴィスに関わることができる。
そう思うと、自然に了解することができた。
「分かりました! 私でよければ、お手伝いさせてください! クラヴィス様!」
「本当ですか! よろしくお願いします、マトカリアさん。あと、僕に”様”はいりませんよ。普通に接してくださって構いません」
「でも、Aランクハンターなんですよ! 様、と呼ばせてください!」
「あはは、そこまで言われると困るなぁ。好きに呼んでくれて構わないよ」
「はい! クラヴィス様!」
二人が納得したのを見たインドラは素直に引き下がり、クラヴィスと握手をする。
「よろしくお願いします。お気を付けください、クラヴィスさん」
「必ず戻ってきます。獲物も持ち帰ってね」
クラヴィスとマトカリアは見送られながら、外に出る。
村の入り口まで行くと、赤髪の若い男が頭を掻きながら待っていた。
クラヴィスが彼を指して紹介をする。
「エンタープライズの国王、ミミゴン様だよ。一応、僕の助手ってことになってるのだけどね」
「よろしく、ミミゴンだ。お前は、マトカリアだな。さっき、名前を聞いていた」
「よ、よろしくお願いします」
マトカリアは丁寧に頭を下げ、ミミゴンを受け入れる。
クラヴィスは彼女の耳に口を近づけながら、静かに話す。
「あのね、ミミゴン様が国王ってことは内緒にしてくれるかな」
「内緒、ですか」
「マトカリアさんとは仲良くしたいからね。お互い信じあうことが大切だから。……このことは秘密にね」
クラヴィスは口に人差し指を当て「お願いします」と言ってから、暇そうにしているミミゴンと話しにいった。
なんでだろうと首をかしげながらも、マトカリアは何とか状況を飲み込んだ。
「それで、ミミゴン様。見つかったのですか?」
「いやー、見つからなかった。確かに、ここにいると聞いたんだけどな。とにかく、幽寂の森に行くか!」
「はい、行きましょう! マトカリアさんも!」
「あっ、はい!」
最強のハンター、クラヴィスに届いた本部長ハウトレットからの依頼。
それは、幽寂の森に得体の知れない何かがいるという、インドラ上級監察官からの捕獲依頼だった。
ハンターのクラヴィスに加えて、案内役のマトカリア、クラヴィスの仕事が見たいという理由で付いてくるミミゴンの三人は、シュトルツ村から幽寂の森へと進んでいく。
そして、その後ろを白い猫がコッソリと静かに尾行していた。




