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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第四章 エンタープライズ躍動編
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77 シュトルツ村:マトカリア―1

「薬草18個……はい、900エンね」

「いつもありがとうございます、お姉さん。では!」



 解決屋の受付にて、彼女は900エンの硬貨を受け取る。

 手には銀貨数枚がのっていた。

 それらを丁寧に小さな巾着袋に入れて、紐で縛る。

 口はしっかりと締まったのを確認し、外に出た。



「900エン……かあ。もっと稼がないと!」



 シュトルツ村の真ん中に建てられた解決屋。

 晴れ晴れとした空の下で、彼女――マルミナ・マトカリアが目標を再確認する。

 村は野菜を育てる畑が目立ち、半分が畑となっている。

 もう半分は、まとまって家が立ち並んでいる。

 ちょうど間には森から流れてくる川があり、村人は川の水を生活に役立てていた。

 マトカリアは腰に短剣と巾着袋をぶら下げ、自分の住む家に歩いていく。

 短い茶髪、細い身体の彼女は日夜、比較的倒しやすい魔物の狩猟、素材の採取を行って生計を立てている。

 道中で、大きな荷物を背負った行商人と会った彼女は近寄っていった。



「あの……まだ万能薬は残っていますか!」

「マトカリアちゃんか。ああ、ほら」



 行商人がつまんでいるのは紙に包まれた粉末状の薬。

 万能薬といって、『薬師』のスキルを持つドワーフによって調合されたあらゆる病気、状態異常に効く粉薬だ。

 取り出した薬を胸ポケットにしまった行商人は、怒り口調で話す。



「あのねぇ、いつになったら万能薬買ってくれるのかな? 何日も前から買うっていってるよね」

「ええと、後でお金払うので……それを先に」

「ダメだね! この薬の価値を知っているだろう。買わないなら、次の村に行くからね。忙しいんだよ、こっちも」

「……すみません」



 マトカリアは巾着袋を握りしめて、家に走っていった。

 手を激しく振って、目には涙を浮かべる。

 このままじゃ……このままじゃ……

 家に付いた木の扉を開け、腕で涙を拭う。



「帰ってきたの……? マトカリア?」



 中は狭く、玄関の先はベットとテーブルだけだ。

 ベットには、マトカリアの母親が横向きに寝ていた。

 母親は目を覚まし、娘が帰ってきたと思い、声をかけたのだが返事がない。

 ただ、むせび泣く彼女がいた。



「お母さん……万能薬が」

「大丈夫よ、マトカリア。万能薬なんていらないの。あなたがいれば、それで幸せなのよ」

「でも、病気が!」

「……だんだん、目も見えなくなってきたわ。手足も痺れる。だけど、それだけよ。一番辛いのはね……あなたがいると感じられないことなのよ。だから、私の元に来て」



 呼ばれたマトカリアは母親の元に行き、その弱っていく体を抱きしめる。

 また涙があふれた。

 布団を濡らし、抱きつくように泣きつくマトカリアに、母親はそっと頭を撫でる。



「お母さん! 絶対、助けるからね!」

「たとえ万能薬を買ったとしても、治るのか分からないわ。それなら、稼いだお金はあなたに使いなさい」



 母親は正体不明の病に侵されていた。

 いや、母親だけではなく村に住む高齢者のほとんどが、この病気にかかっていた。

 村に住まう医者もお手上げ状態で、対処方法が分からない。

 症状が現れると足が痺れ、徐々に上に向かって麻痺が広がっていく。

 母親の言葉を受け止めきれなかったマトカリアは立ち上がり。



「私、まだこなしていない依頼が残っているの。行ってくるね」



 より一層、暗い顔をした母親を背に彼女は外に出ていった。

 この村で元気にはしゃいでいるのは子供だけとなっている。

 大人の多くは畑仕事に熱中し、汗を流していた。

 この村でハンターとして活動しているのは、マトカリアだけだ。

 さすがに一人だけでは周辺の魔物には立ち向かえないので、派遣されたハンターもいる。

 今日も魔物を狩りに出発する。







 魔物を討伐する前に、マトカリアがいつも行っているのが。



「おじさん! いつもの魚!」

「はいよ! 釣ったばかりの魚だ!」

「ありがとう!」



 いつもの魚屋で買った魚を片手に持って、ある場所に向かう。

 向かった先は解決屋がある建物の後ろだ。

 他の解決屋と比べて、小さい建物の裏側に歩いていくマトカリア。



「持ってきたよ! 大好物の魚!」



 その叫び声に反応して、生い茂った草から飛び出してきたのは。



「ヌャ」

「はーい、猫ちゃん。今日もかわいいねー!」



 現れた猫は低い声を出し、毛色は灰色だ。

 地面に置いた魚に、むしゃむしゃとかぶりついている。

 あっという間に骨が見え始め、肉の部分がなくなっていく。



「また猫ちゃんに、魚もってくるからね!」

「ヌャー」



 表情に変化はない。

 それでもマトカリアは嬉しそうに村の外を目指した。

 いつも狩猟に出る前、同じことを必ずする。

 気が付いたら、この村に住みついている猫に魚を与える。

 いつもと変わらない。

 だが今日は、彼女の跡をつける猫の姿があった。







「『潜伏』『警戒』『視野拡大』」



 マトカリアは自身を強化させるスキルを発動させる。

 『潜伏』で自身を見えにくくさせ、『警戒』で周辺にいる魔物の気配を感じ、『視野拡大』で周りを見やすくする。

 基本の戦術はこっそりと忍び寄って、先手必勝。

 右手に短剣を握り、草原の上に腹ばいになる。

 『視野拡大』により、あまり目を動かさなくても辺りを見渡すことができる。

 解決屋に納品依頼されたのは『ハングリーウルフ』の皮と爪。

 シュトルツ村から外は【トラヒメナ草原】になっており、世界地図で見るとグレアリング国から北に位置しており、ミトドリア大平原に接している。

 トラヒメナ草原に生息する魔物のレベルは他の場所と比べて、レベルが高い。

 なので、初心者ハンターのマトカリアは平均レベル8のハングリーウルフしか倒せない。



「いた! ハングリーウルフだ!」



 手と足を器用に動かし、草原を這う。

 慎重に。

 群れからはぐれ、一匹で食べ物を探している白黒の狼。

 開いた口から二本の犬歯が覗き、唾液がゆっくりと流れ地面に吸い込まれる。

 奴が歩きを止めた瞬間、マトカリアは一気に立ち上がり、短剣を逆さに持ち直して胴体目がけて刃を突き立てた。

 ハングリーウルフの背中に乗り、突き刺した短剣を抜いては刺し、抜いては刺し。

 暴れる狼は体にできる傷の数に比例し、弱っていく。

 やがて暴れるほどの力を失い、命も失った。



「はぁはぁ……あと二体」



 死と隣り合わせの状況を乗り切り、マトカリアは手早く剥ぎ取るためのナイフを取り出し、爪と皮を剥ぎ取っていく。

 腰にぶら下げている道具袋に詰め込み、次のハングリーウルフを狙う。

 立ち上がろうと脚を伸ばしたのだが、そのとき背中に大きな衝撃を感じた。

 あまりにも唐突だったので、脚に力が入らず踏ん張ることができない。

 前に身体がもっていかれ、草原を転がっていく。

 回転を終えて、何が起こったのか状況を確認する。



「ハングリーウルフが三体!? それに絶食狼まで!?」



 背中の痛みが訴えてくるのを気力で我慢しながら、立ち上がる。

 正面に、二体のハングリーウルフ。

 間に挟まれるようにして、絶食狼が四本足でしっかりと地面を踏みしめている。

 いつでも襲いかかれる姿勢だ。

 絶食狼はハングリーウルフの進化形で、腕部の筋肉が隆起しており赤黒くなっている。

 さっきぶつかってきたのは、ハングリーウルフみたいだけど……絶食狼が襲ってきたら。

 マトカリアは頼りない短剣の刃を見せつけるように敵に向けるが、一歩も退くことはない。

 走っても追い付かれる。

 戦っても負ける。

 どうすればいいの!

 マトカリアは愛する母親を思い浮かべ、逃走することを決意する。

 逃げて襲ってきたら反撃するだけ。

 踵を返し、走り出そうと脚に力を込めた。

 直後、絶食狼が牙を露出させ、その身を捕食しようと突進してきた。



 短剣を振り回しても無駄な抵抗だと考える。

 彼女に残された選択は”祈る”こと。

 死ぬのなら楽に死ねるようにという意味と……もう一つは。



「――ぐぎゃん!」



 目を瞑っていて何が起こったのか目撃することはできなかったが、絶食狼が吹き飛ばされたことだけが分かる。

 遠くに転がっていく音……何かが草原に降り立った音。

 マトカリアは目を開ける。



「……!?」

「お前を助けたわけではない。魔物を吹っ飛ばすためでもない。吾輩は『助ける』ということを知りたいのだ」



 灰色の体毛、小柄な体型、口や目のあたりは長い髭。

 いつも、マトカリアが魚を与えている猫がいた。



「吾輩は神聖な生き物だ。拝見できたこと……光栄に思うがいい!」

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