75 撃滅の戦鬼―復興
「…………」
この沈黙にはどんな意味が含まれているか。
今いる場所は去年、大地震で乱暴に引っ掻き回された村があった場所だ。
さて、何があったかを答える前に。
今から約三時間ほど前に、一度エンタープライズ城へ戻っている。
グレアリング領に詳しいという、シアグリースとトウハを護衛につけるという条件付きで、被災地に向かったクラヴィスたちに会いに行くということで国民を納得させた。
俺たち三人は、グレアリング王国に『テレポート』して、そこから馬に乗って被災地である村に行くこととなる。
道中、シアグリースは去年の大地震について教えてくれた。
この青年がまだ村人だった頃のある日、グレアリング領全体を襲った巨大地震があったらしい。
解決屋とグレアリング王国が協力し、被害の具合を調べてみると、震源地は北にある大きく抉られた跡がある場所だそうだ。
今向かっている村より更に北の方角で、かなり遠くにあるそうだ。
世界地図を見てみると、テルブル魔城領に近い。
恐らく、テルブル魔城も何かしらの被害を受けているだろうとの考えだったが、今も昔も無言だそうだ。
自分たちの国の問題は自分たちで片付けるが、テルブル魔城らしいから問題はないらしい。
「実は他にも気になる噂を聞いたんです」
「シアグリース、それは何だ?」
「はい……地震以降、魔物の数が急増し始めたらしいのです。といっても、一時的なもので、すぐに元の数に戻ったそうですが」
「……魔物の急増か。そういえば、ミトドリア平原にいる魔物も増加していたな」
「それとこれとは違うんじゃないか」
トウハは問題視することなく、気楽に言い放つ。
違ったとしても、何かしらの原因があるから増えるんだろう。
魔物といっても、雌雄の区別があって、生殖機能もある。
弱肉強食の世界であるが、もし強者がいなくなったら。
当然、数は激変するだろう。
何かしらの理由があっての急増だ。
その理由が……過言かもしれないが、世界の崩壊に繋がる理由だとしたら。
シアグリースも俺と同様に、考え込み。
「大きく抉られた跡。そこで交戦があり、強力なスキルでつくられたものだとしたら……自然ではなく人為的に、ということになりますが」
「シアグリース、無駄に賢い頭を使うな。それは地震とは関係ないんだよ。もっと昔からあったんじゃねぇのか、たぶん。だっても誰も、そんな奥地まで行ったことがないんだろ。ということで、この話は終わり! ほら、見てみろ。トウハが話についていけず、混乱してるのがわかるだろう」
「も、申し訳ございませんでした! ミミゴン様! 以後、トウハでもついていけるよう、簡単な言葉で解説できたらと思います!」
馬が揺れる度に、トウハはグワングワン傾いている。
その様子に、脳の辺りからプスプスと壊れた音が聞こえてきそうだ。
冒頭部分に戻るとしよう。
シアグリースの案内で進み続け、丘の上にいたが下の方に何かが見えてきた。
そう、ハッキリと見えたその光景に俺は驚いているんだ。
レンガや木材で造られた家や、宿屋などの建物が立ち並んでいる。
サラッと文章で表したが、いや待てと。
被災地だったんだよ、この前まで。
人が暮らす家は倒壊し、復興しようとリライズからドワーフを派遣したが働かず。
もちろん、クラヴィスなどエンタープライズから優秀な者を派遣させた。
グレアリング王国から三時間ほど歩いた場所に位置する、この村は人で溢れていた。
それが俺の目を更に大きく見開かせる。
護衛の二人は対して驚かず「当然でしょ」みたいな目で見ていたが、ちょっとは驚いているみたいだ。
「人がいる……それに建物の数。ちょっと、村とは言えないんじゃないか。街だよな、立派な」
「確かにそうだな。よし、兄者にでも聞こうか!」
トウハを先頭にし、後ろからシアグリースと俺が続いた。
乗ってきた馬はシアグリースに任せて、俺とトウハは先に街中を歩くことにした。
シアグリースは馬を管理する店に向かい、グレアリングに返してもらうよう依頼しに行った。
ということで後から合流するわけだが、さてクラヴィスはどこにいるんだ。
街中は、多種多様な武器を背負った人の姿が多かった。
誰に聞こうか迷っていたところ、トウハが既に宿屋のお姉さんに質問していた。
「ありがとな! ミミゴン様、あの建物だそうだ!」
トウハの人差し指は、家や店などの家屋より大きく木造でできていた建物を指していた。
あの建物……もしかして。
予想通り、建物が掲げていた看板には【解決屋ハウトレット】と大きく文字がある。
中に入る前に『念話』で、シアグリースと待ち合わせて、三人で入ることにした。
屋内に入り、シアグリースが率先してクラヴィスの居場所を、受付まで聞きに行ってくれた。
トウハと俺は、空いていた丸テーブルとセットで置いてある椅子に腰を下ろす。
ここにいるハンターの数は、グレアリングと比べて、それほど混雑はしていないが、騒がしいことは事実だ。
壁に設置してある大きなボード板に人が集まり、そこに張り付けられた大量の紙に夢中のようだ。
紙に書かれた内容を見てみると。
[パーティメンバーの募集] 私達"ファルコン"は現在『ガンナー』のスキルを持つハンターを募集しています。パーティメンバーは『剣士』『魔法使い』『ヒーラー』のスキルを持つ三人です。よろしくお願いします。宿屋フィオレで宿泊しています。
などの、ほとんどの紙にはパーティメンバーを募集する内容が書かれていた。
なるほど、あそこで仲間を募集するわけか。
中には、しっかりと仲間の名前からスキルまで書いている者もいる。
色々と眺めているうちに、シアグリースが戻ってきて。
「ミミゴン様。どうやら現在、クラヴィスさんはいないようです。狩りに出かけていられるようで」
「そうか。それにしても、クラヴィスの名を知っているということは有名人なのか」
「そうみたいですよ。だって、ここの……」
シアグリースが言い切らず、突然背後に振り返った。
トウハも何か感じるのか、背後にあった出入り口を見つめる。
そこで気付いたのだが、先ほどまで騒がしかった解決屋は、やけに静かになっていた。
他のハンター達も、出入り口の方を見ている。
やがて、そこに現れたのは。
「……無事、討伐に成功しました」
身に着けている真っ赤なマントは風に吹かれ、ゆらめいている。
頭部には、小さい角が二本。
その長身と逞しい体つきからは、他を圧倒するかのようなオーラを醸していた。
その姿を認識したハンターの一人が、こう呟いた。
「あれがAランクハンターの……"撃滅の戦鬼"クラヴィスか!?」
その呟きが、他の者の口を開かせた。
「何もなかったここを街にまで発展させたハンター……か」
「本物のAランクハンターだ!」
口々に聞こえてくる彼に関する称賛の言葉。
俺らは三人は驚きを通り越して、最初から分かってたかのように半笑いだった。
たぶん、そうなってるよな。
クラヴィスの後ろを、同じようなマントに身を包んだ四人がついていく。
どうせ、彼らもこの街の英雄に等しい存在だろう。
すぐにその予言は当たり、彼らについても他のハンターが話題にする。
「クラヴィス様をリーダーとするパーティー『百鬼夜行』だわ! 時々、出現する高レベルの魔物を専門に討伐する解決屋で、最強クラスのハンター集団よ!」
何も知らない俺のために、全部説明してくれた。
ありがたいハンターさんだ。
いやいや、クラヴィスの評価がなんかヤバい。
我慢できなくなって、弟のトウハに確かめさせる。
「おい、あれ本当にクラヴィスか?」
「ああ、間違いないぜ。昔から知ってる声に、においだ。本物の兄さんだ」
「ミ、ミミゴン様……クラヴィス様と直接お話になった方が早いのでは」
シアグリースの提案に頷いた俺は、クラヴィスに近づいていく。
二人も、ひしめくハンターの隙間を縫うように歩いていく。
受付で依頼達成の報告をしているクラヴィスの腕を捕まえ、顔を振り向かせる。
よう、と声を出そうとした時、背後から殺気と共に首筋に刃を当てられた。
後ろを振り返らずとも理解できる。
クラヴィス率いるパーティに属する四人の仲間だ。
一人が刀を突きつけ、残りの三人が銃、短剣、杖を後方から狙っているようだが、その前にはトウハが飛び出した。
「てめぇら……ミミゴン様に、なにしようとしてんだ?」
トウハは『異次元収納』から大斧を取り出し、刃を突き出す。
静けさが空間を支配し、誰もが固唾を呑む状況だ。
一瞬の沈黙を破ったのは、クラヴィスの命令だった。
「皆さん、武器を下ろしてください。大丈夫です、彼らは僕の客です」
発せられた言葉に誰も反対することなく、武器を下ろしたようだ。
トウハもやがて安全になったと考え、武器は戻した。
俺は掴んでいた腕を離し、クラヴィスと向かいあう。
「久しぶりだな、クラヴィス! なんか、よくわかんないけど」
「ミミゴン様、申し訳ございません! 部下のしつけがなっておらず!」
「ああ、気にするな。それより、大声で注目を集めないでくれ」
「すみません。ここでは目立ってしまいますから、僕の部屋で」
クラヴィスは忠実な部下たちに自由行動を命じ、四人はどこかに去っていく。
俺はトウハ、シアグリースを外で待機させ、二人で話すことにした。
階段を上がり、一番奥の部屋が彼の部屋であるらしく、そこには【上級監察官室】と書かれていた。
大層な名の付いた部屋に入ったってことは。
「さあ、どうぞ。ミミゴン様、お飲み物でも頼みましょうか?」
「そんなに気を配らなくていいから」
ハウトレットの部屋と同じように、奥に大きな机が備え付けており、中央には四角いテーブルと二つソファが並んでいる。
座り心地の良いソファに、身を投げ出すかのように腰を下ろした俺は、礼儀正しく座ったクラヴィスと正対した。
「クラヴィス、質問させてもらうぞ。お前は被災地に派遣された。そうだな?」
俺の問いに、クラヴィスは「はい」と肯定し、語り始めてくれた。




