傭兵派遣会社―反省
部屋の中央に黒い玉座があり、足を組んで座っているのは全ての傭兵派遣会社を取り締まる「ラオメイディア」だ。
正面には跪く三人がおり、左からオークのアスファルス、魔女のナルシス・ズーム、ドワーフで主に情報を取り扱うオベディエンス。
三人は敬意を表して跪いているだけでなく、あまりの失態からラオメイディアの顔を見ないようにする意味もあり、ひたすら顔を下げていた。
汗は噴き出し続け、顔を伝い、床にピトピトと落ちて、水たまりのようにできている。
『VBV』社長のラオメイディアは笑顔を浮かべたまま、ようやく口を開けた。
「君たちを呼んだのは、今回の……」
オベディエンスが、叱責するであろうラオメイディアに口を挟んで、謝罪の言葉を入れる。
「申し訳ございませんでした! 我々、力及ばず任務を失敗してしまいました! どのような処分も甘んじて受け入れます!」
「難しい言葉で謝らなくていいし、怒ってもいないよ。だから、顔を上げて僕の顔を見てくれよ」
その言葉で三人がおずおずと顔を上げ、目線をラオメイディアに合わせる。
ラオメイディアが楽しそうに話し始めた。
「いやー、エンタープライズ強かったねー。グレアリングの依頼で傭兵を派遣したときの報告書、あれ混乱のスキルでもかけられたのかと思っていたけども。まさか、本当に……ううん、それ以上! だったね」
手を叩いて、笑い続けている。
その様子に、三人は安堵したが笑えはしなかった。
楽観主義者のラオメイディアは落ち着いて、片手に半分ほどワインが注がれたグラスを揺らしながら。
「君たち……最初に会った時、なんて言ったのか、今でも憶えているかな」
「もちろんでございます! 成功しても……失敗しても笑っていればいいんだよ、と温かいお言葉を」
オベディエンスがあのときを思い出しながら、そう口にする。
三人は出会ったときを思い出して、よりラオメイディアへの感謝を示すため頭をさらに下げる。
うんうん、と頷きながら社長は声を発する。
「楽観主義は良いことなんだよ。だから、僕はいつも笑っている。例えば、このグラスに入っているワイン。これを見て”まだ”半分もあると思う人が楽観主義者なんだよね。そして……」
言葉を止め、ワインを逆さに傾ける。
重力に逆らうことなく中に入っていた赤い液体は、床に敷いてある絨毯に吸い込まれ、染みができてしまった。
それでも笑うラオメイディアは話を続けた。
「中身が無くなっても”まだ”あると思う者が……『強者』であり『無敵』でもあるのだよ!」
語尾を強め、言い放った。
そして側に置いてあったワインボトルで、グラスに再び注ぐ。
「ほら、”まだ”あるだろう。そうだ、お前たちは死んでいない。”まだ”生きているんだ! 再び挑戦することができる! 暗い顔をしないでね。楽観主義者は、ノー天気というわけではない。最後まで挑戦し続ける者のことを言うのだよ。そして勝利すればいい。それだけなんだよ」
「あの……処分のほうは」
「処分だって? なんで罰を与えなきゃいけないんだよ。任務、失敗しただけじゃないか」
だからですよ、と三人は思ったが決して口にはしなかった。
社長が、そう言うのだから従うほかない。
「罰よりも褒めることだと思うんだ。君たち、よく生き残れたね。あんな超人たちから。すごい、素晴らしい! 自分を責めなくていいからね。いいかい? 自分を責めないで、自分を愛してね。今、生きていることに感謝するといいよ。『自分に甘く、他人にはもっと甘く』がモットーの僕は、罰を決して与えない。だから、君たちは挑戦する気力を保つことができるんだ。失敗したときの罰が怖いと思うと、冷静でいられない。そして失敗に繋がるんだ、それが」
「じゃあ、私達に罰はないということですか!」
と、オベディエンスが言う。
「それはダメです、ラオメイディア様!」
「このアスファルス、罰がなければ前を向くことができません!」
ナルシスもアスファルスも続けて、意見する。
「え、えー……」
三人が強く主張することに、社長は困惑していたが、ため息をついて、人差し指で三人を確認するように動かし。
「よし、分かった! じゃあ仕事を与えることとしよう。君たち三人は……レベルを上げること。以上!」
「それが……罰、ですか」
「罰では無いけど、これでも不満か。そこまで言うのなら仕方がない。秘書!」
扉がバンッと勢いよく開かれ、入ってきたのは黒いスーツをきっちりと身に着けた女性秘書だった。
「なんでしょうか、社長」
「この三人を例の実験台として使ってやれ」
「わかりました。では、いきましょう」
秘書は冷徹な反応を示したあと、すぐに部屋から退出していく。
三人は何のことか分からなかったが、不思議と恐怖はなかった。
あったのは、次こそラオメイディア様の力になる、という忠誠心のみが彼らを突き動かしていた。
三人が秘書についていく後ろ姿を見て、ラオメイディアは声をかける。
「君たちなら、きっと戦場に帰ってこれる。僕は信じているからね。大丈夫、君たちには僕が付いているから! 僕も……頑張るからね」
扉が閉まる。
三人は涙をこらえ、怪しげな雰囲気の中、秘書の後を追っていった。
力強く地を踏みしめて、目はしっかりと正面を見て、表情は笑顔を浮かべ。
社長の期待を背負って進み続けるんだ!
三人は憎い世界を変える心意気で実験台となった。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫なんだ。あの子らは、もう孤独じゃない。僕がいる。力がある。そうだ、僕の方こそ暗い顔をしているじゃないか。せんせい……僕は、あなたの意志を背負って進んでいるんです。あなたが笑顔を教えてくれたから……一歩ずつでも歩いていけるんです。必ず……この世界に、あなたがいたという証拠、存在を残す。僕は……あなたです」
最上階にある社長の部屋。
この部屋から見える大きな窓からは、兵器や武器が大量に揃え整えている倉庫や、ヘリポートもあり、訓練所も見える。
リライズ領の南方に位置する傭兵派遣会社『VBV』。
ここらは昔砂漠だったが、数十年でここまで会社が育った。
窓ガラスから見える星々とさっきまでいた三人が、彼の奥底に眠る記憶を目覚めさせていた。
歌が上手い少女と、戦うことが好きな男子と一緒に過ごした幼少期。
そして……注射。
腕に何回も、注射され。
注射された子供は、絶叫を発して……死に至る。
”先生”が死に、泣き叫びながらも最後は笑顔を浮かべた幼少期。
あの頃の思い出が沸々と蘇り、同時に動悸が激しくなる。
呼吸も乱れ、吸っても吸っても肺が満足しない。
それでも笑っていた。
握りこぶしをつくり、血管は浮き上がり、目が血走っても、なお笑っている。
僕はラオメイディア。
楽観主義者の僕に「諦める」なんて言葉はない。
今は笑っているけれども、それは挑戦するために必要な気力を保っているだけなんだ。
いずれ、必ず……勝利する。
歴史に僕がいたことを証明してみせる。
そのためには、まず……『敵』を知らないと。




