72 名無しの家:ミミゴン―23
エンタープライズの名を出して、リライズ内の騒ぎを治めるということか。
確かに嘘ではなく真実。
だからこそ、この問題はすぐに決着し、数日で忘れられる普通の日常になりうるのだろう。
だけど短期間とはいえ、マスコミがここを嗅ぎまわるというのはしばらく遠慮願いたいのだ。
疲れて帰ってきているのに押し寄せてくるとなると、休む暇がない。
王様の俺がなんとか一人で対応するべきだろうが、できるだろうか。
国民には休みを与えたいと思っている。
給料でも与えて、どこかに旅行に行ってもらっても構わないし、ゆっくりと骨休めしてもらっても構わない。
今は休息させる時期なのだ。
それに俺を超えるような存在が襲ってくる可能性もある。
油断していられない。
そういう理由で断りたいと考えているのだが。
「正直なところ、名を出すのは控えてほしい」
「ありがとう。エンタープライズの責任として国民に伝えるわ」
「聞いてた? 人の話」
「まあ、この件に関しては私達が曖昧に葬るから。首を洗って待ってなさい」
「斬首される覚悟でもしろってか」
「冗談よ。じゃあ、またね」
冗談には聴こえない、ブラックホールなジョークだな。
女王は立ち上がって、乗ってきた車に戻る。
車の前で振り返り、こそっと話しかけてきた。
「まだ権利を与えていないのに、車を走らせるとはね」
兵士たちが名無しの家に赴く際に使ったトラック。
使用許可をまだもらっていないのに走らせてしまったし、改造してしまった。
牢獄に放り込まれる、それが罰だよな。
「す、すまない。だけど、権利はちゃんともらえるんだよな!」
「あなたが名前を出すのを許可しなかったら、この一件は罰するべきだったけど。まあ、いいわ。まだ正式に手続きを行っていないから、こちらから連絡した時に来なさい。それまで大人しく待っておくことよ」
それだけ言うと車に乗り込み、ゼステラドも入ると同時にドアを閉まり、走り出す。
兵士やメイドは楽しく騒いでいただけだが、俺にとっては緊張に縛られている感覚だった。
反撃なんて、もってのほか。
ドワーフという小柄な体、そして年老いているというのに、相手の行動を支配させる緊張感をエリシヴァは操っていた。
スキルではない。
人のもつ能力を限りなく発揮している。
レベルなんて役立たずに等しい、それが交渉だろうな。
それにしても、あんな女王が近くにいたというのに、涼しい顔をして酒を飲んでいるエックスがいる。
「よく喉、通るな。逆に吐き出すぐらいの雰囲気だと思うが」
「もう慣れてる。あいつは昔から、そうだ」
あれに慣れるとか羨ましすぎる。
内心が冷えているのを感じて、未熟だと自虐する自分がいた。
もう、足のふらつきはなく、徐々に感覚を取り戻しつつあった俺は気づいた。
あれ、あの三人いなくないか……と。
辺りを見回し、目的の三人を見つけた。
「オルフォード、アイソトープ、ラヴファースト! 一人でポツンと立ってないで、こっち来てくれよ!」
城壁にもたれかかって、三人はじっとしていたようだった。
特に話している様子もなく、哀愁漂う雰囲気を放っていた。
まるでボッチじゃねーか。
表立って活躍したのはラヴファーストぐらいだが、それでも三人は立役者に変わりはない。
俺は歩いて寄っていく。
「どうされました、ミミゴン様」
と、アイソトープが話しかけてくる。
「いや、寂しそうだったからな。少しは楽しんだらどうだ」
「十分、楽しいのだが」
「ラヴファースト……。もうちょっと楽しそうな声、出そうよ」
笑顔もなく、むしろこれが普通だろという目で見つめてくる二人。
まだ常識人なはずのオルフォードも、これっぽちも楽しそうに見えない。
「皆が楽しんでこその宴なんだよ。一人でも笑っていないやつがいたら、ちょっと怖いんだよ。もともと怖いけど」
「じゃったら、ワシらを笑わせてみろ。まあ、500年くらい笑ってはおらんがな、他人のボケで」
「ハードルが限界突破したわ。聞きたくなかったな、その情報」
元お笑い芸人としてのプライドがあったが、速攻で破り捨てることにした。
他の案はないかと思考しているうちに、周りが騒がしく聞こえてきた。
何があったんだ、と振り返れば俺たちを囲むようにして、メイドや兵士に新しく入ってきたドワーフまで集まっている。
「ミミゴン様、楽しませることなんて簡単ですよ。こうして……」
若い者がそう言うと、それぞれが無愛想な超人相手に腕を引っ張って強引に席に座らせた。
抗おうと思えば1秒もかからず粉々にできるだろうが、そうはせず流されるのみだった。
「ワシは、こういう雰囲気が嫌いなんじゃよ!」
「そう言うなよ、オルフォード様」
「あの時の、ニーナか。こら、押さえつけるんじゃない!」
「はい、乾杯!」
困惑する三人に無理矢理グラスを持たせ、全員がグラスどうしを当てていく。
カン、という心地良い音を奏で続けている。
オルフォードは思わず、言葉が飛び出た。
「こりゃ、ミミゴンより厄介かもしれんの……。参った、ワシは精一杯楽しむ演技をするかのう」
「フフン! しばらくすれば演技じゃなくて、心の底から楽しくなってるさ」
ニーナは無表情のオルフォードに笑顔で答える。
他の人も同様に、ラヴファーストやアイソトープにも日頃の感謝を述べていったり、場を盛り上げようと努力している。
いや、努力というよりも彼らにとっては自然な感覚なのだろう。
こいつら……やるな。
心の中で拍手していた。
俺は遠くからその光景を眺めていたが、一人がこちらを向くとそれに気付いた皆もこっちを向いて。
「ほらほら、ミミゴン様! 一緒に!」
この国は頼もしすぎるな。
彼らが、これからのエンタープライズを引っ張る者達だ。
どうだ、とても滅びそうにないだろう?
俺は確実に夢を叶えてあげられているよな。
そうだろ、エルドラ。
(がーはっはっは! まったくだ! 我も嬉しくて涙と笑いが止まらんぞ! これが感動というやつか!)
俺は皆がいるところまで歩いていく。
こいつらとなら、どんな問題でも乗り越えられる。
今なら自信をもって言える。
なんだ、国づくりって簡単なんだな。
神様から乗り越えられない問題は出さないと、お師匠様に聞いていたけど本当なんだな。
……迷うだろうな、俺。
もし、この世界から元の世界に戻れるって聞いた時。
そのとき、俺はどんな答えを出せばいいんだろう。
今ではもう、忘れられないくらい大好きな国だ。
わかるだろ、俺がどれだけ楽しんでいるか。
助手も分かるか。
〈手に取るように理解できますよー。だって……私も大好きですからねー〉
脳内に響く優しい声。
いつも通り、のんびりとした口調だけど、その音に嘘はない。
なんだかんだいって俺たち、生きる意味を見つけられたんだよ、きっと。
新たな夢……見つけてみるか。




