69 名無しの家:軍隊―20
僕、ヴィヴィ、トウハは召喚者がいると思しき建物内に踏み込むと、そこには。
「こんなことがありえるなんてね……」
だらしなく倒れている少年を介抱している長身の男がいた。
男は頭にポークパイハットをのせ、高級感のある布でできたポンチョのようなものを着ている。
不利な状況に追い詰められているにもかかわらず、飄々とした雰囲気でニヤけている。
隙だらけだ。
なのに、その男を目の前にして体が動かない。
男の放つ威圧感に押さえつけられているようだった。
だが、トウハはそれに臆さず斧を抜き放つ。
「てめぇか、召喚者ってのは」
「うん? ああ、アンビバレンスのことかな。それなら、この彼だよ」
そう言って、意識が失っているであろう少年を手で示す。
少年はラフな格好をしており、とても召喚者というには見えなかったが不思議と納得させられた。
眠っているのではなく、意識を失っている。
きっと、オルフォード様が彼の意識を打ち破って『超妨害』を無効化したんだ。
「いやー、君たち凄いね。これは、ゲームオーバーかな」
「へぇ、負けを認めんだな。いいぜ、素直な奴は嫌いじゃねぇよ。むしろ、大好きだ。時間を無駄にしなくて済むしな」
「だよね、分かるよ。学ぶときは素直じゃないと、頭に入ってこないからね」
トウハは大斧を男に向けながら、歩み寄っていく。
この調子なら、すぐに終わりそうだと思っていた矢先。
男は少年を肩で抱えて、転移石を手にしていた。
「させるか、この野郎!」
トウハの素早い反応により、転移石は粉々になる。
これで怯むだろうと思っていたトウハは次の攻撃を仕掛けようとするが、男は最初から分かっていたかのように怯むことなく、トウハの懐に入り、拳を構える。
そして放たれた一撃は、トウハの体をくの字にさせ、肉体を破壊する衝撃を与えた。
衝撃に呻きながらも、トウハは武器を手放して、顔を殴りつけようとする。
男は動じることなく、拳を受け止め、グリッと捻って一回転させて、地面に叩き落とした。
「つぇーな、オッサン。油断してたぜ」
「そりゃそうでしょ。君たちのラスボスとなる人物だからね」
僕も見てる場合じゃない。
腰にぶら下げた道具袋から、鶏卵に似た形をした閃光玉を取り出して、放り投げた。
そして、破裂して光が広がり、その隙にトウハさんを助ける……と思っていたが、男は投げられた閃光玉を掴み、逆に投げ返してきた。
凄まじいまでの反射速度だ。
まさか投げ返されるとは思っておらず、驚きのあまり目を見開いてしまったのが運の尽き。
眩い光が目を焼き尽くす。
脳に激痛が走り、目を手で庇いながら倒れた。
絶叫し、目を開けることはおろか、失明したのではないかと思うほどだ。
しばらくして、ヴィヴィが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「ねぇ、しっかりして! シアグリース!」
体を揺さぶり、心配してくるヴィヴィだったが手で払いのけて、男を捕まえろというジェスチャーをしたが無駄だったようだ。
トウハがフラフラとした足で近づいてきた音が聞こえ、逃げたのだと確信した。
「チッ、あの一瞬で転移石を発動させやがった」
瞼を開けることは叶わなかったが、痛みがマシになり、ヴィヴィに肩を貸してもらいながら立ち上がった。
「今までに……投げた閃光玉、掴んで投げ返す人なんていましたか。衝撃的でしたよ」
「未来を予測していないとできない動きだよ。私たちで勝てる相手じゃないね……」
ヴィヴィは僕の言葉に肯定し、回復スキルを全員に唱えてくれた。
回復スキルで治癒速度は早まったけど、まだ目が痛かった。
トウハが建物の壁に背を預けて、呟いていた。
「あの男が、この争いを起こした張本人だな。あれは、強いって言うより不気味だったぜ。本当に人かって疑いたいぐらいだ」
「龍人ですよね。服の上からも分かる強靭な肉体、帽子は角を隠すためのものでしょうね」
「いやいや、ただの龍人じゃねぇな。戦った俺だから分かるが、そもそも人ですらない何かだ、あれは」
人ですらない何か……。
何かを考える前に、とりあえず終わったということを皆に報告しないと。
なんとか少しずつ目を開けることができた。
良かった、失明は免れたようだ。
「大丈夫か、シアグリース」
建物から出て、響いた声だった。
その声に聞き覚えがある。
瞼を必死にこじ開け、正面に立っていたのは。
「ラヴファースト様! すみませんでした! 召喚者を捕まえることができず、なんと……」
ラヴファースト様だと分かると、口から弁解の言葉が勝手にとめどなく出てきた。
言い訳して怒られることによる精神的ダメージを減らすためだ。
真面目で几帳面な性格のラヴファースト様は冗談など言うはずもなく、できなければキッチリと叱る。
少しでも怒声を小さくしようと、あれこれ言い訳しようと思ったが、ラヴファーストは僕の口を押さえてきた。
「んん! んー」
「静かにしろ。言い訳なんてしていいわけ……だったか」
「……えっ?」
今、あの鬼教官なラヴファーストの口からダジャレが出てきたような。
わずかに照れているような表情を一瞬だけ見せて振り向き、顔を見せないようにする。
「今、なんと」
「お前たちは失敗などしていない。ゆえに言い訳なんて愚かなことなどしなくてもいい。分かったら、返事は」
「は、ハイッ! ラヴファースト様!」
そう言って、ラヴファースト様は立ち去っていった。
なにやら『念話』で会話しているようだった。
「これでいいのか、オルフォード。なぜ言葉遊びなど……笑うんじゃない」
よく聞き取れなかったが、それよりもラヴファースト様がダジャレを言うなんてと驚愕していた。
横でトウハはクスクスと笑い、ヴィヴィは僕と同じように驚きで口を開いていた。
集まっていた他の班員も同様に驚いた者もいれば、口を手で隠しながら笑っている者もいる。
その光景に、安堵感が心に広がりつつあった。
そうだ、終わったんだ。
奴らは、もういない。
ここには戦った仲間たちが全員集まっていた。
もう、名無しの家には魔物一匹いないのだろう。
そして、笑った。
皆が地面に倒れ込み、笑い泣いた。
誰一人、死ぬことなく。
また、誰一人大怪我を負う者もいなく。
つまり、あの死闘の中、全員無事に生きているのだ。
強すぎる、強くなりすぎた。
一寸先は闇という思考が、今では一寸先は光だと思えるようになっていた。
「皆、帰ろう! エンタープライズという家へ!」




