68 名無しの家:ラヴファースト―19
人の身長を優に超える巨体、手足、翼。
銀色に輝く翼に光が当たれば、反射するほどの光沢。
周りには、光の玉を複数浮かせて、鋭い目で隙を窺っている。
奴の名は『アンビバレンス』。
対して、立ち向かっているのは手に刀や矛など合わさった形状の武器『刀槍矛戟』を持ち、メガネをかけたスーツ姿の男。
ラヴファーストが、名無しの家を庇うようにして上空に浮かぶ『飛翔刀』の上に佇む。
「なかなか、しぶとい奴だ。だが、久々だな。こんなにも長期戦になったのは」
昔の記憶を脳内に描き出し、色々な思い出を振り返りつつも、必ず倒すという闘争心を高めていた。
睨みあっている両者の下では、街のあちこちで爆発や倒壊が発生している。
魔物が現れ、兵士に攻撃して、巻き込まれた建物が音を立てて崩れていく。
トタン屋根が目立つ街で質素な家が多かったが、それでも家なのだ。
家族が住む家が次々と破壊されていく。
ここで、アンビバレンスは動く。
ラヴファーストは『刀槍矛戟』を持ち上げ、刃を敵に向ける。
アンビバレンスは、刃物のような手を振るって、光の玉がはじけ飛んだ。
『光爆球』は触れれば、爆発するというシンプルなスキルだが、秘めた爆発力はこの上ない。
一球でも通してしまえば、名無しの家は無残な最期を遂げてしまう。
『打消しの意志』を纏わせ、全ての『光爆球』を無効化を図った。
広範囲に散らばった球体へ『飛翔刀』を最速で向かわせ、振り抜いて消滅させては、次の球体へと移動する。
もちろん『光爆球』が、名無しの家に落ちるまでに『刀槍矛戟』を振るい続ける。
その間も、奴は黙ってはいない。
隙間を巨体が縫って、ラヴファーストに突進してくる。
『飛翔刀』が瞬時に回避し、ラヴファーストは変わらず破壊させていく。
突進をかわしながらもようやく、全ての『光爆球』を消し終わり、再び向かいあう。
だが、さっきと違うのはラヴファーストの表情は余裕のある笑みを浮かべていた。
なぜなら、局面を打開する朗報が起きたからだ。
(奴の詳細情報を解析できたぞ。確認してくれ)
「はやいな、オルフォード」
名前:アンビバレンス
レベル:318
種族:『神聖幻獣』
称号:『バハムート』
耐性:『パーフェクトボディ』
戦闘用スキル:『転生召喚獣(戦闘用)』
常用スキル:『転生特典(常用)』
特殊スキル:『転生特典(特殊)』
究極スキル:『絆』『想い出』『神風』『エグゼクションレーザー』
アンビバレンス:(文字が歪み、解読できない)の転生特典として存在する、究極召喚獣。命令をその都度、書き換えることができる。『エグゼクションレーザー』を放つと一定時間発動不可、行動不能。主人とは……。
これらの情報の他に、脳内へ次々と過去の情報が流れ込む。
最も見ている暇はないので無視して、奴の弱点を確認する。
なるほど、奴の心臓はそこだな。
アンビバレンスの首辺りに赤く光る魂が見えた。
急所を確認し、オルフォードに礼を述べる。
「ご苦労だった。ゆっくり休むといい」
(まったく……礼の言葉が足りんぞ。まあ、甘えさせてもらうとするかの。じゃーはっはっは!)
奇妙な笑い声をあげて『念話』は途切れた。
弱点は首。
だが、今の武器では奴の分厚い攻撃で邪魔されるだろう。
なら……武器を変えるだけだ、より強い武器に!
『刀槍矛戟』を空中に離し、浮遊させる。
両手で待つように広げる。
ラヴファーストが乗る『飛翔刀』の下――草が生えていないまっさらな地面――に多数の黒い魔法陣が展開し、そこから飛び出てきたのは。
「やっと召喚できたか。『伝家宝刀』……」
右手に握った『伝家宝刀』は小さな刀、一本だけだった。
『召喚刀』で唯一喋ることのない刀だが、代わりに発しているのは『ピーピー』という電子音だ。
もちろん『伝家宝刀』は、この刀だけではなかった。
瞬きする暇もないほど、魔法陣から多種多様な刀、剣が召喚されていく。
その刀剣は最初に握った小刀を包むようにくっついていった。
小さな刀を中心にし、刀が寄せ集まっていく。
ガチャガチャと金属どうしを擦りつける音を出しながら、徐々に徐々にと大きくなっていく。
やがて、最後の1000本目の刀と合体し、出来上がった『伝家宝刀』は巨塔のような存在感を放つ、もはや刀とは呼べぬ物となっていた。
複数の刃を身に着けた『伝家宝刀』を、ラヴファーストは軽々と前に構え気を高めていた。
『伝家宝刀』はラヴファーストの必殺技にあたる最強の『召喚刀』。
それゆえに相当の詠唱時間を要し、また再詠唱時間も相当である。
また『伝家宝刀』には制限時間も要され、長くは保てないのだ。
それらの犠牲を経て生み出された『伝家宝刀』は、誰にも止めることのできない最強武器だ。
(がーはっはっは! いいぞ、ラヴファースト!)
「エルドラ様!」
実に楽しそうな笑い声を発したのは、エルドラ様だった。
『念話』で励ましてくれるのだ。
(あの頃の栄光を取り戻すぞ! 解放してやれ! 『七生報国』の一人、無敵の剣士ラヴファーストとして!)
まだ、エルドラ様が真の王として君臨していた過去が蘇る。
『七生報国』というエルドラ様の側近だった頃を誇りに思っている。
敵なし負けなしの剣士ラヴファーストと呼ばれ、エルドラ様と共に戦った過去を懐かしいと思うと同時に、沸々と湧いて溢れる勇気を伴い、目は奴の急所に鋭く向けられていた。
「覚えておけ、アンビバレンス。お前を倒すのは……この『七生報国』である、ラヴファーストだ!」
左手をクイッと振り『刀槍矛戟』『私護刀』『孤軍奮刀』を、アンビバレンスに飛ばした。
三刀は全力を振り絞って、主人が企てた計画を達成するため、空を突っ切る。
加速する勢いで、アンビバレンスの肉体に突き刺さり、動きを制限させた。
アンビバレンスは身をよじって、何とか動こうとするが深く突き刺した刀が行動を阻止している。
『伝家宝刀』の切先を、無意味な抵抗をするアンビバレンスの喉仏に向け。
そして、解き放った。
『飛翔刀』の加速と『伝家宝刀』の鋭利な切先、ラヴファースト自身の力が、アンビバレンスの首に穴をあけ、しばらくしてアンビバレンスの肉体は光の粒子となって、空に爆散する。
静かな蒼い空に朝日がもたらす日光を光の粒子が反射し、すっかり辺りは輝いた。
「エンタープライズの”夜明け”だな……」
『伝家宝刀』は制限時間を過ぎたことで一本、また一本と消えていく。
『刀槍矛戟』や『私護刀』、『孤軍奮刀』もまた光を放ちながら消えていくのだった。
『お役に立てて、幸せでした! ご主人様!』
『また召喚してくださいねぇ。待ってますよぉ~』
『あの、その……一緒に、戦えて、寂しくありませんでした! この思い出を忘れずに、ずっと待っています!』
「また、頼むぞ。さあ、ゆっくり休め」
ラヴファーストが告げて、三刀は消えた。
『飛翔刀』は泣き声を出しながら、ラヴファーストを乗せて地上へと降りていくのだった。




