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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第三章 リライズ決然編
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65 名無しの家:吸血鬼―16

「グレアリング王国での『吸血鬼』騒ぎ、知っているわよ。哀れな吸血鬼を模倣する馬鹿な奴が現れたのかと思ったけど、本人だったなんてね」

「ああ、そうだ。復讐心だけが俺の中で渦巻いていた。にんげんらの弱みにつけこんで血を啜り、成長し、排除しようとする者をも搾取していた」



 右腕の断面から血液が逃げていく。

 肉体が冷えていく感覚に襲われながらも、ゆっくり立ち上がる。

 ナルシスは微笑し、ブラッディソードを弄んでいる。



「ツトムだったっけ? ツトムは間違っていないわ。搾取こそ、選ばれた強者に与えられた特権。自然のルールに従っているだけよ。弱者は死に、強者だけが生き残っていくバトルロワイアルゲーム。そう、世界はゲームなの。殺さなければ殺されるだけ」



 そう語りながら、歩み寄ってくる。



「『強くなる人生』を選択しなかった弱者に勝ち目はないの。生まれてすぐ、世界の本質に殺されている」

「弱者になることを望んで、生を受けた者がいると?」

「いるのよ、有象無象と。本質を知らずに、征服されていく。自分でも気づかない内に。弱者に自分の意志なんてものは、存在しない。ただ流されるだけ。でも、それが自然の掟」



 立ちあがり息を整えている俺の肩にそっと手をのせ、ナルシスは告げた。



「あなたには才能があるわ。私ナルシスなら、あなたを解放できる。縛っている鎖からね」

「強者になれると? こんな俺でもか?」

「なんら恥じることはないわ。あなたに罪はない、責任もない。だって自然の掟なんですもの」

「そうか」



 そういうとツトムは右手・・をナルシスに突き刺した。

 驚愕の表情を浮かべる魔女の肉体を泳ぐ手は、あるものを引き抜いた。



「右手……いつのまに」

「そんなのは、どうでもいい。お前に、俺は操れない。結局、お前も俺も流されていくままだ! 本質の成り行きに!」

「吸血鬼が城を追い出された理由が分かったわ! あなたに自由はない!」



 ブラッディソードで斬りかかってくるが遅い。

 ナルシスの後ろに回り込み、引きずり出した物体を顔の上で握りつぶした。

 奴の体内に入っていたのは。



「エネルギータンクを、貴様!」

「中身は血。だが、魔人の血液ではないな。複数の何かが混じっている味だ」



 握りつぶした箱状の物体の中身は、雑種の血が含まれていた。

 口を開け、少しでも自身の血液に変換しようと思ったのだが、味に違和感を覚えた。

 『味覚変化』の常用スキルで血を、無理矢理美味しくしているのだが、様々な味を感じ取ってしまう。

 吸ったことのある血の味もあれば、知らない味わったことがない血もある。

 魔人の血液ではない。

 とすると、なんだ。

 ここで、ある違和感を知覚した。



「魔女なのに魔法は使わないのな。それとも……使えないのか」



 怒り狂ったナルシスは、深紅の剣を振り回した。

 動きは覚えている。

 隙が多く、無駄の多い剣さばきだった。

 ゆえに回避も簡単で、次の行動も少しずつ読み取れるようになってきた。

 そして、ナルシスが魔法を使えない理由は。



「お前も追い出されたのか。魔女の個性である魔法が使えなくて」

「思い出すだけで腹が立つわ! あの大魔王め! 魔法が使えない魔女は魔女ではないと吐き捨てやがって!」



 破れたローブから見えたのは、白い裸ではなく光沢のある鉄。

 機械の体だった。

 俺が引き抜いた箇所は空洞になっていて、バチバチと火花が散っていた。



「こんな私を受け入れてくださった、あの方は素晴らしいわ! だって傷だらけの私を、瀕死の私を! 愛してくださって、力もくれた! 尽くしたくなるのよ! この手を汚してでもね! それが恩を返そうとする恋した女なのよ!」



 もう、まともに剣を扱っていない。

 刃だけを頼りに乱暴に振り回している。

 嵐のような戦い方だ。



 彼女が見せる瞳に、どこか共感していた。

 こいつも復讐を糧に戦う。

 そういう目だ、俺と同じ目だ。

 似ている境遇、似ている環境、過去、現在。

 だけども、明らかに違うのは忠誠を誓った相手。

 俺は俺が信じた忠誠を貫き通す。

 ミミゴン様の命令なら、この手をいくらでも汚してやる!

 この戦いは、お互いの忠誠心をぶつけ合った戦いだ!

 振り下ろされる剣を避け、持ち上げられる前に一発こぶしをねじ込む。

 次も同じだ。

 その次も、そのまた次も、次も。



「ブラッディソード!」



 今度は避けずに、左の手のひらで掴む。

 この剣を抜かせない気持ちが溢れてくる。

 肉が裂け、血が垂れ流れ、痛覚が叫ぶ。

 その代償として、ナルシスの動きは止めた。

 剣を引き抜こうとあたふたしているナルシスに、渾身の右ストレートを食らわせる。

 失った血液と引き換えに、倍にした威力だ。

 殴打の勢いをのせ、彼女の肉体を吹っ飛ばした。

 顔面に打ちつけたため、鼻血を噴き出しながら、地面を転がっていく。



「ミミゴン様から……魔物以外殺してはならないと言い渡されている。見逃してやるから、採った魔石を置いて出ていけ」



 手のひらに深く刺さったブラッディソードを抜き、ナルシスに放り投げた。

 その動作を行うだけで、電流が全身を巡る。

 立っているのも、やっとだ。

 脱力感に抗いながら、足に力を入れていた。



「私もあなたも、強者に流される弱者……それでも我慢できるの?」



 鼻血を腕で拭い、上半身を起こしながら質問してくる。

 息が荒く、すぐに喋ることができない。

 脳に血が回っていないのだろうか、すぐに質問の内容が理解できなかった。

 それなのに、勝手に口が動いた。

 まるで前から問われることを分かっていたかのように。



「この身を捧げようと決めたのは、俺自身だ。ミミゴン様に忠義を尽くすと選択したのは、俺だ。だから、我慢よりも忠誠心が湧き起こる。流されても、それが……俺の生きる道なんだ」



 自分でも何を話しているのか、脳が理解できなかった。

 だが、俺の意志が喋った。

 なら、間違いはないはずだ。

 遂に襲いかかってくる脱力感に負け、仰向けに倒れ込んでしまった。

 もう手を動かすことすらできない。

 天井を見上げるばかりだ。



「あなたは……ツトムは弱者ではないわね。立派な強者よ、だから……」



 足音が聞こえてくる。

 おそらく、止めを刺そうと近づいてきているに違いない。

 抗う力は残されていない。

 せめて、目を閉じて祈ることぐらいしかできなかった。

 祈りを終え、覚悟してから目を開けると、ブラッディソードの切先が首に当てられていた。

 あとは、突き刺せば終わり。

 心臓なんか突かなくても死が訪れる。

 そんな状況だった。

 目にも力が入らず、ナルシスの顔がよく見えなかった。

 どんな表情で、息の根を止めるつもりなのか。

 まあ、いいか。

 ゆっくりと目を閉じた。

 今度は死を直視しないよう、しっかりと閉じて。

 そして深紅の剣を持ち上げ、狙いを定め……遂に振り下ろされた。







 刃が顔の横に落ちる。

 その音と風を肌で感じた。

 不思議に思い、目を開くと抉ったのは首の肉ではなく、地面の土だった。

 顔の横で切先が突き刺さったままである。



「どうした。俺が言うのもなんだが、チャンス……」



 視線をナルシスに向けようと動かした俺の顔に、柔らかい何かが押し付けられた。



「――!?」



 唇に何かが触れた。

 ナルシスは涙を流し、落ちた涙は俺の頬を撫でて、地面を目指す。

 驚きがこみ上げ、目を力いっぱい開く。

 テルブル魔城で恐れられていたあの魔女とは思えないほど、優しくて柔らかい。

 拒まもうとしても手が動かないのだから、抵抗のしようがない。

 顔は、彼女から溢れ出た涙で濡らされていく。

 しばらくして、あれほど近かった顔が離れ、立ち上がった。

 まともに彼女の顔が見れなかった。



「あなたの生き方に感動したの。心の奥底を隠す霧が晴れたみたいに、清々しいわ。ありがとう、ツトム……」



 視線を逸らしていたため、ナルシスを直接見ることができなかったが、一瞬光が見えた。

 転移石で帰ったのだろう。

 俺は情けなく口をパクパクさせ、顔を赤くしていただけだった。

 なぜ、奴がこんなことを。 

 あの感触だけが、いつまでも残っていた。



「なんだ、この胸の高鳴りは!」

「ほう、そうかそうか。なぁ、今どんな気持ちな?」

「グラウンディング!? う、おま、お前!」



 グラウンディングは大きく口を開けて笑い出した。

 その光景に苛立ちを覚え、すぐにでも殺してやりたい気持ちになったが、体が起き上がらない。



 そして、回復するまでの一日中、グラウンディングは笑い続けていた。

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