63 名無しの家:アイソトープ―14
「助けてくれてありがとう、ニーナ……。子供たちは?」
「大丈夫だ。信頼できるところに預けてきた」
レラは、安心して緊張が少しほぐれる。
子供たちのことが気がかりだったから、迷いが生じていたのだ。
どこに連れていったか、すぐには分からなかったけど迷いは無くなった。
このオークを、どうにかすることだけに意識を向けることができる。
そんなレラを横目で見ながら、ニーナはやれやれと首を振る。
「武器庫から槍と……ついでに盾を借りてきたけど、いきなり使い捨てることになるなんてな」
ニーナは、レラを守るよう前に立つ。
アスファルスは身を震わせ、うつむいていた。
「……豚野郎か。いいだろう、その豚野郎が……」
突如、体の向きを変え『疾風迅雷』を発動した。
目の前から姿を消され、驚いたニコシアたちは辺りを見回す。
また、他のメイドに矛先を向けられたのか、と考えたが予想外の場所に姿を現した。
「アイソトープ様!」
「食らわしてやろう! 『ミーティアインパクト』ー!」
ミミゴンを膝枕していたアイソトープに、燃え立つ拳が叩き込まれた。
接触すると大爆発を起こし、舞い上がった砂ぼこりで視界が塞がる。
「大丈夫ですか、アイソトープ様! ミミゴン様!」
「偉そうに見ていやがって! だから、こうなるのだ!」
アスファルスの声が響いてくる。
しかし、何の前触れもなく視界を覆う砂ぼこりは、蜘蛛の子を散らすように発散した。
「なっ!? 馬鹿な! 我の必殺技を……」
メイドたちは何が起こったかを確認しようと、アイソトープの方へ目を向ける。
膝枕の姿勢は変わらず、打ち放たれた握り拳を片手で捕えていた。
アスファルスは拳を抜こうと引っ張るが、掴まれた握力の方が強く、引っこ抜けなかった。
「くっ! 離せ、金髪巨乳女!」
「あなたのお相手は、私ではなく……」
掴んだ手を躊躇なく、メイドたちが集まっている場所に放り投げる。
「部下が務めます。私を相手するには魂が不足しています」
「投げ飛ばされたのか、我は! あの女に!」
アスファルスは空中で身を翻し、地面を全身で受け止めた。
メイド達はすぐに立ち上がり、戦う姿勢に入る。
後ろでは戦えない者を城内に移送させたり、レラやニコシアに回復を施している。
ニコシアが宣言した。
「あなたは、私たちが相手します。私の名は、エライア・ニコシア。家を守るメイド集団『領域の番人』の統括者として戦います!」
「あたしは、イナンナ・ニーナ! 親父に槍の振り回し方、教えてもらったから問題ねぇな!」
「私は、ヴィントシュティレ・レラ! あなたを、ゲームオーバーにさせる!」
ニコシアに次いで、ニーナやレラも断言した。
黙って聞いていたアスファルスは、笑いながら否定する。
「ゲームオーバーだと? 戦闘のニワカ共が調子に乗りやがって。新参者が古参の我に勝てるものか。古参のごとく知ったかぶりなんてすれば、即死だ! それが『戦い』だということを教えてやろう!」
まず、アスファルスはレラを狙った。
すかさず、ニーナが間に入り、槍で巨体の勢いを受け止め、反撃に転じた。
レラも今までの毒矢ではなく、『貫通』のスキルが付与された長い矢をセットして、隙を見ては発射する。
ニコシアは援護に回り、『プロテクト』や『パワーアップ』など補助スキルを唱え、魔法を主として遠距離から攻めている。
槍の突きを避け、撃ち込まれた矢も回避し、魔法攻撃に当たるも耐え抜くアスファルスは強打による衝撃波を放ったりと一進一退の行動だ。
アスファルスは、苛立ちを声量にして叫ぶ。
「ちょこまかと! うざったい! まとめて始末してやる! 『アースシェイク』!」
第三土魔法を詠唱し、魔法を纏った右腕を大地に沈めると、荒れる波のように揺れ出す。
やがて揺れが最高潮に達した時、巨大な土塊が地面を飛び出し、下から襲いかかった。
「マジックアーマー……」
レラは魔法耐性を上げるスキルを詠唱しようとするも、解き放たれた土塊が三人を押し上げ、空へと飛ばされた。
「ニコシア! 速くスキル!」
「『フェザー』!」
落下速度を遅くして、最悪落下死は免れそうだ。
だが、それが仇となったようだ。
「フハハ、こりゃ狙いやすい! 自ら動きを遅くしてくれたからな」
「地上に、足を着けないと!」
牙をむきだし、笑っているオークは腰に右拳をもっていき、エネルギーを溜めている。
そんな状況だというのに、三人はお互いの顔を確認して頷いた。
ニーナは槍を力いっぱい投げつけたが、命中することなく地面に突き刺さってしまう。
それでも苦渋の色を浮かべず、小瓶を取り出し、中身を呷った。
レラやニコシアも魔法攻撃を仕掛けるが難なく避けられ、オーラは満たされてしまった。
「これで、終わりだ! マッハキャ、ノ……ン?」
技を吠えた時、腕に違和感を覚え、確かめる。
その光景に目を見張った。
槍の切先が、手のひらから出ていたのだ。
「グッ、腕が、うでが! われの……」
「『武器回収』!」
血にまみれた槍が勢いよくニーナのもとに返っていき、空中でキャッチした。
噴き出した血液に驚愕し、膝が崩れ落ちる。
溜め込んでいたエネルギーの塊も消え失せる。
出血を抑えるため、左手を当てているが、それでもとめどなく湧き出てきた。
アスファルスは激昂し、再び左手で『マッハキャノン』を放とうとするが。
「「『サンダーボルト』!」」
二人の魔力が合わさった魔法を受け、絶叫し地面へ倒れ込んだ。
息も絶え絶えで、それでも立ち上がろうとするアスファルスに、メイドたちは目を奪われていた。
「『武器回収』で、槍を……突き刺したのか」
「戻ってくる槍が当たるよう、私達が魔法で誘導したんだよ」
『念話』による会話が、あの一瞬でも成り立ったのは、三人の絆の強さだという証明に他ならない。
等しく疲れが顔色に表れている二人に、ニーナはウィンクした。
表情が緩み、もう終わりかと思えたが。
「強者としての……意地があるのだ!」
「何を!?」
顔面は土と血で穢れ、鎧にいたってはもはや鎧とはいえなかった。
右手はだらしなく垂らし、左手には何かのスイッチを勇ましく握っていた。
最後の最後まで気の抜けない状況に、呆れと不安が広がりつつある。
牙は欠けても、目の光は輝いている。
「体内に埋め込まれた……人工魔石。込められた『核爆発』を、起こし、て……巻き込んでやる! てめぇら諸共、リセットだー!」
突如、胸を押さえながら、もがき苦しんだ。
呼吸しようともがくアスファルスの側に、いつの間にかアイソトープが立っていた。
地面に落ちたスイッチはアイソトープに回収され、流し目で見ていたアスファルスは足掻くことに必死だった。
「かえ……せ」
「私の究極スキルをお教えしましょう」
スイッチを握り潰し、サラサラと砂が落ちていくように破片を撒きながら説明を始める。
「戦闘スキルは乏しく、戦いには向いていませんが……環境を支配することができるのです。スキル『環境変転』。これにより、あなたの周りから酸素がなくなったのです」
もはや話を聞ける状態ではなかった。
大揺れする手で道具袋から転移石を取り出し、起動させる。
即座に転移の効果が発動し、光とともに消えていった。
アスファルスは生き残ることを考えて、逃げた。
あれほどまでの存在感を発揮しながら、最後はネズミよりも小さくなっていた。
戦場に穴を大量に作り、血で汚していった奴らのことは、メイドたちの目にはもう映っていなかった。
日の出、そして解き放たれた平穏。
戦いを終えた彼女らを出迎えたのは、目に見えなくとも理解できる安心感だった。
彼女たちの中に眠る使命も、また起き始めたかもしれない。
「……たまには、パーティーでもしましょうか。ご褒美として」
自身が指導したメイドを見届け、微笑を浮かべる「人間を超えた女」がいた。




