62 名無しの家:アイソトープ―13
「メイドごとき、何ができる? 見たところ、箒やらモップを持っているが……」
傭兵を取りまとめる頭であるオークは、国を護ろうと立ち向かうメイドを一見して言い放った。
鉄鎧で身を包み、偉そうな牙を生やすオークは気が立っている。
これに対し、答えたのは。
「それがどうかしたの?」
アイソトープが認める一人であり、メイド集団の監督ニコシアだった。
箒を地面に突き刺し、目つきを鋭くさせ、オークを睨みつけていた。
掃除、洗濯、炊事……。
そして、ご主人様をお守りするため、戦う。
メイドが戦ってはいけないのかしら。
「これは闘争だ! 殺し合いだ! ちゃんと武器を……」
オークが怒りの声を上げるやいなや、パァンと破裂するような音が響き渡る。
さっきまで、苛立ちを含めて怒鳴りつけていた当人の足元で土が舞い上がっていた。
「これが、掃除道具に見えたわけ? そんな濁った眼だから誤認するの」
「貴様ら……」
ニコシアが箒を捨て、握っていたのは一丁の拳銃。
銃口はオークへ向けられている。
『異次元収納』に箒を放り込み、即座に銃を取り出したのだ。
他のメイドも、あの一瞬で武器に持ち替えている。
「勘違いしないで。客人ですから、殺したりはしません。ただし、私達はこの国のルールに従い、あなた達を排除いたします」
「ほう、いいだろう。我の名は、アスファルス! 傭兵派遣会社『ネメシス』の社長だ! 野郎ども! あの方が見ていらっしゃる! ゆけー!」
既に掃除道具で半壊させられていた傭兵軍団は、更なる特攻を見せる。
何が何でも殺して生き残るという必死な表情を浮かべて。
この間にも輸送機で運ばれてきた傭兵が戦場に降り立ち、戦闘に参加していく。
「次々とやってきますね、ニコちゃん」
「ニコちゃんは恥ずかしいと言っているでしょう? こんな時にも、レラは」
ニコシアをニコちゃんと親しく呼んだのは、肩にクロスボウを乗っけているレラだった。
二人とも鬼人で、まだ村に住んでいた頃からの友達である。
迫ってくる敵に睡眠効果のある毒矢をセットし、軽々と放っていく。
大型のクロスボウを軽々と扱い、片手で矢を発射しては無駄のない動きで次の矢を装填し、射出する。
ニコシアも負けじと、傭兵を麻酔銃で連続して撃ち抜いていく。
エンタープライズのルールでは、よほどのことがない限り、魔物以外は殺してはいけないとある。
そう、ミミゴンが定めた。
そのため、メイドたちの武器には扱いやすい遠距離武器が多く、弾や矢も睡眠効果を付与してある。
「そろそろ、落ち着いてきた頃かな……」
レラは息を切らしながら、ニコシアに問いかける。
兵士とは違い、普段から戦闘しているわけではないので慣れていないのだ。
同じく息を荒くしているニコシアは、上空を見上げた。
そろそろ夜明けの時間に近づいているため、徐々に太陽が見え始める。
それよりも、輸送機はもう来ないことがありがたい。
あとは、残った傭兵たちだけかと安堵していたが、直後風が吹き荒れた。
しっかり踏ん張らないと、容易く体がもっていかれる強風だった。
「あああー! 情けない、情けないぞー! てめぇらー!」
アスファルスは湧き上がる怒りを自身から放つ風圧とともに、まき散らしている。
起きている傭兵やメイドも関係なく、暴風に怯んでいる。
眠らされた傭兵たちは耐えることができず、輸送機と一緒に吹き飛ばされていった。
しばらくして荒れ狂う風は止み、怒りが収まったことで行動を始めた。
「この戦いは我を熱くさせるだろう! 確信したのだ、貴様らを見ていて! 久しぶりだぞ!」
「やっと、頭が動くのね」
ニコシアは、頭を仕留めれば戦いが終わると考えた。
これ以上、荒らされたくないのだ。
アスファルスは、まだ戦える傭兵のもとへ歩き、正面で止まった。
その傭兵は、ポカンとした顔でリーダーを見つめる。
――次の瞬間、傭兵の肉体に太い腕が入っていた。
「がはッ!」
「お前たち、雑魚は不要だというのが分かっただろう」
残った傭兵に戦慄が走った。
いや、傭兵だけでなく、この光景を見たメイドも同様だ。
突き刺した手を思いっきり引き戻し、血を発散する。
「これは聖戦となり得る戦いだ! 歴史に残る聖戦だ! 忘れ去られることのない戦いだー!」
体を貫かれた傭兵は地に倒れこみ、アスファルスは血に濡れた右手を天に持ち上げる。
まるで、誰かに見せるために。
怯えて、雑魚呼ばわりされた一人が逃げ出す。
それに続いて、また一人、また一人逃げていく。
もう弱い傭兵は、いなかった。
アスファルスは両腕を前に構え、右手を引く。
そうして、握った右の拳で風を裂くように振りぬいた。
「ふん!」
後ろから叫び声が聞こえてきた。
ニコシアだけでなくレラも、恐る恐る振り返ると。
「きゃー!」
城近くで戦っていたメイドの何名かが吹き飛ばされ、血を吐いている。
アスファルスの右ストレートに打ち抜かれたのだ。
遠く離れた場所まで拳を飛ばした。
「我の武器は、この鍛え抜かれた拳。今までの雑魚とは、異なるというわけだ」
「よくも私の友達に!」
レラは噴き上げられた怒りを、アスファルスにぶつけた。
「なら、かかってこい!」
考えるより足が出ていた。
レラはクロスボウに、激痛の走る毒が塗られた矢をセットし撃ちまくる。
アスファルスは射貫こうとする矢を拳で弾き返し、レラに一撃を加えようと走り寄った。
そこに銃声が響く。
「こっちだ! アスファルス!」
撃たれたアスファルスが、そちらに気をとられているときにレラは態勢を整える。
他のメイド達も、銃や弓で攻撃を始めた。
麻酔銃で撃たれても、動作が鈍ることはなかった。
「どれ一つとして……我に有効的なダメージがないぞ! 腑抜け共と違って、戦闘中に寝たりなどしないわ!」
『疾風迅雷』をしたアスファルスは瞬間でメイドの一人に接近し、強烈な殴りを腹に入れた。
言うまでもなく、攻撃を受けたメイドはぶっ飛ばされる。
そこからは奴のターンだった。
ニコシアもレラも抵抗する時間さえ与えられず、宙を舞っていく。
全員『プロテクト』などの防御系スキルにより、腹を貫かれた哀れな傭兵にこそならないものの、戦える状態にはなかった。
「つ、強すぎる……」
「これで、評価はどれくらいだろうか。あの方は、どう判断してくださるだろうか!」
「な、なにを言ってるの?」
太陽が昇りかけており、あと数十分で日光が差し込む。
そんな天空を見て、アスファルスは語る。
「この世は、ゲームなんだ。ゲームオーバーになったら、復活できないからな。慎重に進めることが攻略のカギか」
「このオークは何を言ってるの?」
ニコシアは、アスファルスの語る内容が全く理解できなかった。
独りで語る様は、まるで何かに取り憑かれたようだった。
「ゲー……ム? ゲーム?」
「小娘?」
レラは顔を歪めながら立ち上がった。
立った後も、痛みで体がふらついたものの、足をまっすぐにして立っている。
「ゲームというものを知るまで……倒れるわけにはいかない!」
「全滅させねば、エンディングではないのか。ならば……まずは、そこの小娘から殺す!」
「レラ!」
『疾風迅雷』は、アスファルスの肉体を瞬く間に移動させ、圧倒的な力が込められた拳をレラに近づける。
レラは、立ち上がるだけで精一杯だった。
無防備なレラに、無慈悲な鉄拳が襲う。
せめてものの防御反応で、目を瞑った。
骨が砕ける音ではなく、鈍い金属音が鳴りわたった。
レラは痛みが感じなかったことを不思議に思い、目を開けると。
「待たせちまって悪いな、レラ!」
「ニーナ!?」
「ほう、我の全力を受け止めるとはな」
アスファルスは後ろに飛び退き、こちらを警戒する。
レラを庇ったニーナは、ベコッと引っ込んだ盾を捨て、両手で槍を握り締めた。
敵に槍を突きつけて、ニーナは言う。
「大事なレラの命、てめぇになんかくれてやるかよ! 分かったら、とっとと帰りやがれ! この豚野郎!」




