61 名無しの家:ラヴファースト―12
この召喚獣は、ミミゴン様を殺す目的で召喚されたのか。
オルフォードは、そう推理したが可能性はある。
恐らくは。
「傭兵派遣会社『VBV』だったか。奴らが関係しているかもしれん」
(どうして、そう思った?)
「材料は少ないし、あくまで想像だ」
(材料が少ないのは当たり前じゃ。それに今は、想像でしか語れんじゃろ)
それに、エンタープライズが傭兵派遣会社に襲われている。
依頼主は不明だが、明らかにミミゴン様に対しての挑戦……延いてはエルドラ様に対しての侮辱に等しい。
許せない、許してはならない行為だ。
ミミゴン様やエルドラ様を、奴らは程度の低いものとして見ているからこそできる急襲だ。
怒りで二刀を、遠く離れた地面に穴をあけるほどの風圧を放ちながら振り回した。
『主よ、落ち着いてください!』
『目がないけど、回っちゃうネ!』
(激怒した時、無言で振り回す癖は治っとらんのう。まったく……城を傷つけて、エルドラに怒られたのを忘れたのか)
……少しはマシになった。
『刀槍矛戟』は安堵し、『銀攻剛刀』は気を失いかけている。
「目標を失っても、奴は留まっている。そして、襲いかかる俺にも反撃を加えている」
「自身の防御のために攻撃されておるのじゃ。召喚して命令を取り消すなぞ出来ぬから、予め邪魔する者は消すぐらいのプログラムはされておるじゃろ」
ふと、下を見る。
津波で大半の魔物が消滅したはずだが、どこからともなく再び湧いており、障壁に衝撃を与えていた。
無駄な努力だな。
そして、アンビバレンスに目を向け、気になったことを尋ねる。
「それで、今……エンタープライズの方は、どうなっている?」
(アイソトープらが頑張っとるよ。特にメイドがな)
エンタープライズ方面に怪しい集団が向かっていたのを把握していたので、不安になって聞いてみたが大丈夫なようだ。
「そうか。報告は以上か」
(思った以上に厄介なのが『超妨害』じゃ。しかも、奴本人のスキルで防がれているわけじゃない。意味は……分かるな?)
『念話』による通信が切れ、脳内は静かになる。
オルフォードの『神の見極め』を防いでいるのは、アンビバレンスじゃないのか。
つまり、奴自身が防いでいるわけではなく、近くにいる誰かが『超妨害』を発動させているということだ。
そうすることで『超妨害』が失敗したとしても、アンビバレンスが意識を失うということはない。
隠れている本人が、気を失うだけで済む。
気を失っても、見つからなければいいだけだ。
そして、隠れている本人というのは『転生特典の召喚獣』を召喚した者である可能性がある。
あのオルフォードに対抗している時点で、かなりの強者だ。
「ミミゴン様、エルドラ様。馬鹿にしている奴らを、ぶっ殺してやります。人の夢を笑い踏みにじるクズを殺してやります」
もし仮に、周りに人がいたとしても聞こえない声量で呟いた。
乱れた黒スーツを整え、刀を構える。
「向かえ! 『飛翔刀』!」
『もちろん、速度は最高速だぜ!』
待ってましたとばかりに『飛翔刀』は速度を上げていく。
音よりも速い移動により、アンビバレンスのもとに舞い戻った。
このまま刀を振り回しても、その巨腕が邪魔してくるはずだ。
「『私護刀』! 『孤軍奮刀』! 援護にまわれ!」
『それが一番、私の得意ですぅ!』
『ぇぇと、できますけど……まぁ、やれるだけやってみますぅ……』
「『飛翔刀』! 奴の周りを旋回しろ! 攻撃がきても、避けられるよう回避にも集中しろ」
『えらく無茶に聞こえるけど、できるぜ! 任しとけ!』
奴に必殺一撃を与え、終わらせる!
「『刀槍矛戟』『銀攻剛刀』! 突っ込むぞ!」
『主を信じます!』
『ククク、熱くなってきたネ!』
『飛翔刀』は、アンビバレンスの腹を目がけて飛ばしていく。
当然、自身を護るため『神風』を纏った右腕を振るう。
しかし『私護刀』『孤軍奮刀』が全力で腕を一身に受け止めた。
腕を止めている二刀は細いため、風の影響をあまり受けていない。
だが、まだ左腕もある。
『神風』を纏った左腕も進行を止めようと殴りかかってくるが、『飛翔刀』はそれを予測して上へ回避する。
アンビバレンスより上空に移動したラヴファーストは、『飛翔刀』から身を投げる。
もちろん、大掛かりな自殺をしようというわけではない。
身を投げたラヴファーストは、アンビバレンスへと刀を構える。
降下による相対風が髪をなびかせ、スキルを詠唱する。
「『裁きの大太刀』!」
『裁きの大太刀』を発動し、二刀の刀身は長く伸び、全てを斬り通す『断罪の意志』を纏わせる。
両手を思いっきり持ち上げ、アンビバレンスに迫ったところで全身全霊で二刀を振りぬいた。
『神風』で包まれた両腕を上げ防御の姿勢を見せたが、刃を弾き返せず、腕だけでなく巨体にも『意志』により貫いていく。
『裁きの大太刀』の名に恥じぬ、光景であった。
先に上がっていた右腕を斬り落とし、もう片方、そのうえ巨体をも斬り落とそうとした、その時。
残った左手でラヴファーストを全力で押し戻し、手のひらに蒼いオーラを集め、出来上がったそれは光り輝く地球のようだった。
左腕を貫く威力が足りていなかったか、と唇を噛んだ。
ただ、このままでは後悔しながら死すことになる。
思考は、後悔から攻撃へと移行した。
「『銀攻剛刀』!」
『ククク、お別れなんだネ……』
敵のくすんだ青い球体が押し出され、手のひらより放出された。
放たれた『虚無の衝撃』は時間をも飲み込み、あらゆるものを吸い込む究極スキルである。
ラヴファーストは空間を吸い込む球体に狙いを定めて、『銀攻剛刀』を投げつけた。
蒼い球体に『銀攻剛刀』が突き刺さり、とてつもない吸収と共に、球体と『銀攻剛刀』は姿を消した。
『銀攻剛刀』には主の命令によって、刀身と引き換えにスキルを半強制的に無効化する能力がある。
『虚無の衝撃』の効果を無効にして、消滅したのだ。
『もう会えないのかー!』
「うるさいぞ『刀槍矛戟』。再詠唱の時間が必要なだけだ」
『召喚刀』それぞれにも体力が存在している。
尽きたら消滅し、再詠唱時間を要求される。
つまり、一定時間たてば使用可能になるということ。
が、ラヴファーストは短期決戦を期している。
高ランクの『銀攻剛刀』に必要な再詠唱時間は1年。
それほどに強力だということだ。
攻撃力も高い。
ラヴファーストにとって『銀攻剛刀』を失ったのは、かなりの痛手だ。
右腕を斬り落とされたアンビバレンスは、宇宙に向けて口を開けた。
ただ開けただけではなく、口先の一点に紅いオーラを溜めこんでいる。
間もなく、紅いオーラのエネルギーを一気に宇宙へ発射した。
発射直後、アンビバレンスは空間を歪ませるほどの大声を響かせ、その声は勝ち誇っているようだった。
「まだ、終わっていないぞ! 『飛翔刀』、もう一度運べ!」
『任せろ!』
『飛翔刀』は主を乗せ、加速する。
ここで、ラヴファーストは何かを察知する。
上から嫌な音が聞こえてきたのだ。
「あれは、まさか……」
紅いオーラを纏ったエネルギーの塊が、流星の如く降り注いできた。
数も半端なことではない。
まず間違いなく、名無しの家周辺地域は跡を絶ち、巨大な穴ができあがるだろう。
いくら結界で守られているとはいえ、さすがに耐えられない。
すぐに対処しなければならない事態だ。
「『私護刀』! 『孤軍奮刀』! 名無しの家に当たるエネルギー群を消し去れ!」
『できるだけ多くやってみますぅ!』
『頼られている……? 僕が頼ら』
「速く動け! 時間がない!」
二刀を急かし、障壁によって護られている街を更に防衛する。
これでも不安定だ。
一発でも当たれば、二重の障壁が破られるかもしれん。
今、ミミゴン様の遺した最後の希望を信じるか。
ラヴファーストも状況を眺めているばかりではなかった。
『飛翔刀』に空中の静止を命令した。
ミミゴン様に託されたのだ。
頼んだぜ、と心の底から信じた言葉を忘れてはいない。
エルドラ様に受け入れていただいた、あの時のように。
……コレクションを今、使う時か。
「『異次元収納』! 『展開』!」
一瞬にして、ラヴファーストを囲うように現れたのは多種多様な『刀』や『剣』の大群であった。
ラヴファーストが、これまでに集めてきた刀剣を全て取り巻くように展開し、それらを全身で操る。
空に浮かべた刃物の切先を全て上に向けて、目標へ定め、遂に放った。
研ぎ澄まされた刃は独りでに加速と上昇を始め、紅いエネルギー塊を目指し、空を飛び交う様は圧巻である。
第一目標はアンビバレンスではなく、隕石を思わせる塊の消滅だ。
容赦ないエネルギー塊に対し、刀剣は切り裂いていく。
無論、それでも止まらぬ塊に息つく暇もなく刀剣が雨あられと断ち切り、やがて形を失くした。
その他も同様だ。
まるで死体に群がるハゲワシのように遠慮なく抉っていく。
「これでもう、雨は止んだか」
塊はどこにもなく消えてしまったが、刀剣のほとんどが刃を失くしており、もう使えることはできそうになかった。
気持ちを切り替え、使える刀剣だけを回収し『異次元収納』で仕舞う。
『刀槍矛戟』を両手で握り、この調子で奴も斬り落としにいってやろうとしたが、強烈な気の集まりを感じたのだ。
アンビバレンスが、辺りから魔力を吸収していた。
(ラヴファースト! アンビバレンスが強力なエネルギーを集中させておる! あれがエルドラの生命を奪う『エグゼクションレーザー』じゃ! しかも、名無しの家ごと、お前を貫こうとしておるぞ!)
「欲張りな奴だ。余裕をかましている場合ではないな」
『刀槍矛戟』の峰に額を当て目を閉じ、揺れ動く精神を統一させる。
一切の雑念を追い払い、心を一つに集中させた。
それにより、ラヴファーストの特殊スキル『明鏡止水』が発動し、『刀槍矛戟』が持つ真の威力を解放させる。
『魂が熱い! ウオォー!』
アンビバレンスの開いた口を中心にして、黒い雷を帯びた真っ白なエネルギーが寄り集まっていく。
「全てを認め、全てに挑戦してやる!」
ラヴファーストは逆手で刀を構える。
やがて、仕上げられた強大なエネルギーは、ラヴファーストをロックオンし発射された。
後ろの名無しの家をも、照準に定めて。
「……ハッ!」
何と一本の刀を頼りにして、天地を揺るがす超高速のレーザーを受け止めたのだ。
刀にかかる重圧を、ラヴファーストの馬鹿力で抵抗する。
やがて、そのままの勢いで、レーザーを断ち切った。
アンビバレンスの放った『エグゼクションレーザー』は、ラヴファーストを貫通することなく、エネルギーが分散した。
これで奴は、しばらく動けないはず……。
「――なに!?」
安堵した束の間、驚くべきことに奴は分散したエネルギーの一部をコントロールし、名無しの家へ飛ばした。
『私護刀』や『孤軍奮刀』は突然の事態に反応しきれず、エネルギー弾は防衛電力障壁、そればかりか『魔障壁』をも貫いたのだ。
障壁の抵抗を無視して、突き抜いたのだ。
おまけに、障壁すべてが砕け散っていく。
「まずい! 魔物の進撃を許してしまった!」
障壁を失ったことで、外で待機していた魔物の群れがなだれ込もうとしている。
四方八方から魔物が入り組み、中にいる住民をズタズタに殺してやろうと活気になっている。
こうなっては、もう……。
「諦める……とでも思ったか、アンビバレンスよ」
砂ぼこりを巻き上げ、エンジン音を響かせながら走る何かが、名無しの家に駆けていく。
来たみたいだな。
直々に鍛え上げた部下たちが。
武器を抱えている兵士たちを載せたトラックが集団となって、駆けつけてきた。
部下の一人であり現在指揮官を務めているシアグリースが、『念話』で連絡してきた。
(ラヴファースト様! お待たせいたしました!)
「遅刻は厳禁だと言ったはずだ。主役の弱点を克服したまえ」
創作物のヒーローに憧れ、正義を掲げる青年シアグリース。
誰もが俺を見て萎縮する中、こいつだけは違った。
「誰よりも強くなり、世にはびこる悪を征伐する。そう、ヒーローのように!」と俺の前で堂々と演説した青年に、どこか惹かれたのだ。
だから、シアグリースに指揮官を任せてみた。
さて、どこまでやれるか、見物だな。
「勇敢な兵士よ! 国王に与えられた職務を全うしてみせよ!」




