60 名無しの家:ラヴファースト―11
『転移』のスキルが込められた魔石である転移石をミミゴンに投げ、無事転移していくところを横目で見ながら、空に浮かぶ巨体にも注意を向ける。
……エルドラ様のエネルギーが一瞬で失われた。
ミミゴン様がとっさに『ものまね』で、エルドラ様に化けたのだが殺されたということか。
ラヴファーストは、もうこの世界にいるのはエルドラ様や自分より劣ったものしかいないだろう、と決め込んでいた。
確かにミミゴン様が迷宮より出てこられる前にも、ところどころで強いエネルギーを感じていた。
だが、それでもラヴファーストにとって恐れるに足りなかった。
弱い。
ただ、それだけのことだからだ。
なのに、目の前のこいつは何だ?
ここで逃した場合、のちのち厄介なことになりそうな予感がする。
今ここで、倒さねばならない相手だ。
(チッ! ミミゴンのやつ、ワシに何の命令も与えんまま、意識を失いおったわ。酷いと思わんか、ラヴファーストよ)
「今は、雑談している場合ではない。不必要な会話を戦場に持ち込むな、オルフォード」
「相変わらず、堅物じゃのう」
『念話』から、オルフォードのため息が聴こえてくる。
ラヴファーストにとって油断ならぬ対峙をしているのだから、怒られても仕方がないとオルフォードは諦めた。
「会話より、お前に頼みたいことがある」
(今の相手じゃな? よかろう、やっちゃる。久々に、エルドラがいた頃の仕事ができるわい)
「助かる。何か分かったら、また連絡してくれ」
(もっと話し……)
まだ話し足りなかったオルフォードからの『念話』を一方的に切り、戦闘準備に入る。
「『オーバーリミット』『真剣の心得』『プリセット・インシュアランス』『騎士道精神』『オデッセイドーン』『伝家宝刀』!」
ラヴファーストといえども、念入りに身体能力をスキルで強化する。
『プリセット・インシュアランス』により死亡を防ぎ、その他のスキルで自身の能力を限りなく引き出した。
念には念を入れよ、ということだ。
全てのスキルが発動し、能力の向上を確認すると同時に『飛翔刀』を呼び寄せた。
「『飛翔刀』! 奴の近くまで、飛ばせ!」
『あいよ!』
地面に突き刺さっていた『飛翔刀』は、自ら地を抜け、再び空を駆けた。
ラヴファーストはジャンプをし、タイミングよく『飛翔刀』の背に乗り込む。
『飛翔刀』の上から見える状況としては、名無しの家周辺に魔物の群れが待機していた。
障壁が魔物の進行を阻止しているため、内部には入られていないが、それでもこの数は恐ろしいを通り越して、疑問だ。
どこから、こんなに魔物を調達してきたんだ?
いや、今は奴に集中するべきか。
空を走るスケートボードに乗ったような体勢を維持し、自身の武器を呼び出す。
「出番だ『私護刀』! 『孤軍奮刀』! 『銀攻剛刀』! 『刀槍矛戟』!」
スキルを詠唱すると先ほどまでいた地に魔法陣が展開し、呼び出された『召喚刀』がラヴファーストの方向に飛んでいく。
最初に飛んできた『私護刀』『孤軍奮刀』二刀に指示を与える。
「『私護刀』は周りを浮遊し、奴の攻撃を無効化しろ。『孤軍奮刀』は奴の視線を逸らせ。可能なら隙を見て斬りこめ」
『主人をお護りするのが私の務めですねぇ』
『じゃあ……その……一人で……頑張りますぅ……寂しいよぅ』
指示を与えた二刀をぶん投げ、遅れて飛んできた二刀を掴み、指示を与える。
「『刀槍矛戟』『銀攻剛刀』は主の武器となれ」
『この『刀槍矛戟』! 巨体だからと臆することはないぞ!』
『久しぶりの出番だネ。楽しみだヨ!』
二刀を左右両手でしっかりと握り、『飛翔刀』で腕を組んだまま静止している奴に近づいていく。
奴は、まだ行動しない。
『孤軍奮刀』が、ちょっかいをかけているにも関わらず、まだ攻撃してこない。
なら、大人しくしておけ。
今から殺してやろう。
「ェェェーーーーー!!」
直後、常人なら我慢できないほどの不快で甲高い声を発すると、狂ったように雷を放つ青白い球体を自身を囲うようにして出現させた。
あれは『インパルス・スフィア』か。
確か、究極スキルの一つで、生命体に触れると一定時間行動不能にさせる電流を放つ効果だった。
奴がラヴファーストを指さすと、それに反応して『インパルス・スフィア』が攻めていく。
『私護刀』は役目を思い出し、青白い球体を斬り消していく。
が要するに、当たらなければいいだけだ。
『数が多くて、私でも全て消しきれませぇん!』
『私護刀』は消していってくれるのだが、それでも数は減らない。
構わん。
「敵に向かうだけだ。覚悟できたな?」
『答えなど既に決まっている!』
『ククク、振り回すといいヨ!』
『インパルス・スフィア』は大群となって、ラヴファーストを襲いかかってくる。
『飛翔刀』はそれでも怯むことなく、主を乗せて飛翔する。
ラヴファーストは二刀を祈るように前へ構え、深呼吸をして……。
「『打消しの意志』!」
剣や刀を使う者にとって、まさに要となる高レベルな剣術スキルであり、武器に『意志』を流し込み、自分自身がもつ魔力の続く限り発動し続ける。
ラヴファーストは『意志』に使用する魔力より、生産し続ける魔力の方が多いため、実質無限である。
二刀に『打消しの意志』を纏わせ、迫りくる『インパルス・スフィア』を捉えた。
そして、目で追えないほどの速さで両手の刀を振り回し切り刻んでいく。
刃を食らった球体は静かに消滅していった。
凄まじい速度で上昇する『飛翔刀』の上で、ラヴファーストは凄まじい速度を伴った二刀で打ち消していく。
打消し、打消し、打消し……いよいよ、奴に接近したところで飛びつくように『飛翔刀』から跳躍し、やがて正面に辿り着いた時、心と力を込めた渾身の二刀を振り下ろした。
奴の右手に風が集まり、ラヴファーストを追い払うように横へ薙ぎ払ったのだ。
それはラヴファーストに当たらず、虚しく空を切った。
「チッ、やりやがったか」
厄介なことに『神風』を腕に纏わせていたため、全てを根こそぎ空へ飛ばす強風が吹き荒れる。
究極スキル『神風』は本来、戦場を消し去るほどの変化を起こすスキルだ。
それを腕に放ち、効果を付与させるとはな。
あまりにも激しい強風に、ラヴファーストは踏ん張っていたが更に奴はパンチを繰り出した。
とっさの判断で二刀を巨体の誇る腕に振り下ろし、強打の威力を打ち消せたが『神風』が発動し、ラヴファーストは大地へ叩き落されてしまった。
急降下しながらも、体を捻って『飛翔刀』に向き直り叫んだ。
「『飛翔刀』!」
『すぐ、拾いに行きまっせ!』
『飛翔刀』は主人、目がけて加速する。
もう少しで主の肉体が地面に激突するギリギリで、辛うじて『飛翔刀』の背に乗せることができた。
ラヴファーストは地面すれすれを翔ける『飛翔刀』の上で体勢を立て直し、方向転換させ、もう一度奴に詰め寄っていった。
(一部を解析できたぞ)
「オルフォードか。なんだ?」
オルフォードの解析結果を聴くため『飛翔刀』を停止させ、耳を傾けた。
(名は『アンビバレンス』。召喚獣じゃな)
「『召喚獣』だと? あれほどの召喚獣が存在していたのか。他には?」
(そう焦るな。アンビバレンスの全体像をまだ捉え切れていないが、言えるのは『転生特典の召喚獣』である可能性じゃ)
『転生特典の召喚獣』だと?
確か大昔に挑んできた『転生者』と呼ばれる人物がそう呼んでいたな。
だが、その『転生者』は俺たちが殺したはず。
まだ、生きていたのか?
(あの頃とは姿形が異なっておる。同一個体とは思えんのじゃが、それでも『転生特典の召喚獣』というのには、強さで納得できるじゃろ)
「……強いことは強いが、刀から得た感情としては無に等しい。この戦いそのものに意味を成していないということだ」
『うむ、奴の拳には私達を本気で殺そうという志を感じなかった。真剣に戦う私だからこそ、読み取れた感情だ』
右手に握られた『刀槍矛戟』は、敵対する相手の感情を微小だが読み取ることができる。
微々たる感情からは、敵の目的や思考を知ることができる。
だが、目的や思考を読み取るといっても曖昧なので、次の行動を予測することなどはできない。
「本気で殺そうとしない志。つまり、目的を失ったということか」
(召喚者が召喚獣を呼び寄せた際、命令を下すことで行動させることができる。つまり、名無しの家を襲うように命令したのなら、名無しの家を襲うよう行動する)
「だが、名無しの家を襲うこともせず、攻撃してきた者へ勇猛に襲いもしない。そのように命令されていないからだ。だとすると、下された命令とは何だ?」
オルフォードの情報で知ったアンビバレンスを改めて確認する。
銀の翼を広げ、棒立ちの状態で空中に静止する二つの手と二足をもつドラゴン。
『転生特典の召喚獣』は特殊な召喚獣であり、謎が多い。
オルフォードは一息ついて、ある可能性を述べた。
(もしかすると、我らの王様かもしれんぞ)
「ミミゴン様を殺すことが命令の内容というのか……」




