59 名無しの家―10
転移石で飛ばされた先はもちろん、エンタープライズではあったのだが。
いつにも増して騒がしい。
ラヴファースト直属の部下は防具を身に着け、武器を背負い、トラックへ乗り込んでいく。
アイソトープのメイド達も、兵士たちをサポートしている。
「おかえりなさいませ、ミミゴン様」
「アイソトープ!」
「我らの王様が帰還なされたぞ!」
忙しく働いている兵士やメイドが塊となって、なだれ込んできた。
おい、潰される!
潰される、王様が!
数秒後の圧縮される自身を想像して、すぐにアイソトープに助けを求める。
「アイソトープ! 何とかしてくれー!」
「何日も家に帰ってこなかったからですよ、ミミゴン様。それに……助けを求めることができましたね」
「言うてる場合か! はやくしてく、ぐえ、ぎゃ、ご! 死ぬ、死んじゃう!」
人混みの荒波に揉まれ、流されていく。
必死になって、離れてくれと叫んでも、俺を呼ぶ声でかき消される。
「あなた一人だけが国を背負っているわけではありません。私達もこの国を背負わせてください、ミミゴン様」
メイドに抱きかかえられ(いい香り、いい感触)、商人から買った頑丈な装備をしている兵士にも抱きしめられ(かたくて痛いし、汗臭い)、お帰りといった感じではない。
だが、ラヴファーストが言いたかったことが理解できた。
太陽がもたらす光によって生物は生きている。
俺がいない期間は雲が空を覆いつくし、植物は育たず日を浴びることもできない。
年がら年中晴れというわけにもいかないが、それでも日光は必要だ。
王様も楽じゃないな。
彼らは光を欲していた。
だから、こうして……。
「ボールみたいにされているんだろうな」
誰かが俺を受け取ると上空へ投げ飛ばし、そして受け取った者が誰かにパスをする。
何もできないなんて……されるがまま……。
次は誰が受け取るのかと思っていると、吸い寄せられるようにして、アイソトープがキャッチした。
助かった、アイソトープ。
できれば、もう少し早くしていただければ……。
「さあ、あなた達。お帰りの挨拶は、これで終わりとしましょう」
アイソトープは、俺を慎重に地面へ下ろすと今までの雰囲気が変化し、戦いの始まりを告げる緊張が場を支配する。
全員が王に注目し、アイソトープが口を開ける。
「ミミゴン様、我々に命令してください。我々は、あなたに忠誠を誓った国民でございます」
そうか、分かった。
俺は誰よりも高く浮き上がる。
心置きなく言えばいいんだな。
雑音が消え、しばらくして俺の一声が響き渡った。
「戦え! 兵士たちよ! 今こそ武器を取って、思う存分アピールする時だ! この俺に見せてくれ! お前たちが全力で戦い、勝利する様を!」
「「「おーーー!」」」
力のこもった握りこぶしを挙げ、俺の期待に応えようとする民の生き様を、この目にしかと焼き付けた。
さて、ここからは俺が命令し、戦いに参加させる。
どこか後ろめたい思いもあるが、俺一人でどうにかなるわけじゃない。
だから、やってやる!
「ラヴファーストに鍛えられた勇敢なる兵士よ! 君たちは、ラヴファーストのいる名無しの家へ向かい、共に戦え! そして我が国民、ドワーフ達を何がなんでも護り抜け!」
おいおい、最初に会った時のお前らとは変わったな。
あんなにも暗い表情や気持ちを抱えていた時は、まるで別人だ。
この俺に忠誠を誓っていることが明瞭に分かる目だ。
だから、こんな無茶な命令も聞き入れられたんだろうな。
「いったい、どこの馬鹿が俺たちに手を出したか知らんが、思い知らせてやれ! エンタープライズは『最強』だということを! お前たちの力で見せつけてやれ! 証明してやれ!」
「「「ハッ!」」」
「やってやれないことはない! やらずにできるわけがない! さあ、進軍の時だー!」
その一声で兵士は、戦場へ向かうトラックに乗り込んだ。
次々とこの場を離れ、戦地へと赴いた。
送り出す言葉を発するたび、鞭で打たれるような電撃が全身を襲う。
なんせ、傷だらけの機械だからな、俺は。
平気な声出して、彼らを送り出しているけど、もうわずかな気力だけで意識を保っている状態だ。
そんな最中に更なる事態が国へ襲いかかる。
ヘリやら輸送機やらが、爆音をまき散らしながら飛んできたのだ。
次から次へと……全く……面白い状況になってきたな、おい。
今にも閉じそうな瞼を必死にこじ開けて、来訪者を確認する。
一台のヘリから降りてきたのは。
「ここが敵地であるエンタープライズとかいう、雑魚の国か。戦える兵士は去っていき、残ったのはメイドとはな。ククク、このことも見越していないとはな」
顔がイノシシみたいで、口から鋭い牙が反り立っている。
鎧から防護されていない部分を茶色い毛で覆われていた。
何の種族だ、あれは?
〈絶滅の危機に瀕した『オーク』でしょうかー。もう絶滅した種だと思っていましたがー〉
あいつが襲撃犯のリーダーなのか。
ヘリの扉は開かれ、乗り込んでいた傭兵と思しき者達が地に立っていく。
武器を両手に抱え、俺たちに向ける。
種族も様々で、人間もいれば竜人もいる。
装備もバラバラだが、奴らの共通の敵であるエンタープライズを目的とし団結しているのだろう。
「さてとだ……野郎ども! 邪魔者を消し去り、国を潰せ!」
「それを依頼したのは、どいつだ?」
「知るのは、あの世に逝ってからでも遅くないだろう?」
リーダーのオークが敵を指さし、それに従った傭兵はなだれ込んでくる。
王としての俺は、アイソトープと残ったメイドに命令を下した。
「俺は、どんな奴でも受け入れる国にすると約束したな。……あれは、嘘だ。家を汚す者から、家を守るメイドとして、全力でエンタープライズを死守しろー!」
「「「お任せください! 隅から隅まで塵一つなく掃除しつくします!」」」
「これが私、アイソトープが育てた可愛いメイドたちです。いかがでしょうか、王様」
「……立派だ」
戦うメイドは各自、武器を掴み傭兵たちに向ける。
アイソトープは部下に気合いを入れるため、掛け声をかけた。
「さあ、あなた達! 私がお教えした掃除術で綺麗にし、『領域の番人』の誇りに懸けて、ご主人様をお守りしなさい!」
アイソトープの命令はメイドの魂に火を点け、役割を果たそうと雄叫びを上げながら傭兵に突っ込んでいく。
メイドといっても、バカにはできない。
なぜなら、レベルも平均40以上。
王が不在の合間に何があったんだ、と問い詰めたいが、だいたいアイソトープのせいということにして決着をつける。
レベル40もあれば、傭兵にも苦戦しないし、何よりハンターしてなら大成功を収められるほどだ。
無論、彼女たちは百戦錬磨の傭兵相手に無双しているといっても過言ではない状況だ。
「馬鹿な……!? あの報告は嘘だと思っていたが、予想以上だ……」
思いがけない情景に、オークは気が動転している。
落ち着きをなくしたリーダーは、逃げ腰の傭兵を奮い立たせた。
「何をしている、てめぇら! ここから先、一歩も退くな! 退いた奴は殺すぞ! さあ、やれ!」
「「「ひぃぃー!」」」
それでも逆転することはなかった。
ふん、馬鹿か。
誰を相手にしていると思ってる。
自分たちの愚かさを身に染みて分からせてやれ!
う、うう……意識が遠のいていく。
ここらで限界か。
気力で保っていた意識が煙のように消失していく。
後は……頼んだぞ。
「お休みください、王様。目が覚めたら、そこは今までと変わりない楽しい毎日が帰ってきますよ……」
そうかい……。
楽しみに……してるよ……。




