58 名無しの家―9
気力の限りを尽くして『魔障壁』を発動させる。
『魔結界』より、強力な『魔障壁』は今ある魔力を全て使い果たして、超強力な障壁を張ることができる。
残されている魔力の量に応じて障壁の強度が変わる。
幸い俺の魔力量は、かなりあるらしい。
『助手』の計算通り、名無しの家を赤い障壁で覆っていく。
防衛電力障壁と『魔障壁』の二重の護りで、名無しの家を守る作戦だ。
だが、エルドラを一撃で葬り去る光線を放つ奴に対しては、軽い気休め程度にしかならないだろう。
それでも、いい。
何もしないよりかは、よっぽど良い。
何より、安心感を立派に感じさせる。
そして、限界を告げる疲れがドッと押し寄せた。
そりゃそうだよな、と自虐気味に呟く。
気力も空に近いし、魔力だってすっからかん。
生命力はあっても、体が動かない状態だ。
飛行機が墜落するように機械の俺は落ちていく。
ガシャン! と激突音をたて、地面に転がる。
後は……。
白い牙を見せる巨大な津波は、二重に張った障壁へ噛り付くように襲った。
上層は防衛電力障壁が覆い、下層は『魔障壁』が覆う。
防衛電力障壁は波の勢いに抗っているが、それでも勢いは衰えない。
やがて、防衛電力障壁の大きさを優に超えた波が襲う。
名無しの家の周辺は砂漠のように何もなかったが、魔物はいる。
その魔物がどうなったかは確認できない。
確実に言えるのが等しく死を迎えたということだろう。
「……エルドラ。お前の安心感がどうにも気になる。だから俺は奴とは戦わず、障壁を張ったわけだが」
(クックックッ! よくぞ気づいた、我が親友よ! 既にそちらに向かっておるぞ!)
もう……向かっている?
俺は腹をくくって、エンタープライズにいる超人に助けを求めようと考えた。
だが、意識を取り戻した直後からのエルドラの言葉には安心感が含まれていたように聴こえた。
それは、エルドラが既に救援依頼をしていたからだろう。
それじゃあ……いったい誰を呼んだんだ?
(ハハハハハ! 今は、だらしない我とて昔は『帝龍王』を名乗っていたのだ。その我を護っていたのは……)
上空から、聞き覚えのある声が響いてくる。
「氷THE刀!」
『冷たい一撃、凍ってしまえですぅ』
――!?
何かが一瞬にして通り過ぎていった。
青く光った刀が、ものすごい速さで目の前を飛んでいった。
その刀の行く先には、俺らを苦しめている巨大津波。
勢いそのまま、障壁に阻まれることなく、壁のようにそそり立つ波へ突き刺さると同時に凍らせはじめた。
突き刺さった一点から瞬く間に激流の波を凍らせて止め、やがて覆いつくさんとしていた津波は物の見事に凍結してしまった。
何が……起こったんだ?
おまけに、驚愕する俺の隣で水色の板が勢いよく地面に突き刺さる。
いや、水色の板ではなく、よく見れば剣だった。
水色の大剣だったのだ。
その上に誰か乗っている。
大剣に口はついていないのだが、スピーカーのような声を発した。
『無事、着きましたぜ』
「ご苦労だった、『飛翔刀』」
(頼もしい助っ人は……ラヴファーストだ!)
ラヴファースト!?
エルドラはラヴファーストを呼んでいたのか。
板のような剣に乗って飛んでくるとはな……。
「エルドラ様のご命令により、ミミゴン様の救出にきた。大丈夫か?」
「いや、ダメだな。これっぽちも体が言うことを聞いてくれない」
「そうか……」
そう言って、巨大津波へ向き直る。
いや「そうか……」で終わらさないでほしい。
結構ヤバい状況なんだが。
もしかして、愛想を尽かされたのか。
黒いスーツを身に纏い、引き締まったスタイリッシュな肉体からは、圧倒的なオーラが輝いている。
スーツの内ポケットからメガネケースを取り出し、メガネを手に取る。
レンズの半分にフチがあるスクエアのメガネを丁寧に装着した。
視力は別に悪くはない(むしろ良すぎると聞いた)のに、戦闘する際にメガネをする。
特殊なレンズなのだろうか。
「出てこい『黒THE刀』! 『核THE刀』!」
両手を軽く開き、魔法陣が描かれた地面から飛び出した刀を握ると、そのまま『氷THE刀』が突き刺さる一点へ飛ばした。
「行ってこい」
『いってくるのですぅ~!』
『ゆくぜぇ~!』
『黒THE刀』を先頭に『核THE刀』が追いかける形だ。
何やら叫んでいるようだが、ラヴファーストの容赦ない投げで聞こえなかった。
喋る刀のスキル『召喚刀』の使い手ラヴファースト。
呼び出した二本は、あっという間に飛んでいき『氷THE刀』『黒THE刀』『核THE刀』の順に突き刺さると大爆発が生じ、氷塊を砕いていく。
けたたましい爆発音が全体に散らばり、バラバラになった氷塊が地に落ちていった。
再び明るい月の光が、名無しの家に差し込み、奴の正体も現した。
「あれがそうか……」
「ラヴファーストが来てくれたなら倒せるはずだ」
「ミミゴン様は、エンタープライズに帰還してくれ。ここは任せてもらおう……」
「俺も何か役に……」
ラヴファースト一人に任せるのは気が引けた。
だから、何か役に立とうと言葉を発したが、その前にラヴファーストは石をこちらに放り投げた。
──あれは転移石!?
「おい!? ラヴファースト!」
「皆が王の帰還を待っている。王は太陽だ。ずっと暗い国は嫌だろう。今からでも照らしにいってほしい。……あとは、このラヴファーストがやる」
「……頼んだぞ」
なんだろう、この晴れ晴れとした気持ちは。
いつもと違うラヴファーストの表情をしていた。
こんなに頼もしい存在だったとはな。
仕方ない、頼るとするか。
あの……人間をやめた最強の男に!
眩い光を放った転移石の効果で、動けない俺をエンタープライズへ転移させた。
久しぶりの帰国だ。




