55 名無しの家―6
工場を飛び出し、まず目に入ってきたのは真っ暗闇の深夜だということ。
そうだ、この時間は寝る時間だろうが。
それから、目に映ったのは。
「魔物かよ。しかも大量かよ」
街中に入り込んでくる魔物の数々。
そして、響き渡るサイレンと避難指示だ。
『戦えぬ者は、工場へ避難しろ! 野郎共は武器を持って、避難する時間を稼げ! 早くしやがれ!』
この声は、レンジか。
避難指示を聞いた子供や女性が、工場へ逃げ走ってくる。
助手、起きてくれ!
〈はいはいー。今、起きましたー。もう、寝させてくださいよー。ふぁ~〉
「呑気に、あくびしてる場合か! くそ、『インフェルノ』!」
子供たちを襲おうとした狼型の魔物に、巨大な火の玉をぶつけ消滅させる。
倒れた子供を無理やり立ち上がらせ、走らせた。
とりあえず、避難が完了するまで『インフェルノ』だけで倒すか。
『インフェルノ』しか強いスキル、知らないし。
「『インフェルノ』! 『インフェルノ』! まだ湧いて出てきやがる!」
工場に近づく魔物を一掃し、防衛しているが際限がない。
助手、お前を待っているんだ!
早く起きて、戦ってくれ!
〈あと、五分だけー〉
二度寝すんじゃねぇよ!
ほら、お前の大好きな戦闘だぞ!
〈嫌いですけどー! ていうか、私一人に押し付けないでくださいよー! エルドラ、聞こえているでしょー!〉
(うむ、聞こえておる。ミミゴンとの、楽しそうなやり取りをな)
〈わざと聞かせているんですよー! それに楽しくありませんよー! あなたも何とかしなさいよー!〉
エルドラも聞いていたのかよ。
常に三人で会話しているようなものだったのか。
って、おい。
助手がサボるんじゃねぇ。
〈戦闘、嫌いですー! 今回は、ミミゴンに任せますー! あと、最強のエルドラさんにもー。タノモシイカラナー、エルドラハー〉
(最強だと言うし、頼もしいと言うなら、仕方ないな! ワッハッハ、我の攻撃を食らわせてやるわ!)
おー、頼もしいぞ、エルドラ!
軽く助手に乗せられているけど。
酷い棒読みに、なぜ気付かない。
正面に、俺を殺そうと剣を持って走り寄ってくるゾンビ。
ゾンビって、夜に復活する元人間だったか。
もう、目に生気は宿っていない。
ただ、殺そうと武器を振り回すのみだ。
そこで、エルドラは遠く離れた名無しの家の敵に攻撃を加えた。
バナナの皮を踏んだみたいにこけて、尻餅をつかせた。
……こかすだけか。
こけたゾンビは起き上がろうと、必死に手足を動かしている。
エルドラは、このしょぼさに謝罪してきた。
(いや、すまない。転ばせる力しか出せないのだ。我が迷宮から脱出できたら、強いんだがな)
「手柄を奪ったハンターにやった転ぶ呪いか。くっ、今は頼りにならない……」
(せめて、転ばせる呪いで援護する。許してくれ、ミミゴン)
許すしかない。
『とりあえず許しとけ』というお師匠様の教えもある。
ああ、助手!
いい加減、目を覚ましてくれ。
俺だって寝たいんだ。
転んだ魔物を上から踏んづけて止めを刺しながら、助手を起こす。
『急所発見』のスキルで、わずかに透き通って見える心臓を確実に踏み抜いていった。
力いっぱいに踏んづけたせいで返り血に勢いがつき、全身を赤く染めていく。
質の良いスーツが……。
間もなく、エックスが小柄な肉体からは想像できない速さで駆け寄ってきて、俺に指示を下した。
「なあ、ミミゴン。街を守る『防衛電力障壁』を張るために、急いで電源装置を起動させに走ってくれねぇか」
「『防衛電力障壁』? そんなのが、あるのか」
「街を塀で囲っていないだろ、めんどくさいからな。魔物が近寄らないよう、聖水を振りまいているだけだ。まあ、こういう事態に備えて、全電気エネルギーを消費して強力な障壁を作り上げる装置を開発していたんだ! 戦場に暇はねぇぞ! こいつら連れて、電源装置に向かえ!」
「ああ、分かった。いくぞ!」
ランタンと道具をもっている二人を連れて、エックスが指さした方向に駆け抜けた。
『疾風迅雷』で瞬間移動し、通り道の敵を殴ったり蹴り飛ばしたりして、薙ぎ払っていく。
そこに、炎の剣を振り回す人影が見える。
「おいおい! 一体全体どうなっているんだ!」
ん、あいつ、確か……。
剣は炎を纏い、魔物の猛攻から身を守っている青年がいた。
防御と同時に炎の剣による反撃を食らわせ、地道に討伐している。
それでも、流れゆく時間と共に敵の数も多くなる。
そうなれば囲まれる。
現に囲まれていた。
なら、俺の出番だ。
とにかく魔物を殴ったり蹴ったり、助手がいない時の戦闘法で数を減らす。
スキルとか、いちいち使い分けたり、覚えたりがめんどくさいからな。
格闘しかないんだよ。
「やっと、終わったみたいだ。ありがとう、ハンター」
「ああそうだな、テル……」
言いかけて慌てて、口をつぐむ。
テル・レイランなんていったら、ミミゴンだってバレるかもしれない。
こいつの中のミミゴンは誤解を生んだままである『傭兵のミミゴン』だから、こんな非常時に喧嘩なんてしていられない。
あの時の傭兵だということが、バレるわけにはいかない。
あの時、化けていた人間と違う人間に『ものまね』しているので、多分バレないはずだ。
剣に纏わりついていた炎は、レイランが鞘に納めると解除される。
後ろのドワーフ二人が息を切らしながら、ようやくここまで来た。
ゼェゼェと必死に呼吸をしようと努めている。
その二人がレイランを見て。
「あっ、いつもお世話になっております。レイランさん!」
「鍛冶屋のとこの息子さんじゃないか。こんな時に何してんだ?」
「実は、ミミゴ……」
お前ら、ミミゴンって言っちゃいけねぇんだぞ!
ミミのところで、急いで口を塞いで『テレポート』を発動させたいのだが。
レイランが疑問をぶつけてくる。
「今、ミミゴンって……」
「いや、耳がゴールデンって言おうとしたんだろ」
「耳がゴールデンってどういうことだ。今、言うことじゃ……」
「お前は工場にいる人たちを守れ! じゃあな! 『テレポート』!」
「おい!」
目標の電源装置がある建物を見つけたので『テレポート』で瞬間移動する。
これでレイランから逃げ、足の遅いドワーフを一瞬で連れていけた。
一石二鳥である。
「さっさと始めてくれ! 時間がねぇんだろ!」
「分かってますよ、ミミゴン様。それより、なぜレイラン……」
「後で答えるから、早くしてくれ」
いや、答えねぇけど。
ランタンを小さい発電所みたいな電源装置の横に置いて、作業現場を明るくした。
急いで道具の入ったケースを開け、道具を上手い事使って、電源装置に何かしている。
見ている俺はよく分からないが、今建物に魔物が侵入してこないか、見張っていた。
当たり前のように、魔物が襲ってくる。
『眼力』と叫んで目をカッと開け、魔物を吹き飛ばして殺す。
建物の前に移動し、戦っているとあるものに気付いた。
「何か上空が明るいな。月が出てきたのか?」
夜空に光る一点の光。
最初は月が出てきたのかと思っていたが、徐々に明るく大きくなっている。
雲に隠れて、うまく識別できなかったが、察した時にはもう遅かった。
〈あッ、あれはー!?〉
(ミミゴン! 究極スキルだ! 避けろ!)
「――『ものまね』! 『究極障壁』!」
とにかく『ものまね』と叫んだ。
それに避けるわけにもいかなかった。
『テレポート』を使えば避けることは余裕だが、電源装置で作業している二人が死んでしまう。
それに防衛電力障壁も発動できなくなる。
これらを避けるために『ものまね』で……最強クラスのエルドラになったのだが。
「グハァ!? ウッ、ガハッ!?」
(ミミゴン!?)
『究極障壁』で防いだはずなのに……。
喉奥から熱い何かが溢れ、激しく吐き出した。
ぬらぬらした真っ赤な血液。
まさか、エルドラに化けて血が出るとは。
それに口からだけではない。
『究極障壁』を貫き、俺の体を抉って、腹にポッカリと穴が空いている。
穴を埋めようと何かしらのスキルが発動しているが、その間にも鮮血がほとばしった。
うっ、頭がクラクラする。
……限界か。
エルドラの肉体が力尽き、元の機械の体に戻る。
「嘘だろ! 最強のエルドラの肉体で、一撃? 一撃必殺だと!?」
(何なのだ! あのビームを放った化け物は!)
空を見る。
綺麗な星空が姿を見せたが、俺が見たいのは別の物だ。
そう、あの強力な『究極障壁』さえも貫くビームを放った奴は空中で静止していた。
そいつは、銀の翼を生やした巨大な龍とでも呼べばいいだろうか。
いや、あれこそがファンタジー世界における『ドラゴン』というものだろう!
まさにラスボスとして妥当な存在が、そこにいたのだ。
そいつは腕を組んで、見下ろしていた。
〈これはやばそうですねー!〉
「やっと、起きたか『助手』!」
これで勝てる……と思い込んでいた俺が情けなかった。
『助手』を頼りきりにしていた罰だろうか。
あるいは、俺が最強だと自惚れていたからだろうか。
いや、両方か。
天罰に等しい不測の事態に見舞われたのだった。
〈ちょっと『見抜く』で正体を見てみましょうかー〉
《『見抜く』が『妨害』によって阻まれています》
〈はいー!? 誰ですー!?〉
俺は、エルドラの『ものまね』で奴と対峙しようとした。
再び、『ものまね』を……。
「あれ、『ものまね』が発動しない……? 『ものまね』! 『ものまね』!」
〈ミ、ミミゴンー……ちょっとー、覚悟してくださいねー……〉
おい、どうした!?
何だか、視界がグラグラ揺れているぞ。
〈意識が、持ちそうに……ないんですー! 今、必死に『妨害』による意識攻撃を防いで、いる、の、ですがー。ごめんなさーい! 潔く死にましょー!〉
「冗談だろう!?」
(ミミゴン! ミミゴ……)
視界が真っ暗になった。
エルドラの悲鳴が聴こえなくなり、目の前の敵も見えなくなってしまった。
体が冷めていくような感覚に襲われ、終いにそれすら感じることができなくなった。




