54 名無しの家―5
どうして、そんなに自分を卑下できるんだ?
自分のことを『弱者』だと言い切るんだ?
『弱者』は『弱者』を演じ続けなければならない?
『出る杭は打たれる』?
レンジの言葉を脳で反芻した。
あまりにも衝撃的だったからだ。
俺は……本気で、こいつらを強い奴だと思った。
なのに、いざ話を聞けば……。
「……のむ」
「うん?」
声が出ていなかった。
か弱い声を聞き取ろうと、レンジが耳を近づけてきた。
どうしても、どうしても言いたいんだ。
「頼む! 世界を救うためなんだ! だから、俺はここに来たんだ!」
レンジは驚いて後ろに下がったが、せめて伝えさせてほしい。
お前たちの力を借りたいということを!
相手の顔色を窺いたくないため、前を見ることはできなかった。
ただ地面に向かって、心に押し寄せる気持ちを言葉に変換して、音にして出すしかできなかった。
「お願いだ! お前たちの力で、世界は救えるんだ! 新都にいるドワーフではダメなんだよ! 名無しの家にいるドワーフじゃないと、ダメなんだよ! だから、頼む! この俺を、王だと認められないというなら、認められるまで何でもしよう。それでも認めてもらえないなら、諦めよう。だからだ……しばらくの間でいいんだ。エンタープライズに力を貸してくれ! 世界を救う国をつくることを親友と約束したんだ! ……お願いしたい! 『出る杭を打つ』ような奴から、俺が守るから!」
(ミミゴン……我の夢を無理して叶えなくていいのだ! あくまで『夢』は『夢』なのだ! もう、いいんだ。……下げる必要のない頭を下げるんじゃない!)
エルドラ、俺は無理なんてしていない。
転生したからといって、生きる動機を見つけられていたのか?
恐らく、退屈していたはずなんだ。
異世界ということで、最初はワクワクするかもしれない。
けど、段々と飽きてくる。
というより、気づいてしまう。
異世界だけど、現実と変わらないって。
魔法が出てきたら面白いのか?
強いからって、面白いのか?
結局のところ、生きる目的を持てないと面白くないんだよ。
この世界で何をしようか、って生きる動機を見つけないと面白くないんだよ。
(我の夢が、ミミゴンを生かしていると?)
そうなんだよ。
生きる動機を持ってなかったら、暇じゃないか。
俺は暇というのが怖いんだよ。
何か目標に向かって動いてないと死んじゃうんだ、たぶん。
それから、人の役に立ちたい。
そんな性格なんだよ、俺は。
「そうなのか。俺たちが世界を救えるのか……」
レンジ?
襟を掴んでいた力は自然と緩み、レンジは解放される。
辺りを見渡すと、ドワーフたちの目に光が見えた気がした。
「『家族』には、どんな奴にも礼儀が必要と言っていたんだがな。言った本人が、一国の王様に口答えしてしまった。すまない、許してくれ。ミミゴン……」
「いや、俺の方こそ。偉そうに説教してしまったな」
「あんたは悪くねぇよ。あんたの言う通りだ」
レンジは、小さいがゴツゴツした逞しい手を伸ばしてくる。
俺は、考えるより先にその手を握っていた。
握手。
「これで今までの事は水に流れた」と言って、レンジは手を離した。
「仕切り直しだ、王様。俺も、あんたの国エンタープライズとやらに住みたくなった」
「本当か!?」
「本当だ。少なくとも俺は、その道を選んだ」
険しい顔つきだったレンジが口角を上げ、笑ったのだ。
それにつられて、俺も鏡で練習した時以上の笑顔を見せることができた。
だが、その笑顔は長続きしなかった。
「だが、そのためには解決しなければならない問題が発生するんだ」
「解決しなければならない問題?」
また、険しい顔つきになったが、あの暗かった時のレンジとは違う。
今度は、希望に溢れた雰囲気を見せてくれた。
「で、問題って?」
「なぜ、スラム街で今なお、働き続けていると思う? なぜ、ここを離れたくないと思っている?」
なぜ、離れたくないか?
確かに、新都に立ち向かうのだったら、エンタープライズでもできる。
職人は、ここで作り続ける理由があるのか?
俺は、名無しの家について思ったことを声に出してみた。
ヒントが見つかると考えたからだ。
「武器、防具、回復薬やアイテム、車も改造したり製造もしたり。実に多種多様な対応をしているな」
「そうだ。それにあんたの言った通り、質だって新都リライズに負けちゃいねぇよ。いや、俺たちの方が上だと、確信しているぐらいだ」
なのに自分たちを『弱者』とか言ったのか?
これで『弱者』なら『強者』は、どのくらいなんだと質問してみたいほどだ。
名無しの家に、何か秘密があるのか?
絆とでもいうのか?
いや、そもそも『商品をここで売っている』んだったら『買いに来る客』がいないと成立しない。
「客? お得意様がいるから、離れられないと?」
「正解だ。さすが、王様だな」
王様は関係ないと思うが。
だが、お得意様か。
確かにここを離れられたら大変だな。
レンジは質問を続ける。
「さて、そのお得意様とは誰の事だ? 分かるか?」
「装備を買いに来るんだから、解決屋のハンターとか傭兵とかだろ」
「それだけでは不十分だな、答えとしては」
これだけでは不十分?
ハンターや傭兵が買いに来るのは当たっているらしいが、他にいるのか?
いや、疑問に思ったことがある。
武器防具は新都リライズでも売っているはずだ。
欲しいなら、あそこで買えばいい。
「もしかして、安いから? とか……」
「それもあるが違うな。不正解だ、平民」
王様から、平民になっちまった。
次間違えたら、どうなるんだ?
おい、そんなこと考えている場合じゃない。
安いとか場所が近いとか、そんな安易な答えでは無いはず。
場所も新都リライズの方が近いはずだ。
電車も通っているし。
安全性という答えも脳裏に浮かぶが、少し違う気がする。
悩んでいる俺を見て、レンジはヒントをくれた。
「あんたは一回、新都リライズに行ったんだよな?」
「え、ああ。新都リライズの女王エリシヴァに紹介されて、ここに来たんだからな」
「なら、気づいたはずだ。ここに来て『アレ』がないと思わなかったのか? 俺たちを苦しめている『アレ』だよ」
『アレ』?
なんだ『アレ』って。
俺たちを苦しめた『アレ』だと?
…………そうか!
「『ヴィシュヌ』だ。そういえば『ヴィシュヌ』という単語を聞いてない」
「おい、気づいてなかったのかよ」
呆れ顔のレンジとは対照的に、俺はスッキリした顔をしている。
だが、答えはそれではない。
それは、ヒントなんだ。
ならば、答えは。
「『ヴィシュヌ』を入れていないハンター達がお得意様か」
「まあ、正解でいいか」
無事答えを得ることができた俺に、レンジは解説してくれた。
理由として。
当然『ヴィシュヌ』を入れたくないという人間や竜人などがいるのは事実だ。
新都リライズでは、購入の際にも遠慮なしに『ヴィシュヌ』の開示を求められる。
『ヴィシュヌ』は個人情報を公開するシステム。
ダンダンの言ったように『ヴィシュヌ』のデータは、リライズに管理されている。
管理されたくない人は拒絶するし、そもそも得体の知れない者を体内に入れたくない人もいる。
理由は様々。
だが、それでは新都内での購入はほぼ不可能になる。
そこで名無しの家は『ヴィシュヌ』の必要とすることなく、買うことができるシステムを採用している。
つまり『ヴィシュヌ』を持たぬ者にとって、ここが唯一買い物できる場所なのだ。
もう一つの理由は『安い』し『質』が良いから。
『安い』理由は、素材を購入者が持ってきてくれるからだ。
素材を取りに行く手間がなくなるので、全体的に安くなる。
これらが、名無しの家の魅力である。
うーん、これらの理由があるから離れられないのか。
「解決策があるなら、喜んで付いていくさ」
「じゃあ、無人化したらどうなんだ?」
「無人化?」
「機械を造るとか。例えば自動販売機にジュースだけじゃなくて、武器や防具も入れておけば、あとは購入者がボタンを押せば商品がでてくる。ある意味、自動化だよ。それに、人件費やら手間も削減できるから、価格も抑えられる。そんな自動販売機を作ることくらい簡単だろ?」
ドワーフの人ごみから、不満の声が飛んでくる。
「けどよ、お客とのコミュニケーションがとれねぇじゃねえか。そしたら、離れる客も出てくるんじゃねぇの?」
「確かにそうだ、俺たち職人は客との雑談も大切にしているんだ。コミュニケーションっていうのは、意外と商売に関わるんだぜ」
「なら、AIを搭載した自動販売機にしよう!」
人工知能とやらは、すごい! としか知らないが、いけると思う。
どうやら、AIに詳しい職人もいるらしい。
「できないことはないが」と言ってくれている。
なら、やってやろう! とガッツポーズを見せつけたが、ここでも反対意見が出てきた。
俺は黙って、成り行きを見守ることにした。
「なんか、それだけだと単調で客も離れていくのでは?」
「じゃあ、喋る内容を魅力的にしよう! 例えばだな、ワシはあまり好きではないが女の子の声で『デレツン』な性格……」
「『デレツン』ってなんだよ! 『ツンデレ』が良いんだよ! 『ツンツンデレデレ』こそ、客の心をガッチリと掴むはずだ!」
「いや、そこは『死ンデレ』だな。自動販売機が死んだふりを……」
「自動販売機が死んだふりってなんだよ!? それより『バカデレ』だよな! バカな子は可愛い、これこそ……」
「デレデレ、うるさいんだよ! デレなんて何でもいいんだよ。それよりも『ドジッ娘』をだな……」
「萌え要素や属性を語るうえで……」
な、なんだ?
何が始まったんだ。
急に『なんちゃらデレ』とかいう話が始まった。
そもそも『デレ』ってなんだ。
俺の頭には、その言葉がインプットされていない。
新都リライズで、本でも買う必要があるな。
工場内で叫ばれる内容が『自動販売機の性格』。
その争いが爆発的に広がっていく。
各地で、あれがいいだの、これがいいだのと語りまくっている。
お前ら、そんなに話せるなら最初から……。
「皆! 大変! 魔物! 外!」
唐突な叫び声が、無駄な議論を終わらせた。
鎮火させた叫び声を発した人物は。
「レモレモ?」
カリフォルニア・レモレモだった。
さっき魔物って言ったか。
外から、魔物が来たというのか。
レンジが、レモレモに魔物発言を問いただす。
「レモの姉貴、外から魔物ですかい?」
「うん! レンジおじさん、エックスじいちゃん! 助けて!」
レモの姉貴って言われているのか。
この齢にして、なんという……。
エックスは、急いで外に駆け出した。
レンジや他のドワーフも、真剣な表情で工場から飛び出ていく。
『危機感知』をオンにしている。
が、反応はないということは俺のレベルより高い魔物はいないということだ。
けれど、なんだ、この不安は。
俺の勇気を圧し潰そうという、この不安は。
「考える時間なんてない。今やらねば、誰がやる! 『危機感知』に反応がないからといって、安心できない。俺は王だ。大切な民を守らねば!」
「ミミゴン……レモ、戦いたいの!」
この女の子に戦わせる?
させるわけにはいかないだろ。
彼女に殺す武器を持たせたくない。
だが最低限、身を守れるものでないとな。
なら、これしかないな。
「『武器創造』! 『武器スキル付与』! 『無重量』『睡眠弾装填』!」
イメージした銃が手に握られていた。
よし、小さいサイズだ。
映画で、スパイとかが隠し持つ拳銃を創造した。
睡眠弾を発射するから、魔物を深い眠りに誘うだけだ。
血とか、残酷なものは見なくて済む。
レモレモに、その銃を手渡す。
「魔物が来たら、撃ち返せ! ここを守ってくれよ!」
「うん! レモも戦うんだ!」
ほんと、逞しく見えるな。
見た目は、か弱い少女かもしれない。
けれど、強い力を隠し持っている。
名無しの家に対する愛情が引き起こす力というものか。
彼女だけじゃない。
ここのドワーフもだ。
今、その秘めたる力を発揮する時なのだ。
俺は戦う決心して、工場を飛び出した。




