53 名無しの家―4
『異次元収納』から、アイソトープにつくってもらった手鏡を取り出し、身だしなみをチェックする。
第一印象を侮ってはいけない。
笑顔は大事だ。
鏡に向かって笑いかければ、当然鏡の中の俺も笑う。
顔だけでなく、服装にも鏡を向ける。
いっさいのしわがないスーツに、首元を軽く締め付けるネクタイ。
ちょっとぐらいカッコつけろ、と先輩芸人に言われたことを思い出し、キリッとした凛々しい顔を浮かべた。
序盤は笑顔、中盤以降の真面目な議論を交わす際は、真剣な表情を浮かべよう。
そう、決めて目の前の戦場に向かう。
もうすでに、話声が聞こえる。
何が始まるのか、と疑問の声が。
助手……こういう時に役立つスキルは持っていないのか?
〈一応『洗脳』やら『マインドコントロール』『圧力指示』『操作命令』等の話術系スキルがありますがー〉
……使わないでおこうか。
ここは小細工なしで戦い、交渉の技術力を磨く場と考えるべきだ。
スキルを使用しての話し合いなんて、あっけなさすぎて面白くない。
それに、相手側も何かしらの違和感を覚え……。
〈あー! やられたじゃないですかー! しばらくセーブポイントがないんですよー、このダンジョンー! ミミゴンが話しかけてくるからだー!〉
それは、すまない。
リアル体感型ゲームだったな、助手がやってるのは。
お前の気持ちはわかる。
今までの努力が無くなる辛さは知ってるし、真剣にゲームしてる時に邪魔されたら嫌だよな。
〈分かっているなら、責任とってくださいよー! あー、もー、やる気でないー! あのトラップに、また挑めというんですかー!〉
そういう時のな、対処法を知っているんだが。
〈なんですかー! それはー!〉
誰が聞いても怒っていることを理解できる怒声が脳に響く。
それはだな……寝ることだ。
寝たら忘れるから、俺はキレそうな時……すぐ寝た。
〈おやすみー!〉
寝ると提案した俺だが、もしも不測の事態が発生した際、どうすればいいんだ。
特に戦闘が起こった場合、全スキルを把握していない俺が状況の確認で手足をとられ、余裕がなくなる。
いや、大丈夫だ大丈夫。
仮に起きるとしても、今の俺にとっては雑魚しかいないはず。
記憶している第三位魔法で、対処可能だろう。
ネガティブ思考はダメだ、切り替えろ。
自分の頬を眠気覚ましの意味も込めて、強く叩く。
……よし、行くか!
そうして、スラム街で最大の建物に足を踏み入れた。
緊張と確かな自信を抱いて。
「おっ、やっと現れたか! あいつがミミゴンだ!」
エックスがマイクを持って、俺を指さす。
他のドワーフ達が、エックスの指を向けた先にいる俺を凝視する。
多数の視線が向けられることには慣れている。
「俺が、エンタープライズという国の王様だ! よろしくな!」
全力を尽くし、注目される視線に負けぬ大声を出して、押し返すように存在を現した。
俺の発言から間があいたところで、ようやく歓迎の声や拍手が聞こえてきた。
「よく来たな、王様!」「王様って一人で行動するの?」「何しにきたんだ、こんなところに……」
など、様々な声が耳に届くが、誰が言っているのかは確認できない。
地べたに座ったドワーフ達に、視線を向ける勇気はとうに尽きていた。
せいぜい、左右に笑顔を見せるだけだ。
エックスが手招きする場所まで、ドワーフに囲まれながら歩いていった。
手招きされた場所には、鉄の箱が一つ置いてあるだけで特に変わったものはない。
ここに乗れということだろうか。
鉄の箱に乗った所で、エックスは年齢とともに年老いた口を開け、声を出す。
「よし、始めるとするか! ミミゴン、用件を言ってやれ」
用件。
「なぜ、俺が来たか。あなたたち、ドワーフの力を借りにきたからだ!」
もう怖いものはないように、自信満々に振舞う。
目的を思い出したら自然と口が動く。
次々と言葉が放たれる。
さっきまでの草食動物が放つオドオドした緊張感など、もはや忘れてしまった。
「エンタープライズは、平和で! 差別なく! 人種に性別どころか、宇宙人だろうが異世界人だろうが! どんな存在も受け入れる国を実現する! 国に捨てられ、行き場のない放浪者達なんて作らせない! もう『帰る場所がない』なんていうセリフを言わせない! 世界にとっての、全人類にとっての『家』だ! 帰ったら温かい食べ物、温かい『おかえり』が待っている『家』だ!」
呼吸することなく、一気に言いたいことを並べた。
息切れを起こし、失った酸素を取り戻す呼吸をした時、誰かが拍手をする。
そして、それに続いて二人目の拍手が起こる。
三人目、四人目、五人目……。
拍手の音は、次第に大きく強くなっていく。
中には、泣いている者もいる。
……成功したのか、俺の言葉でちゃんと伝わったのか?
「おい、お前ら。拍手を止めな」
一人のドワーフが、前に出てくる。
作業着を着たドワーフは、俺が乗っている鉄の箱の正面に立った。
同時に、さっきまでの大きい拍手が鳴り止む。
ドワーフはニヤケながら、壇上の俺に目を向ける。
「なあ、ミミゴン。あんたの演説は下手くそだな」
「下手くそ……まあ、アドリブは弱いからな。原稿書いて、練習しておくべきだったか」
「フッ……演説は下手だったがな。だが、あんたの発した言葉に嘘偽りを感じなかった。つまりだ、あんたの熱意に負けちまったってわけだ」
嬉しいこと、言ってくれるじゃないか。
何だったんだよ、俺の不安は。
こうなることが知っていたら、もっと上手く演説……。
ただ、目先のドワーフは目の色を変えて発言する。
「けどな、俺たち名無しの家で住む者にとって、ここは故郷だ!」
そう言って、怒り心頭のドワーフは後ろにいるドワーフたちに振り向き、怒号を浴びせた。
「なあ……お前ら『拾い子』は、育ててくれたこの街を簡単に捨てて出ていく恩知らず共だったのか! 流れて流されて、自分で考えることもせず、ただただ自分勝手に生きているクズの集まりだったか!」
賛成していた者達は顔を俯かせ、上げようとはしない。
まずい、この状況はまずい。
このままでは、このドワーフの雰囲気に飲まれてしまう。
隅の方で、静かにしているエックスにも言葉を投げかける。
「エックスも黙ってないで、俺らが築き上げたこの『家』を守れ! お前はいいのか? 育てた『家族』が、ゴミのように捨てていって!」
エックスは怯むことなく、自身の思いを伝える。
「レンジ……出ていきたい奴だっているだろう。出ていきたい奴らにとって、チャンスというべき話だ。それに『家族』だからといって、『家』から出させないていうのは、おかしいだろう? 出ていきたい奴だけ出ていくとよい。恩知らずとは思わない。むしろ、よく決断できたと褒めるべきだ」
「それが……ここを造った『父』の意見か」
まるで、本当の家のような扱いだ。
『父』と呼ばれているエックス、ここの住人を『家族』と呼んでいる。
レンジと呼ばれたあのドワーフは、未だ怒りで身を震わせている。
それほどに、ここを大切に想っているのだろう。
だからこそ、あんなに言葉が出てくる。
それに、見た目はエックスと同じく年老いていることから、エックスだけでなく、レンジと一緒になって、名無しの家を築き上げたのだろう。
更に、レンジは勢いを緩めることなく俺に向き直って、捲し立てた。
「あんたは内心、俺らをバカにしているのではないか? なぜこんな、落ちぶれたドワーフの力を欲しがる? 弱いから御しやすい、とでも思っているのか? なぜ、新都に住む優秀なドワーフに声をかけなかったんだ!」
弱いから御しやすいだと?
バカにしているだと?
ここで、俺の熱くなった心情を察したエルドラが『念話』で諭してくる。
(待て! ミミゴン! 交渉では怒った方が負けだと言っていたではないか。冷静に……)
「ふざけるな! 俺は誰に『人を想う心』を育てられたと思っている! 人一倍、他人を想い、優しくて、誰に対しても分け隔てなく受け入れてくれた師匠に育てられたんだぞ! その師匠の教えを受け継ぎ、今を生きている! 弱いから御しやすい? バカにする? そんなクソみたいな考えなんてしない!」
エルドラの『念話』は、まったく耳に入ってこなかった。
それほどに怒り狂ってしまった。
レンジの『家』を想う気持ちと同じほどに。
レンジの発言は、育ててくれた師匠に対する侮辱だ。
俺のお師匠様は、他人を差別することなど顔にも口にも出さなかった。
貧乏な後輩には力を貸して、たまに高級車を与えたり。
ある後輩芸人の借金の連帯保証人にもなって、挙句の果てには逃げられて借金だけが残ったが、後輩芸人と借金取りが恵まれますようにと全額、借金を返し。
そして路頭に迷っていた俺をも受け入れてくれて……。
その師匠の考えが否定されたようで、腹立たしかった。
「他人に優しく、自分にも優しく」という教訓を背負い、生きてきたんだぞ!
それを俺は受け継げていないとでもいうのか。
俺が教訓を忘れ、差別したとでもいうのか。
レンジの襟首を掴み、身長の低いドワーフの目線に合わせられるよう屈んで叫んだ。
「よく聞けよ。お前は自分たち『家族』のことを『落ちぶれた』とか『弱い』とか言うんじゃねぇ! もっと自信を持てよ! なんだよ、本気で自分を『弱い』と思ってんのか! 人類、なめんなよ! ドワーフ、なめんなよ! 俺はな、名無しの家に来て思ったのだがな、ここのドワーフは強いと思ったんだぜ! 国に捨てられようが、それでも新都に抗おうとする! それに質だって新都に負けちゃいねぇ! お前らは『見返してやる』という強い意志を持っているはずだ!」
この街を一通り回って、理解したことだ。
「だけど、国に捨てられたのは本当だし……」
「新都で才能を見いだせなかったオラは結局、社会に居続けても大した実績を残せなかったに違いない……」
「俺たち『弱者』は追い出されて当然ですよ……」
「贅沢を望んじゃダメなんだよ、私は……」
「やっぱり才能ない者は才能ない者同士、集まって仲良く暮らそうよ……」
「もう既に満足しているよ。他に何もいらないよ……」
と、あちこちから暗い声が工場内を包んでいく。
誰も反対せず、自身を蔑んだ言葉ばかりが飛び交う。
襟首を掴まれているレンジは、ほらなと言わんばかりの顔をして、話を始める。
「ミミゴン、分かったろ? 『家族』にふさわしくないんだよ、あんたの国がな。本当にそんな国をつくろうというのは、分かっているさ。良い国だと分かる。頑張ろうとしているのは、分かるさ。だがな……それが俺たちに許されると思うか? 『弱者』は『弱者』を演じ続けなければならないのさ。『出る杭は打たれる』っていうだろ? そういう世界なんだよ、ここは!」




