52 名無しの家―3
「カリフォルニア・レモレモだったっけ。何のゲームを作ってるんだ?」
キーボードをカタカタと叩いて、画面に文字を埋めていく。
キーボードを見ないで入力するブラインドタッチをこなし、英語やら数字やらが埋め尽くす。
プログラミングか、高校時代に少し触れたことがある。
部活紹介用の「ブロック崩しゲーム」を皆で制作したっけな。
その時、ボールの速さで友人と揉めた。
その速さがちょうどいいんだ、と説得したが聞く耳を持たず結局、遅すぎてしょうもないと評価されていた。
遅すぎず速すぎずのバランスは、どのくらいなのかを考えさせられたな。
レモレモは無心にキーを叩いて、時折来るメールにも対応したり、情報発信アプリのようなものでゲームの宣伝をしたり、とても10歳とは思えない仕事っぷりだ。
丸メガネをかけ、ダボダボの白衣を揺らし、おまけにキャンディーの棒を咥え、俺には目もくれない。
アホ毛の目立つ長髪は、ぼさぼさ。
手入れなんて、ろくにされてない。
これくらいの年頃の女子は、オシャレにも気を使い始める時期だと思うのだがなあ。
突然、イスをくるりと回し、俺をマジマジと見つめながら。
「ドラゴンになって。かっこいいやつ」
いきなり、ドラゴンを要求するか。
すぐに思いついたのが。
「エルドラの『ものまね』!」
工場の天井ほどまではいかなくても、巨体であるエルドラに化けた。
リライズ領に入って、二回目だよ。
俺の中では、秘密兵器という扱いだ。
最終兵器でもある。
化けてから、少女の反応を窺う。
「ド、ド、ドラゴン! ホントになれるの!?」
「そっちが要求したじゃないか。ほら、かっこいいドラゴンだぞ」
「おどろいた! ほかのにも、なれるの?」
「なれるかもな!」
「のらのら」と呟き、体を左右に揺らす。
その瞳は、汚れのない純粋な輝きである。
さっきまでとは違い、興味津々なのだ。
その好奇心旺盛な心を、大人になっても忘れないでくれよ。
「イケメンの人間になって! それから、かわいい女の子にもなって! すぐに、イラストにするから!」
イケメンの人間?
ラヴファーストを思いつく。
人間の姿をした化け物だけど。
次に、かわいい女の子?
ハウトレットが適任か。
呪いで幼児化した年齢不詳だけど。
化ける度に、タブレット端末にペンを走らせる。
レモレモの生き生きとした手によって、二次元へと変換されていく。
より、かっこよく。
より、かわいく。
「キャラクターデザインで困ってた。なまえ、なんていうの?」
「名前か? ミミゴンだ、覚えておいてくれよ。一国の王だよ」
「どういう体なの? なんでロボットとか、人になれるの?」
誰にでも分かる言葉で説明する。
どうやら「『ものまね』というスキルで、姿を変えることができるんだ」と説明しても、絵を描くのに必死になって話が聞こえてないみたいだ。
このへんは、子供っぽいな。
人に質問しておいて、聞かない。
けど、どこか安心した。
それにだんだん打ち解けてきたみたいで、喋りや見せる表情が豊かになってきている。
「リアル体感型超迷宮アクションゲーム」
「は?」
「作ってるゲーム! のらのら」
リアル体感型超迷宮アクションゲーム?
助手、解説できるか?
〈おまかせくださいー! なんていったって、私もプレイするゲームですからねー! まさか、こんな幼女が作っていたとはー。ほんと、面白いんですよー! まず、ゲームの世界に完全に浸れると言っていいでしょー! ヘッドセットとコントローラーを持って、電源をオンにするとー! もう、現実と切り離されるのですー! まさに現実逃避に、ピッタリですー!〉
そんなすごいゲームを、この子一人で作っているというのか。
彼女の仕事ぶりを見ていて、不可能なことではないなと悟る。
〈日本の世界のゲーム事情は知りませんがー、こっちのゲームの方が進んでいるでしょー? 最近になって開発された、リアル体感型ジャンルなのですー〉
最近のゲームジャンルなのか。
リライズのことだから、結構前からあると思っていたが。
〈8年くらい前ですねー。リアル体感型ゲーム、通称『R―TYPE』っていうんですー。私、もう解説しなくていいですよねー? ゲームしていいですかー?〉
今はしていいけど、呼ばれたら対応してくれよ。
すぐに『助手』との通信は途絶えた。
そんなに面白いのか。
「レモレモ。タイトルは、なんていうんだ?」
「『俺に魅入ろ 俺の迷路』っていうタイトルで出す!」
韻を踏んだタイトルのようだ。
とてもこの少女が名付けたとは思えない、タイトルだが。
自信たっぷりに言い切ったことから、面白いこと間違いないのだろう。
「売れるのか?」
「今までに2本、世に出した。そこそこ、ダウンロードされてる」
まあ、助手がハマってるゲームらしいから売れているんだろう。
そう言えば、鬼人のレラがゲームをしたいと言っていたな。
レモレモがいれば、スマートフォンにゲームを入れることも可能だろうか。
そもそも、ゲームを作ってくれるのか。
ていうか、エンタープライズに来てくれるのか。
ゲームを知らない国民たちにゲームをさせたいし、良い休憩になるかもしれない。
余暇の確保は、労働に関しての最重要課題だ。
休みたくても休めずに働き、それによって生じる過重労働が健康を害する。
そして、最悪の事態へと陥る。
ブラック企業とは、この流れが組み込まれている企業なのだ。
そう、仕事と生活を調和させる、ワーク・ライフ・バランスの考えで職場をつくるべきだと思っている。
それだけでなく、ゲームが種族同士を繋ぐコミュニケーションツールになる可能性も十分にある。
ゲームで外国人と日本人が仲良くプレイしていたのを見たし、予想以上の成果を出しそうだ。
そうと決まれば、レモレモは必要な人材だ!
思い立ったら、すぐ行動!
お師匠の教えだ。
「カリフォルニア・レモレモ! 改めて言うが俺は、エンタープライズっていう国の王様なんだ! なあ、俺らの国で皆のためにゲームを作ってくれないか?」
「ゲームを作る? レモが?」
「ああ、そうだ! もちろん、タダで働かせない! 整った環境で、豪華な食事もついて、休みたい時に休める。欲しいものは大抵、手に入る……と思う。それに色んなとこから来た人が多いし、何より刺激的な毎日だ! キャラクターの作成にも、ストーリーの作成にも困らないはずだ!」
とにかく、メリットと思えるものを自分でも驚くぐらい述べた。
ただ、ここから先の選択は彼女の領域だ。
彼女自身が導く選択こそ、答えだ。
もう、俺にできることはない。
レモレモは、困った表情をしている。
悩んでいるのだ、今までの環境を離れるべきかと。
それに、急なお願いだ。
すぐに返事は出せないだろう。
「この後、ここの人たちが集まって、俺の国に引っ越すかどうか議論する。いつでもいい、焦らず決めてほしい。じゃあ、よろしくな!」
外は、すっかり暗くなっている。
エックスが開いた集会所は、あっちか。
場所を確認して、足を動かす。
今更になって、レモレモ一人置いてきたことに不安を覚えた。




