49 新都リライズ―3
「……全部、買うと?」
大統領は呟く。
俺の発言で驚いたのは、大統領だけだった。
女王は、ただ黙って見つめている。
目は俺に向けてはいるが、どこか遠くを見つめているようだ。
「ミミゴン様? 容易くおっしゃっていますが、全部ですよ……? どれだけの使用料を」
「大統領。そんなの分かっている。だがな、国のために働いている国民に対し、幸せを与えなければならないのが王様の仕事だ。皆が笑顔で暮らしてほしいから、リライズの技術を使いたいのだ。分かるだろ、同じ王として、国を治める者として……エリシヴァ」
エリシヴァはため息を吐きながら俯く。
迷っていると、とっていいか。
大統領は疑うような顔をして、理解させようと必死に説明してくれる。
「仮にですよ。私たちが了承した時、あなたに払えるというんですか? 大国1つ、余裕でつくれるぐらいですよ」
「ああ、そこで登場するのが」
『異次元収納』から魔石を取り出す。
ツトムがいるダンジョンから採れた最高の魔石。
手のひらに現れた、それをガラステーブルの上に静かに置く。
「女王エリシヴァ。交渉だ」
「ゼステラド、鑑定しなさい」
「……かしこまりました」
ゼステラドは青く輝く魔石を軽くつまみ、スキルを発動する。
名前はそのまま『魔石鑑定』というスキルで、込められている魔力の量を調べる。
「さて、ゼステラドが鑑定している間に話をしましょ。ミミゴン」
「結果を聞いてからの方が、いいんじゃないか」
「いいえ。結果なんて聞く前に分かっているわ。全てにおいて最高なんでしょ? 『最高級』ではなく『最高』。それが、正体」
これが長年、最高権力者として過ごしてきた者の力。
シャルトリューズ家は代々、リライズを統治する王として君臨してきた。
だから、俺のような得体の知れない者に対しても冷静に対処している。
彼女には、ありとあらゆる状況を切り抜ける術を知っているのだ。
「その通り。その魔石と引き換えに、あなた達が積み上げてきた技術。いわば、リライズの『歴史』を譲ってもらう」
「ええ、考えさせてもらうわ。それも、良い方向に話が進むことを」
たかが、魔石一個で手に入るとは。
それが、エンタープライズの魔石の価値か。
もうすぐ、素晴らしい未来がエンタープライズに来るぞ。
ゼステラドは鑑定を中断し、我慢できなくなって反論する。
「お言葉ですが、エリシヴァ様! そんなことをされては、我々の存在価値を失うというものです!」
「理解してるわ、ゼステラド。それで、結果は?」
「ランクは最高の『10』ですが、限界が見えません。どういうことでしょうか」
「『魔石鑑定』なんてものでは測れないということよ。まさか、こんな恐ろしい物があるとはね」
「これが市場に出回っては、世界は破滅へと向かうでしょう! ミミゴン様、この一個だけですか?」
「ああ、この一個だけだ」
もちろん、嘘は吐く。
いっぱいあるなんて本当のことを言えば、混乱するだけだ。
オルフォードによれば、この石っころ一個で大国一つ消し飛ばすことが可能だと聞いた。
さらに、これで武器防具を造れば『最強』である。
最高魔石が出回ってしまう。
すると、最強武器が造られ、最強防具が造られ。
兵士全員『最強』なので、決着がつかない。
そうなると、終わらない戦いとなってしまう。
だから「大量にありますよ」なんて言えないのだ。
「技術使用の許諾に関して、議論するわ。待てるかしら?」
「ああ、良い返事を期待しておく」
「ありがとう。ゼステラド、会議の準備を」
「はっ! ただいま!」
大統領は部屋から、急いで退出していった。
「これで、あなたは救われるの?」
女王は魔石を手にし、誰かに語り掛けるかのように呟く。
「どうした?」
「いえ、何もないわ。それより、この国をどう思う?」
石をどこからか取り出したケースに入れ、姿勢を改め俺に問う。
新都リライズの感想か。
「本当に『ヴィシュヌ』なんてもので、国民が幸せなのか疑問だな。確かに技術は素晴らしい。誰もが楽しく暮らしている」
「あなたは『ヴィシュヌ』を入れないのかしら? リライズでは、それがないと楽しむことはできないわよ」
「いや、入れない。必要ないからな」
電車で会った、ダンダンを思い出す。
ダンダンの主張が正しいと思った。
国家が民を管理するためのシステムだ。
けれども、『ヴィシュヌ』が国を成長させているのは事実だ。
エンタープライズにも、必要なのだろうか。
「あと、エリシヴァ女王。優秀なドワーフを紹介してほしい」
「なるほど。エンタープライズで働かせるのね」
その通りだ。
ドワーフ達には、リライズ技術でできる便利なものを製作してもらったり、武器や防具を造ってもらって兵士に装備させる。
もちろん、最強を目標にして。
金に困ったら、武器を輸出してみるか。
今のところ、エンタープライズの特産品となりそうなのが、お茶だけでなく、お米と野菜もなるのではないかと睨んでいる。
食糧は基本、自給自足システムになっているので、皆食べたいものを自分たちで育てている。
遠くの村から来た人間は米作りと栽培も、お手の物らしい。
更にそれらを、アイソトープが手を加えるので、より「美味」「謎の効果」を持つものに成長する。
ということで特産品に関しては、アイソトープらに任せられるし、食料にも困っていない。
ラヴファースト達も訓練の一環として、食べられる魔獣を狩ってくるので問題ない。
かなり恵まれているな、俺たちは。
「で、素晴らしいドワーフを俺らにくれるのか?」
「笑顔で、えげつないこと言うのね、あなた。その子たちを取られたら、国が成り立たなくなるじゃない」
確かにそうなんだが、それでも欲しい。
「優秀なんだけど、働かないし、扱いに困ってる天才問題児とかいないのか?」
普段、怠けてるけど、いざとなったら凄い奴。
天才すぎて、ヤバい奴とか。
俺らのところに来たら、一気に覚醒させるが。
女王は何か閃いたようで、ドワーフ特有の小さい肉体で歩き、俺の正面に立つ。
俺は人間の姿なので、小さな女王を自然と見下ろしてしまう。
「あなたなら、上手く使えそうね。この場所に向かいなさい。あなたが探し求めるものがあるはずだわ」
「【名無しの家】……? 【名無しの家】って場所か」
エリシヴァのスマホから、空中に描き出された画面には【新都リライズ】から【名無しの家】までの道のりが表示されている。
えーと、今ここにいるから、あっちの方向に……。
「そこにいる長『エックス』と名乗る人物に会いなさい。彼なら、なんとかしてくれるわ」
「エックスという男だな? 分かった。ありがとう」
「フフ、楽しみにしてるわ」
なるほど、その反応……。
ヤバい奴だな、きっと。
【名無しの家】という地名からも、何か感じ取れる。
覚悟して、臨む必要があるな。
ドアから職員が入ってきて、用件を告げる。
「『魔物研究調査団』から、話があるそうです。それと『例の博士』から伝言を預かっております」
「分かった。伝言については後で聞くわ。ご苦労様」
魔物研究調査団?
どっかで聞いたことのある名だな。
まあ、いいか。
そのうち、思い出すはずだ。
エリシヴァは今更ながら俺に、観光客に接するような口調で勧める。
「ミミゴン。せっかく、リライズに来たんだから、楽しんでいけば?」
「……いや、いい。【名無しの家】に向かう」
「そう、頑張りなさい。……あとで、職員から良い宿屋を聞きなさい」
エリシヴァは職員と共に、部屋から退出していった。
俺も用は無くなったわけだし、出ていく。
宿屋か、もうじき夜だし一泊するか。




