45 新都リライズ:道中―奇襲
「に、ニート政策? 働いていない人のことか」
ニート……日本でも聞いた単語だな。
学校に行かない、働かない者、若年無業者と言うんだったか。
度々、問題となる労働に関すること。
エンタープライズも、いつかそんな問題に悩まされる時が来るのだろうか。
働いたら負け、なんて言う「流行ってはいけない言葉」が生み出された時点で、本当に負けだよ。
だいたい、勝ち負けの問題じゃないが。
ダンダンに質問攻めする。
「NEET政策ってのは、労働者対策ということですか?」
「うーん、大きく言えばそうかもしれません。ですが、本質は別物です。その前に喉、乾いてませんか? 良ければ、何か奢りますよ」
「いいのですか! ありがたくいただきます!」
スーツの胸ポケットから、スマホを取り出し、お菓子や飲料等を詰め込んだワゴンを動かす販売員に声をかけ、注文する。
「私は、ホットコーヒーを頼もう。ミミゴンさんは?」
「そうだな……野菜ジュースで」
かしこまりました、と販売員はすぐに用意する。
カップとグラスを置いて、ボトルで注いでいくのだが、そのボトルだけでいくつもの飲み物が内蔵されているみたいだ。
温かいコーヒーをいれて、スイッチで切り替えると、リンゴベースの赤い野菜ジュースが注がれる。
そして販売員が差し出したタブレットに、ダンダンのスマホを被さると音が鳴り、支払いが完了された。
ありがとうございました、とそつなく去っていった。
さされたストローをチューとすすって、口内を野菜ジュース特有の味が占め、喉を通っていく。
異世界でも味は変わらんな。
しかし、ハイテクというんだろうか……スマホ一つでここまで出来るとは。
ダンダンは一口含んで、話し始める。
「スマートフォン……確かに便利な機器であるのは、間違いないんですがね。ただ便利すぎる反面、問題もあるわけです。先ほどの『NEET政策』も、スマホという堕落要素に対抗するための政策でもありますし、他の面でも関係しています。いいですか、スマホが堕落の根源ではないのですよ。今や、インターネット社会。あらゆる物が世界と繋がっている……。俗に言う『森羅万象の情報インフラ化”IoE”』と世間一般ではなっていますが、ご存知でしょうか?」
IoE?。
物をインターネットに繋げるのは、IoTだ。
色んな物をインターネットに繋げば、より生活が便利になるとかで開発されてたよな。
リライズだと、もう一般化されているのか。
IoEとやらは聞いたことがないな。
「そのIoEとはなんだ?」
「IoEとは、ありとあらゆる存在を国に接続し、色々と楽ができるシステムのことです。ロボットは増え、人の手は少なくなってきました。皆、働かなくてもいい時代になったのです。ええ、もちろん……働かなくては国がなくなってしまいます。そこで登場したのが『NEET政策』。働かない人物は、すぐに社会から追放されます。ヴィシュヌは個人の社会評価を表示します。その人が、どれだけリライズに貢献しているのかが、ハッキリと分かるシステムです。国のために働けば『ポイント』が加算され、集団行動できない怠け者には減点という罰が与えられ、0ポイントになると軍が出動し、強制的に排除されるのです。それが『NEET政策』ですよ」
「厳しい国だな。まあ、そうしないと自ら造り上げた『便利』で自滅してしまうものな」
もし、日本も便利すぎる未来となった時代、こうした処置がとられるのだろうか。
無職には鉄槌、国の存続のために日々働き続ける生活となってしまうのだろうか。
「これらの政策に、反対する者もいますよ。一生懸命、国の異常さを演説し、麻痺している国民に気付かせようとする目覚めた政治家も……そんなリライズに都合の悪い政治家は、数日もすれば皆の記憶から、社会からも抹消されているのですがね」
「つまり、殺されると?」
「さあ、どうでしょう。誰も気にしないのでね。都合の良い国と国民……それらの『都合の良さ』で成り立っている国ですから」
洗脳というのだろうか、国という組織が部下という国民に催眠を施し、発展と成長を繰り広げる。
誰にも欠点を見せない、気づかせない。
生まれた時から、洗脳教育され、生きる意味を知らず考えさせず、働かせて働かせて、そうして得る進化。
健康で安全で幸せに生きることができますよ。
そんな謳い文句に誘われて、本質を暴けない。
しかし、謳い文句は嘘をついてはいない。
決して自由ではないが、優しい優しい社会。
こんなところに住みたいだろうか。
甘やかされ、騙され続けて真の自由を手にすることができないというのに。
「ミミゴンさん、いかがですか。この国は。恐ろしいと思いましたか、それとも幻想的だけど住んでみたいと思いましたか?」
「俺は遠慮しとくよ。今の俺にとって、あまり魅力を感じないからな」
転生前の俺なら、ここで生活したいと思っていたかもしれない。
それも全然売れなかった若手の時なら、なおさら。
だって、簡単に生きることが出来るから。
生きる意味を知らなくてもいいし、考えなくてもいい。
職探しも悩む必要はない、お金に困ることもない。
師匠が若者に向けた言葉を思い出す。
”生きなくてもいいから死ぬな、殺されるな”
けど、今の俺は一国の王だ。
俺には強さがある、自由になれる力がある。
俺は皆を幸せにできる力を身に着けたんだ。
偽りの自由なんか無くてもいいんだからな。
コトコト、と野菜ジュースが入れられたグラスが揺れる。
それを感じ取った直後、大きな爆発音と電車を揺さぶる衝撃を食らった。
あちこちで置物が落ちる音、ガラス製品が割れて散らばった音が奏でられている。
乗客は姿勢を低くして頭を抱え、防御の体勢に入っていたり、何事かと辺りを見回していた。
ダンダンと俺も、何が起きたのか状況を理解しようと努めている。
今度は先頭車両の方から爆発音が聞こえ、高速で走っていた電車が急ブレーキしはじめ、慣性の法則で進行方向に体を持っていかれる。
転ぶ者や耐える者もいる、この室内にスピーカーから怒声が発せられた。
「乗客の皆さま! 魔物が……魔物が線路内に侵入してきました! それに電車も動きません! 先輩、ど、どうすれば……わッ、魔物が中に!? 先輩、先輩! 助けt……」
その残酷な放送を最後まで聞く者はいなかった。
なぜなら、窓から侵入してきた魔物に気を取られ、それどころではなかったからだ。
すぐに、衝撃で倒れているダンダンの側に行き、『バリアウォール』で魔物の猛攻を防ぐ。
「ダンダン! 大丈夫か!」
「だ……大丈夫ですよ」
「その場を動くなよ、俺が守ってやる!」
犬型の魔物は『バリアウォール』に噛みついてくるし、見るからに悪そうな小人型の魔物は魔法を唱える。
鳥っぽいのもいるし、窓の外にはでかい猪もいる。
戦うスキルを持たない者は、悲鳴を上げて死んでいく。
最期は電車の床に赤い染みを遺して、世界に別れを告げる悲鳴。
車両内は客の血で床は汚され、ガラスの破片、物が散らかっていた。
まずいまずいまずい、流石に数の多い魔物から人々を守り抜くのは困難だ。
状況の把握に努めたいが、俺の張る障壁に殺そうとする魔物が、べったりとくっついていて冷静になれない。
タイミングを見計らい、『バリアウォール』を解除すると同時に、近くの敵には『キル』を五本の指それぞれから飛ばし、遠くの敵には範囲攻撃ではない『インフェルノ』を放つ。
『キル』が込められた黒い火の玉は魔物を飲み込み、きれいさっぱり存在を消し、燃え盛る火の玉『インフェルノ』は当たった魔物を豪快に燃やし尽くす。
魔物群に襲われる前に『魔結界』で、ダンダンを包んで、狭い安全地帯を形成する。
次に『武器創造』で、使いやすいリボルバーをイメージした。
リボルバー拳銃が好きなんでな。
発動して手に握られていたのは拳銃なんだが、少しイメージしていたのよりも大きいサイズだった。
また、大きいのが出来てしまった。
前回の反省から、結構小さめなのを想像したっていうのに。
〈更に小さいのを想像すれば、いいじゃないんですかー〉
そんなの分かってる……助手か、久しぶりだな。
頭、ちゃんと冷えたか。
〈かなり面白いことになってますねー〉
なに、嬉しそうに話してんだよ、ちょっとは応援しろ。
〈がんばれー、がんばれー! で、いいですかー〉
それでいいから、俺を見守ってくれよ。
早速、完成した予想より大きいリボルバーを敵に狙いを定めて、引き金を引く。
が、弾が出ない。
犬型の魔物『ブラックドッグ』が燃えているような目で睨み、尖った歯で突き刺そうと口を開き、飛んできた。
華麗に「回避」からの、蹴り飛ばし。
蹴りによって、勢いのついた肉体は壁に激突して、牙が折られ気絶した。
なんで弾丸が発射されねぇんだ。
〈弾が込められていないからですよー、マヌケさーん。『武器スキル付与』で『無限弾薬』と『光速弾』『フルオート』『無反動』を付与しては、どうでしょー〉
マヌケと言われるのは腹が立つが、すぐに解決策を言ったのは偉いぞ。
助手の助言通り、リボルバーにそれらのスキル効果を付けて、今にも襲いかかってきそうな鳥の魔物『スモールコカトリス』に向かって、引き金を引いた。
軽く引き金を引いただけで、光速の弾丸が魔物を撃ち抜き、空中から地に落下させた。
しかも、引き金を引き続けるだけで最強の弾丸が連射される。
反動もないし、弾丸が尽きることなく発射され続ける。
反則的な強さを持つ銃だな、これ。
一通り武器を扱って周りの魔物を殲滅し、銃をダンダンに預ける。
「こ、これは……」
「これで自分の身を守れ。『魔結界』を張ってても、万一って時がある。使い方は分かるな?」
コクコクと頷き、理解した。
さてと俺は、この魔物がうようよいる状況を何とかするか。
”Internet of Everything” IoTの上位概念ですね。




