44 新都リライズ:道中―電車旅
ドワーフを保護し、我が城に住まわせた。
5人のドワーフ達には「しばらくの間は自由に製作しておいてほしい」と頼んでおいた。
素材等は近くで魔物退治している、ラヴファーストの班員が拾ってきてくれるはずだ。
最近、リライズ領近くも足を踏み入れていると聞くから、機械の部品も持ち帰ってくるはずだ。
ちなみに彼らが討伐した魔物は、商人クワトロが買い取ってくれている。
おかげで少しだが潤ってきた。
と思っていたのだが、俺のいない間、勝手にクワトロの店で買い物していて、潤ってはいなかった。
くっ、経済に強い者を雇いたい。
現在、どのぐらい資金があるのか、不明の状態であるから、あるんだし使おうということになっている。
これではいざって時にない、なんて状況が起こりうる。
リライズから、経済大臣でも奪ってこようか。
で、ドワーフ達を保護したお礼にと、少ないお金をくれた。
正直言って、嬉しかった。
だって、電車賃が無料になったようなものだから。
というわけで、サカイメの街で異世界の電車というのを体験してみる。
それで、どこで切符を買えばいいんだ?
身近にいた人間の男に化け、駅には着いたのだが、見渡しても日本にあった券売機が見当たらない。
乗客は改札機を通っていくだけだ……スマホをかざして入っているみたいだな。
もしかして、乗車賃いらないとか。
うん、そうだ、絶対そうだ。
だって異世界だし、日本じゃないしな。
このまま通ればいいんだろ、何悩んでたんだ、俺は……。
『ピーピー! スマートフォンを認識できませんでした。一度、後ろに下がってお確かめください』
扉がバン、と閉められ改札機が、流暢に言葉を発していた。
何度も何度も。
恥ずかしいという感情が湧き上がってくる。
出勤時間なのだろう、ビジネススーツに包まれたドワーフや人間が大勢いる。
そんな中で、俺が流れを止めてしまった。
周りの冷ややかな声が、心を突き刺していく。
「こいつ、アナログ人間だぜ。グレアリングからの、お上りさんかよ」
「この男の『ヴィシュヌ』が見えないし、そうかもね。それにしても、こんな恥をかく人間が、未だにいるなんて信じられないわ」
小さく謝りながら、人の波を脱出する。
ト、トラウマになってきた。
恐ろしい、恐ろしすぎる。
魔法とか非科学的なのが存在する異世界でも、ビジネスマンが電車乗って出勤しているなんて。
ファンタジー世界に、現実世界が混入している国とはな。
近未来の日本というべきか。
如何にもハンターです、っていわんばかりの武器と防具で、身を包んだ者も混じっていた。
これによって、ギリギリファンタジーの世界なんだなと理解できる。
で、俺は乗れるのだろうか。
スマホが主流になってるから、切符なんてアナログなもんは無いのか。
『ヴィシュヌ』ってなんだよ、アナログ人間って。
「すみません、グレアリングから来られた方ですか。ここ、初めてです?」
誰が、こんな社会に置いていかれた俺に対し、優しく声をかけているんだ?
首を上げて、顔を確認する。
人のよさそうな温かい顔をしたドワーフが、そこに立っていた。
白い口髭をこれでもかと蓄えて。
おじいさんドワーフが小さい手を差し伸べ、起こしてくれた。
人の優しさで、涙が溢れそうだよ。
〈何やってるんですかー、ミミゴンー。私まで、恥ずかしい思いしましたよー〉
おい、感動をぶち壊すのやめろ。
それにお前と俺は一心同体、この感動を分かち合ってくれ。
〈嫌ですよー。スマホに必ず装備してある乗車アプリで乗ることができるー、なんて常識を知らない人の心は理解できそうにありませんねー〉
最近、俺に対して反抗的になってきてねーか?
反抗期の『賢王』ですか。
何が『助手』だ。
『助手』から『娘』に退化したんじゃないか。
〈あー、私にどれだけ助けてもらっているか、わかんないんですか! やはり異世界人てのは、ろくでもないのが多いんですねー! 一度、スキルを全て奪って、地獄を体験させましょうかー〉
激怒していることが理解できる口調だ。
とりあえず謝るから、早く俺をリライズまで乗せていってくれ。
〈そこのおじいさんにでも、助けてもらったらどうですかー! ちょっと私、外の空気吸ってきますから、しばらく解説できませーん。ではー〉
おい、スキルの癖に怒るなよ。
……スキルなのか、ホントに?
妙に人っぽいていうか、感情というのがあることに不思議さを感じる。
今さら、すぎるが。
すまない、許してくれないか。
〈只今、留守にしておりますー。御用の方は、ピーという発信音の後にメッセージをどうぞー。ピー!〉
ふざける余裕があるなら……まあ、働きっぱなしだったしな。
しばらく、外の空気でも吸ってこい。
それから戻って来いよ。
「えーと、お兄さん? 大丈夫ですか?」
「え、あ、大丈夫だ。すまないが、電車の乗り方、教えてくれませんか?」
仕方ない、今はおじいさんに頼むか。
おじいさんは馬鹿にするような顔もせず、丁寧に教えてくれた。
「そこの受付で、チケットを買いに行きましょうか。スマホを持っていない、と言うのではなく、スマホが壊れたから、と言った方がいいですよ」
「いやー、アドバイスありがとうございます。あそこですね?」
指を差した方向には、小さな窓口があった。
トントンとノックして、人を呼ぶ。
駅員のドワーフが対応してくれた。
おじいさんに言われた通り、スマホが壊れたからチケットでお願いしたいと伝える。
すぐに【新都リライズ 第七番街】行きを発券してくれた。
「次からは壊れないスマホで」と注意を受けて、その場を去った。
受け取った券に、夢が詰まっているんだな。
「良かったですな。すぐに対応してくれたでしょう」
「はい、馬鹿にされず助かりました。ありがとうございます、おじいさん」
照れくさそうに、手を振って「どういたしまして」と答えた。
無事、改札通過!
目的の電車が来るまで、時間があるので、小さいが頼りになる老人に話を伺うことにした。
まず『ヴィシュヌ』とやらだ。
「ヴィシュヌ、ってなんです? リライズでは、常識の物なんでしょうかね?」
「常識の中の常識、というほどの物ですな。リライズ領にいる者、ほとんどが埋め込んでいるのですよ。ここにね」
そう言って、心臓の辺りに右手を置く。
心臓に埋め込んでいるのか、機器でも。
俺の表情から察したのか、首を振って否定する。
「心臓じゃありませんよ。血です、血流に含まれているのです。『栄養』としてね」
栄養だって?
血に含まれているってことは、鉄分みたいなものなのか。
俺が、ハッキリと理解できない顔を読み取り、説明を続けてくれた。
このおじいさん、神対応してくれて助かる。
「血と同化して全身を巡り、健康調査をするんですよ。常時、健康診断されているようなものですよ。異常があれば、即然るべき場所に通達され、病院行きです。これが『ヴィシュヌ』の特徴の一つです」
「特徴の一つ……てことは、他にも?」
「もう一つは、個人の保護ですかね。目の前の相手が、何者か分からない。そんな時に、ヴィシュヌが教えてくれます。目の網膜に「個人名」「個人の職業」「健康状態」「社会評価」。言い換えるならば「個人情報」ですよ、簡単な」
おう、怖いな。
ゾッとしたというより、よくそんな環境で生きていけるな。
比較的、機密性の低い情報が公開されているわけだが、それでも恐ろしいと感じる。
「そうですよ、その反応が正しいんですよ」
おじいさんに、なんか褒められたが嬉しい気持ちだ。
「あなたの名は、何というのです? 私は『未来来訪人類生活パターン環境アナライズチーム』の考察調査員『ダダダンダダン・ダンダン』と申します。ダンダンで構いませんよ」
「未来来訪人類ホニャララの、ダンダンダンダンさん?」
「違いますよ、ダダダンダダン・ダンダンですよ。それに『未来来訪人類生活パターン環境アナライズチーム』です、が別に覚えなくて構わないですよ。名前だけ覚えてくださいな」
ぐちゃぐちゃに脳みそが弄りまわされたみたいに困惑している。
ダが多いし、未来なんちゃらチームとやらも覚えられない。
真剣に聴きすぎて、バカになった気分だ。
ダンダンさんは口を開く。
「『未来来訪人類生活パターン環境アナライズチーム』は、国の発展のため作られた団体ですよ。『未来来訪人類生活パターン環境アナライズチーム』は、政府からの依頼で民をより良い方向へ転換させるには、どうすればいいかを研究するのが主ですな。『未来来訪人類生活パターン環境アナラ……」
「俺の名は、ミミゴン。すまんが、略して『アナライズチーム』で話してくれないか。ダダダンさん、もしかして気に入ってるんですか」
頬を赤く染めて、怒り口調で語り始める。
「全部言えたら、かっこいいですよ。あと、ダンダンです」
「いや、俺の感覚からすれば、面倒くさいだけですよ」
ゴホンと、わざとらしい咳をして空気を整える。
真剣な表情で、ダンダンさんは話す。
「えーと、『アナライズチーム』は置いといて……ヴィシュヌに関して話させてくださいな。まず、ヴィシュヌが我々を守っているという風に捉えることができるでしょうが、その逆『監視』されているといっていいでしょう。いえ、国に操られていると。例えば、一日の糖分摂取量が規定値を超えていると、政府からすぐに通知、罰金もしくは拘束が発生するシステムなんです。金銭は、スマートフォンが管理していますから、罰金もすぐに取られる。ですから、皆さんを見て下さい」
広げた手を、電車を待つ乗客に向けられる。
健康が管理されているから、肥えた人も痩せた人もいない。
全員、同じような健康的なスタイルで、生活している。
だが、これが国の決まりなんだと、ダンダンさんが言っている。
この理から出た者には容赦なく、社会不適合者として差別されると。
「ミミゴンさん、あなたは『ヴィシュヌ』を入れてください、と言われても、絶対に入れないでください。ヴィシュヌが、人を縛ります。スマホと共に管理され、『健康と安全』をエサに、狭い檻へと閉じ込められるのです。一世代前、とある科学者が開発した『栄養』。ですがこれは、ウイルスです。そのことを、あなただけでも理解してもらいたい!」
「確かにな、そいつを聞いてますます、入れたくなくなった。社会不適合者……というわけか」
リライズ、その国は他のどの国よりも、安全で快適な環境を用意している。
国による健康と安全を選んで、自ら不自由となるのか。
俺は、そんなの自分で守れるんだから、反対だがな。
と、話し込んでいる内に、リライズ行きの電車が到着するという、アナウンスが流れる。
二人は、到着した電車に乗り込み、中に入る。
中が広い、日本のよりも車両が長いし、座る椅子が多く設置されていた。
『空間拡張』だろうか、スキルで従来より多くの人を乗せることが出来るんだろう。
おかげで、混雑もない。
非常に気持ちのいい車内だ。
俺たちは、窓側に備え付けてあるテーブルと、向かい合わせのソファに腰を下ろした。
体内に溜まった毒素を吐き出すように呼吸する。
ダンダンは、窓の外を見つめながら話を始める。
「ミミゴンさん、『NEET政策』をご存知で?」
またなんか、国を嫌う要因が現れたぞ。
「新都リライズ第七番街行き、発車いたします」と、車掌の言葉で電車は動き始めた。
近未来感あふれるSFが書きたくなったので、まあまあな未来要素を入れていきます。困惑したら、すみません。私も困惑してきました。ですが、楽しいです。




