29 グレアリング王国:調査
調査員の視点
私に与えられた仕事は、見捨てられた土地周辺調査。
重要人物の調査。
今回も、容易に達成することが可能だ。
『テレポート』で目的地へ飛ぶ。
夜、トルフィドの村近くの森に移動する。
この森の名を、頭から引っ張り出す。
そうだ、迷いの森だ。
この森の主、イエロードラゴンがAランクハンターによって退治されたと聞いた。
ここから、近くの窪地。
そう、ここが……。
城など建っていたか?
王の命令に気になる単語があったのを思い出す。
国王と思われる人物だったか。
もしかして、ここは国なのか。
グレアリングも知らない国だから、私に調査を頼んだのか。
城が異様に長い。
グレアリング城よりも派手で、激しく目立つ。
城周辺では、兵士と思われる者と教官が戦闘技術を教えている。
『聞き耳』のスキルで、声を聴く。
「召喚刀12本を、受け流し続けろ」
「はい!」
何を教えているのか、自身の目でしっかりと捉える。
小一時間、聞き耳を立て観察していたが奇妙だった。
空中に浮かぶ剣が、一人ひとりに次々と斬りかかる。
それを角を生やした兵士が武器を振り回し、防御するが体は追い付かなくなっていき斬られていく。
兵士は傷を負ったはずだが、何事もなかったかのように、次の兵士へ交代する。
ただ、そうしているだけで強くなっている。
レベルは上がっていないが、スキルが増えていたり、ステータスが変わっている。
教官にも『見抜く』を使用し、覗いてみる。
弱すぎる。
レベル1、スキル無し、称号も耐性も無し。
これは偽装されているのか。
詳細も、いじられている。
ラヴファースト:詳細不明。
メガネをかけ、スーツを着た教官のステータスだが。
『偽装表示』か。
見抜かれること前提のスキルだが、本当のスキルが知りたい。
知りたい知りたい。
老いてもなお、ステータスに興味は衰えない。
ステータスで、どんな人間か分かる。
どんな人生を歩み、どういった考えを持っているのか、一目で分かる。
試しに、兵士たちのステータスも見させてもらう。
この国の兵装か分からないが、教官のように場違いなスーツを着て、訓練に励んでいた。
その中でも、ひときわ目立つ体格の兵士がいた。
どれどれ……。
名前:クラヴィス
レベル:42
種族:真・鬼人
称号:『揺るぎなき精神』
耐性:『物理攻撃半減』『風属性無効』『睡眠・麻痺無効』
戦闘用スキル:『怒鬼』『武器軽量化』『武器延長』『斬撃飛ばし』
常用スキル:『攻撃力+30%』『集中』『見切り』『剣の極意』
特殊スキル:『神出鬼没』『戦士』『格闘家』『バーサーカー』『幽鬼』
クラヴィス:エンタープライズの王、ミミゴンに仕える兵士長。ニヌルタにより強引に進化させられた……。
まともだ。
情報もたくさん得られた。
こいつは強い、アルテックと互角かもしれない恐れのある兵士だ。
そして角の意味も理解した。
鬼人だが、確か希少な種族であったはず。
これは他の兵士にも興味がわく。
兵士が鬼人で、構成されているとはな。
全員、見させてもらおう。
強い……。
数は少ないがレベルが高く、スキルも豊富。
うちの衛兵では勝ち目はないと、みてよいか。
特に目立った兵士は、クラヴィスの弟トウハ。
兄と違い、戦斧を武器とし、速さで勝負するタイプか。
教官も恐ろしい。
レベル1じゃないなんて、すぐに分かるくらいだ。
ありとあらゆるスキルを用いて、過激な訓練をし、終わったら全員を自由にさせる。
変わった訓練だが、確実に強くなっている。
このまま続けられたら、グレアリングの脅威となり得るな。
着々と報告用紙に見たこと、聞いたことを書いていく。
さて、場所を移して、他のところも調査することにしよう。
気配を殺し、姿も消す。
そうして堂々と侵入した。
内部も恐ろしいくらい豪華で派手だ。
そして、美しい。
城の建築士に、この切実な気持ちを打ち明けたいと思わせるばかりである。
と、使用人だろうか。
メイド服を着こなし、姿勢正しい使用人の集団が、足音揃えて列揃えて集団行動している。
髪の長い際立つメイドが先頭を歩き、ホール中央でピタッと止まる。
それにあわせて、更に五つに班が分かれて、先頭を歩いていたメイドに顔を向ける。
『見抜く』で、メイド長と思われる人物を覗かせてもらう。
アイソトープ:エンタープライズにようこそ。影の調査員『ミネラル』様。
まさか、知られていたの。
私が極秘に調査に来ているってことに。
ありえない。
どこから漏れたというの。
あの会議にいた5人……。
『偽装表示』でいじられた表示を見せられて、不機嫌になる。
先ほどのラヴファーストという者、このアイソトープという者。
この者達から、感じ取れる強さが半端ではない。
私は利用させられているのか?
班それぞれに掃除を命じたようで、掃除場所へ散らばっていく。
アイソトープは全員を見送った後、どこか遠くに向かった。
今のうちに階段を駆け上がる。
静か。
城の大きさに、不相応な人の少なさ。
さっきのメイド達にも角が生えていたが、彼女らも鬼人か。
国民は鬼人数名しかいないのだろうか。
部屋の数もたくさんあるようだが、人がいる気配がない。
ん?
老人二人と若者二人が歩いてくる。
片方の老人はグレーという名で、鬼人たちをまとめていた村長だったそうだ。
もう片方は、オルフォード。
こいつも『偽装表示』か。
オルフォード:おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……。
ウッ!?
頭が割れるように痛い。
あのジジイの詳細には「お」で埋め尽くされており、その情報量が津波のように押し寄せてきた。
頭がパンクするとは、このことか。
酷い吐き気を催す。
あの男も化け物か。
そして、また階段を駆け上がる。
ハァハァハァ……。
う、上まで登れない。
城自体が縦長すぎるせいで、階段が長い。
もう何階だろうか。
手すりの間から覗いて、下とどれくらい距離があるのか確かめよう。
……高い。
私は、まだ体力がかなりある方だと自負していたが、もう足を上げる力が残っていない。
膝が笑っているのを見て、最上階への絶望を感じる。
『テレポート』を使えば、簡単に行けるが消費魔力の激しいスキル。
ゆえに、帰りの分の魔力を残しておかなければ、リーブ王が訪れる三日以内に帰還できない。
今、『テレポート』一回分の魔力しか残っていない。
『透明化』の効果が切れる前に退散しないと。
こんなにも汗だくになって、走ったのは何年ぶりだろうか。
頭部から顔じゅうから、玉の汗が吹き出してハンカチで拭っても拭っても、下に垂れていく。
『透明化』が切れ、人気のない場所で野宿の用意をする。
周囲の風景に溶け込む特殊なテントを張り、睡眠をとる準備をして待っていた。
王から『念話』で指令が入るのを。
待ち続けて、ようやく頭にリーブ王の声が響く。
(今日、傭兵が襲撃する。奴らの動向を見澄ませ)
来るまでの間、睡眠をとって目と身体を休ませる。
傭兵の気配を感じ取って、観察する体勢に入る。
スキル『ズーム』で、遠くの光景をまるで近くで見ているかのように観察する。
傭兵200人は、いるだろうか。
まだ昇っていない太陽が出る直前の時間、武器を構え、強化魔法もかけあい、万全の態勢へとなった。
顔は覚悟した表情ではなく、恐れるどころか歓喜の表情である。
戦えることを喜んでいるのか、余裕の表れなのか、もしくはその両方か。
私も戦闘員を『見抜く』でステータスを確認したが、レベルの高い方といってもいいだろう。
グレアリング国内ならの話だが。
傭兵の頭領が突撃のサインを出し、一斉に襲撃する。
門番も立っていない無防備な――国としてどうかと思う――ホールへ流れ込んだ。
三分で、頭領以外逃げ出してきた。
喧噪でいて、静黙で終わったのである。
メイドのアイソトープが、手を振るって傭兵たちは倒れた。
ただ倒れただけなら、どれだけマシか。
笑いが止まらない者、涙が止まらない者、全身を血が出るほど掻きむしり気持ちよくなっている者、狂ったように踊り、歌い出す者など。
尚且つ、共通して全員「助けてくるるうぇぇぇ」と嘔吐しながら、大声を出していた。
心臓が止まり、目と魂までもが吸い込まれそうになるほど美しかった、巨大なホールは悪行を犯した者の魂が、非常に厳しい責め苦を受ける痛みと騒乱と祈りの届かない泥梨と化していた。
国民の鬼人、ラヴファースト、オルフォード、アイソトープが一堂に会する場に、ある者が舞い降りてきた。
宝箱の形をした機械である。
その者こそ、エンタープライズの王……ミミゴンだった。
絶叫を演じさせているアイソトープに命令し、傭兵共の呪縛を解かせる。
仕事道具である武器を一切使うことができなかった雇われ者に、厳しく言い放つ。
「帰れ、そのトゲトゲした防具のお前以外な。あと、雇い主に伝えとけ。あいつらは、グレアリングでも勝てない! と」
国王の放った言葉を理解した者は、すぐ立ち上がって足を動かし、化け物から遠ざかっていく。
恐怖に追い付かれないよう、振り切るように頭領を置いて、逃げていった。
頭領は放心状態のまま、奥へ連れて行かれた。
眺めていた私も、あの光景に目を奪われ、心も奪われた。
恐怖に屈することない私が、初めて恐ろしいと思えた。
報告書を書く手が震えて、上手く書けない。
いや、文字に起こせない状況なのだ。
簡潔に表す言葉が見つからない。
こんな時、文字は不便だ。
文字では、感情を一定値までしか表すことのできない表現だ。
本当に恐ろしいことを体験し、文字に変換しても、読者は簡単に想像するだけだ。
手の震えは激しくなり、ペンを落としてしまった。
なんと書けばよいのだろう。
そうだ、今流行っている若者の言葉で、単純に表現できるではないか。
「……とりまチョーヤバい」




