27 グレアリング王国:承認
「今……なんと?」
「あなたが所有している【見捨てられた土地】を寄越せと言いました」
開いた口が塞がらない様子の王様は、白い髭をさする手が止まってしまった。
いや、止めたと言った方が正しい。
相手を舐めているからできる笑顔を汚してやる。
微笑んでいた顔が、苦笑いへとなっていた。
「ハハ……あなたは、そこで何をするおつもりで?」
「国を建てるですよ。あの土地でね」
さすっていた手を、頭にゆるやかに運んでいく。
リーブ王は、ふさふさで光を反射する金髪に触れる。
「見捨てられた土地……その名の通り、誰にも見向きされない土地でしょう。どうしてそこに?」
「だからですよ。あそこは、人に……いや、歴史に捨てられた場所。見てて、可哀想でね。そこを活用できないかと」
「それで、国を?」
「そういうことです。なに、グレアリングに逆らう国をつくろうと、しているわけではありません。ちゃんと土地を貸してくれた、グレアリングに恩を返しますよ。ハウトレット家のようにね」
リーブ王は、ハウトレットに「この男、何言ってんの」と答えを求める目を向けるが、ハウトレットは、今しがた運ばれてきた紅茶を優雅にすする。
残念だが、味方はいない。
俺も、いないようなもんだが。
「で、返答は? グレアリング王?」
「その場所は今も大きな……」
「直しましたよ。平らに、元通りに」
「直したと? あの窪地を?」
そんなに驚くことか。
こいつの反応は面白いな。
驚かせたい欲望が溢れてくる。
「現在、城も建て、国名も決まっております。仮ですが国民も、ここほどではありませんがいますよ」
「何勝手に、やっとるんだ!」
驚きを飛び越え、怒らせてしまった。
おっさんの激怒が見れるなんて最高だな。
全然、痛くも痒くもないんだよ。
放置してるほうが悪い。
挑発するような口調で声を出す。
「失礼。勝手に何かやってんのは悪かったな。誘えばよかったか?」
「ハウトレット! こいつは何なんだ! からかいに来たのなら、他所でやってくれ! 最近、戦争も激化してきている。構っている時間はないんだ!」
「リーブ……手紙、最後まで読んでないのね。ミミゴンに内緒で色々、書かせてもらったんだけど。追い返し方とか」
サラッと何、書いてんだよ。
お前に、とっておきの情報を教えておいて、裏切っていたのか。
ここ、出たら一発殴っておくか。
で、すっかり憤怒状態の王様。
怒らせたら、どうなるかと言う目を俺に訴えかけてくるが。
知るか、さっさと寄越しやがれ。
「ダメですか。そこまで、こだわる何かがあるんですか」
「……いや、ない。ないな。ああ、そうだ。何もない。だから、土地は貸してあげよう」
「いいのか?」
「ああ構わないよ。ミミゴン殿、貸してあげよう。土地代金も必要ない。だって、見捨てられた土地なんだからな」
急に笑いだして、俺の肩をポンポン叩く。
……気持ちわるい!
叩く強さも、普通に強い。
ペンギンか、と言いたい。
ハウトレットは王様を見て、また含み笑いしている。
お前も、なんなんだよ。
「もちろん、国に関しては、まだ承認はできない」
「ええ、分かっていますよ。じゃあ、一度ご覧に来てください。ここより素晴らしい、おもてなし……お見せします」
「ほう。なら、三日後はどうかな? 時間帯はいつになるか、分からないが」
「構いません。そこでゆっくり、お話ししましょうか。互いの利益となるよう」
俺は、机に置かれた冷めたお茶を一気飲みし、喉を潤す。
……味は、まだまだだな。
扉を開けて、ハウトレットと出ていく。
リーブ王は、その扉に向かって、にっこりと笑っていた。
城を出て、ハウトレットを軽く小突き、俺は行き場のない怒りを解消した。
殴られたハウトレットは意味が分からず、ポカンとしていた。
さてと、リーブ王がどんな相手か分かってきた。
あの王様、何か仕掛ける気だな。
突然、それまでの態度が一転させ、土地を押し付けてきた。
しかも、タダでやるという。
怪しすぎる。
まあ、こちらの存在を知ってくれた。
結局、交渉は怒らせた方の勝ちだ。
それを理解させてやる。
ウーンと大きく背伸びしてると、疲れを感じる。
そういや、しばらくエンタープライズに帰ってないな。
久々の帰国だ。
困惑するハウトレットに礼をして、『テレポート』を発動した。
アイソトープが作った、この玉座も素晴らしいな。
体にフィットし、マッサージの機能もある。
玉座に内蔵されている突起が、静脈とリンパの滞りを改善してくる。
マッサージチェアの広告に「まるでマッサージ師が、その場にいるかのように、丁寧なマッサージをします」ということが書かれていたのを思い出したが、まさにこれだ。
後で、お帰りの挨拶をしないとな。
「お帰りなさいませ、ミミゴン様」
おっ、後ろにいたのか。
気配がなかったぞ。
玉座の後ろから、アイソトープが礼をしている。
「アイソトープ、ちゃんと部下の世話しているか?」
「はい、もちろんでございます。そこのベルを、押してみてください」
ベル?
机に、店とかに置いてあって店員を呼ぶための、卓上ベルが備え付けてあった。
試しに一回押してみた。
ベルの音が鳴ると、床を踏み鳴らす音が響き渡り、扉が乱暴に開かれた。
「おとびでしょうか! ミミゴン様!」
「おとびでしょうか?」
「……すすす、すみません!」
部屋に入ってきたのは鬼人の女の子、レラだった。
走ってきたことによって、ぜえぜえと息を荒くしている。
小さく生える紅の角を髪で覆っているので、よく見なければ人間と間違われてしまうだろう。
耳を覆う髪を掴んで「すみませんすみません」と小さく謝っていた。
「お、お呼びでしょうか! ミミゴン様!」
「間違えることは誰にでもある。緊張するとなおさらだ。気にするなよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
ベルを押すと、レラが飛んでくるシステム。
ていうか、聞こえたことに驚きだ。
(彼女の耳に、イヤホンが装着されておる。ベルの音は、イヤホンに通じているわけだ)
エルドラが簡単に説明してくれたが、なんでこんなシステム?
「えーと、レラ。大変じゃないか、ベルが聞こえたら来なければならないの」
「だ、大丈夫です! 交代制ですし。何より守っていただいている、ミミゴン様のためにも、お役に立ちたいのです!」
彼女がいいと言っているならいいが、彼女以外はどうなんだ。
不評だったら、すぐに廃止だな。
俺は、反対に傾いている。
ここまで頑張らなくていいから。
ブラック企業は目指してない。
超ホワイトな企業にしたいんだ。
せっかく来てもらったんだし、何か頼もうか。
あっ、確か風呂場も造ってくれたって言ってたよな。
よし、お風呂を沸かしてもらおう!
「お風呂の準備、よろしく!」
「かしこまりました! すぐ、沸かしに行ってきます!」
メイド服のレラが、お風呂場へ走っていった。
アイソトープが俺の正面に移動し、反応を窺ってくる。
「アイソトープの指導は、完璧だな」
「ありがとうございます」
「ただ、アイソトープ基準で働かせてはならないぞ。個人個人できることは異なる。それらも見極めて、リーダーだ」
「かしこまりました。肝に銘じておきます」
肝臓がある辺りに手を当て、しばらくして再び俺に向き直った。
俺が、何か言いたいことを察したんだろう。
アイソトープは佇まいを正し、じっと俺が喋りはじめるのを待っていた。
「全班全員集合させろ」
アイソトープは了解し、すぐにここを出て行った。
規模は小さいが、戦争っぽいのになることを告げ、気を引き締めてもらう。
恐らく、目に見えるような争いにはならない。
が、万一の場合に備える。
まあ、俺の予定には組み込まれていないが。
全員集合させ、あることをそれぞれの班に命令したあと、レラが沸かした風呂に浸かっていた。
気持ちいいなあ……。
おっと、そろそろか。
旅館の大浴場を思わせるような無駄に広い風呂から上がり、また出かける準備をする。
国の発展のため、勝利を確実にさせてもらう。




