26 グレアリング王国:取引
「これが報告書ね」
「まさか、俺が死ぬとはな」
少女ハウトレットが、俺の書いた報告書を読んでいる。
この三日間、大変だったなあ。
ハウトレットからの依頼とは『リブリー』を守ること。
Bランク上がりたてなので、あの二人を心配して、ハウトレットが俺を送り込んだのだ。
そして、彼らの実力をテストする試験官としても見守っていた。
Bランクでも、彼らは活躍できるのか。
その報告も、俺への依頼だ。
『ものまね』で、近くにいた茶髪の男に化け、装備はハウトレットが過去に活躍していた頃の防具をもらった。
Fランクの、新人ハンターは嘘。
やけにランクの高い助っ人なんて、頼りにしすぎるかもしれないと言うことで、Fランクと偽らせてもらった。
そして醸し出す、ミステリアス。
不思議な道化を演じておけば、彼らの実力を発揮させつつ、俺の調査にも役立つ。
リブリーに付いていって、様々なことを学べたし、俺としても嬉しい依頼だったんだがな。
ただ、変態ジジイは不確定要素だった。
ハウトレットが「リブリーが、そこにいるから使ってあげて」なんて言わなかったら、俺は墓から脱出というアホらしい真似、しなくてよかったのに。
タナトフォビアの件も忘れられない。
『キル』が厄介だった。
即死スキルなのだが『全障害ステータス無効』で、即死は免れたそうだ。
というより、即死なんていう馬鹿なスキルなど通用してたまるか!
『キル』の恐ろしさを助手から永遠聞かされて、いざ食らった時、本気で死んだかと思った。
思い込みで俺、あんな声出せてたんだな。
助手が死体に扮するために体を操って、息を止めたりなどで偽装し。
俺はずっと、死んだふりを墓場に埋められるまで演じた。
驚いたよ、目閉じてたから見えてなかったけど「あれ? なんか、水かけられてる? 土かけられてる? もしかして、埋められてる?」と気付いたら、生き埋めにされてたんだから。
ということが、起こっていたわけだが。
ハウトレットも、俺も不機嫌だ。
「アンタ、よく耐えれたわね」
「長年の経験がなせる業だな」
「あのジジイには、厳しく注意しておくわ」
「茶髪のあいつ、死んだことになったんだがどうする? 特にフィルってのに、会ったら大変なことになるぞ」
ハウトレットは机の引き出しから、紙を引っ張り出して、俺に見せつける。
「こいつを探して、あの子らの所に連れて行ってあげて。かなり傷がついたんでしょうね。ここ最近、見当たらないらしいわ。風の噂では、ここから遠くへ逃避したと聞くけど。こうなったら、死者を蘇らせるわ」
「死者を蘇らせるときたか。トラウマだろうな、あいつら。解決屋では、死霊系魔物の討伐依頼って基本断っているんだろ」
魔物には魔物しか獲得できない、固有スキルも存在する。
フェニルドラの戦いで得た『火炎砲』『火炎放射』なんかも、人類には獲得できない魔物スキルだ。
俺は『機械』の効果に含まれている『スキル取得:親切』とは別に、『全スキル取得可能』のおかげで、魔物だけのスキルだろうが獲得できる。
そして、タナトフォビアの『キル』。
俺以外だと、ほぼ即死。
Aランクのハンターでも、引き受けようとはしない化け物だ。
それでいて、隠しスキルという『見抜く』でも表示されない『死の時間:遅延』という酷いスキルのせいで、かなりの時間がかけて、ようやく死に至る。
だから、死霊系魔物を追い払える資格を持った者しか討伐に向かえない。
ハンターの中にも、そういった専門のハンターもいるそうだが、依頼料が凄まじく高くなるそう。
だから、解決屋では危機だと判断した場合のみ、依頼できるようになっている。
通常は教会の者に多額の寄付をし、霊を撃退してもらうのが一般のようだが、どうしても不可能だと結論付けた時のみ、専門ハンターが狩りに行くシステムだ。
ハウトレットの優しさといったところか。
「で、招待状は届いたのか?」
「ええ。正装でお越しください、だそうよ」
「偉そうな招待だ。実際に偉いけど」
招待状を、機械に戻った俺に渡す。
背面から伸びる手に受け取らせ、見える位置に固定し中身を見る。
確認し終え、箱の中にしまう。
正装……礼服なんて持ってたか。
「どうせ、ないんでしょ。はい、安いやつだけど使って」
黒いスーツと白いシャツ、黒いスラックスを渡されたが、アイソトープに頼めばよかったかと思う。
ついでに、茶髪の男と、スーツのサイズに合う化ける者も探すとするか。
「お待ちしていた。王の、グレアリング・リーブだ」
「私は、ミミゴンと言います。よろしくお願いします」
差し出された手を握りながら、互いの自己紹介を終える。
俺が化けたのは、ハンターとして活動していた金髪の男だ。
老けた顔の男が鼻の下の白い髭をさすりながら、ハウトレットに向き直る。
「ハウトレット、久しぶりだな。解決屋の方も近年、仕事が増えていて順調だそうだ」
「仕事じゃなく、事件ですわ。明らかに、崩壊の予兆よ。グレアリングも、対策した方がよろしくて?」
「ふん、魔物よりも国際交流に力を入れんといけないのでな。さあさ、部屋でお話ししましょう」
ハウトレットは、手を口に当てクスクス笑っている。
何が面白いんだ?
以前、ツトムの件で忍び込んだ時よりも、内部を観察することができる。
城というのは、こういうものだと教えるように、シャンデリアが吊るされてあったり。
衛兵が警備のため巡回していたりと、今のエンタープライズでは出来ないことを教えられている。
兵の数も多い。
俺も世界各地から、スカウトしてこないと。
こんな城、ぶっ潰せる力を持った兵士をな。
「こちらの部屋で、お聞かせくださいな」
大きな扉が開き、中には豪華な黒ソファが二つ。
挟むように、これまた豪華なテーブルが置いてあった。
カーテンも豪華、絨毯も豪華。
「いや~、素晴らしいですね」
「気に入っていただけて、良かったよ。素晴らしいでしょう。有名な職人に造らせた、美品ですからね。そちらのソファに、腰がけてください。メイドに、お茶でも持ってこさせよう」
俺が心の底から、素晴らしいですね、なんて言葉が出るだろうか。
出るわけがない。
アイソトープの作ったカーテン、絨毯、テーブル、ソファの方が素晴らしい。
メイド・イン・アイソトープの家具は、息をのむほど煌びやかなんだから。
「さて、ミミゴンさん。どういったご用件で?」
「見捨てられた土地を……」
「親父、決まってんだろ。こいつは、国を破壊しにきた裏切り者だ」
誰だ、この金髪?
壁にもたれて、俺を見下している。
「トリウム、部屋に戻れ。大事な話だ」
「まだ、本題にも入ってないのに大事な話かよ?」
お前が遮ったせいで、本題に入れないんだ。
よし、エルドラ。
転ぶ呪い、かけてやれ。
ただ一言。
(任せておけ)
金髪を手で整えていたトリウムだったが、いきなりバナナの皮を踏んだように転んだ。
これが、エルドラの天罰か。
どうやら、グレアリング王国の次期王様らしい。
家来に嫌われてそうな人物だ。
体全体に羞恥が表れ、顔にかかる金髪で隠しながら退散した。
恥ずかしいよな、分かるよ。
まあ、王族の人間が転ぶのも、どうかしているが。
〈それぐらいに、してあげましょうよー。王子、なんですからー〉
漏れ出る笑いを必死に隠す俺は俯きながらも、リーブ王に体の向きを変え、話を進める。
「今日訪れたのは、見捨てられた土地で話があって。ご存知ですよね。あそこを、私に譲ってもらおうかと」




