25 リブリー:不幸
久しぶりに聞いた小鳥の声で目が覚めた。
愛らしい小鳥の鳴き声は、平和の象徴だ。
誰かを落とした窓から日が差し込む。
他の二人も起きて、背伸びしていた。
洗面台の蛇口を捻り、水を出して顔を洗う。
体操と深呼吸も行って、朝食を食べに店へ向かった。
ミゴンとお店を探していると、一軒だけパン屋が開いていた。
そこで朝食を取ろうと提案し、お店のドアを開けると。
「おー! リブリーの者ではないか!」
昨日のジジイと出くわした。
朝食は後にすべきか?
いや、すぐにここを出発しないと。
「おいおいおいおい、無視は酷くないかの。こっちに来い、君たちを雇いたいのじゃ」
ミゴンは頭を抱えて、モチトリと離れた位置のテーブルに手を置き、焼き立てのパンを注文する。
僕らも真似して、パンを注文する。
「この機器が反応する場所まで、ワシらを守ってくれるだけでよい。報酬は……50000エンじゃ! 喉から手が出るじゃろ?」
注文したパンが届くと、急いで食べた。
味わって食べることができなくても、栄養になる。
パンを胃に収めようと三人は食らいついていると、モチトリがにじり寄ってきた。
手に持っている、アンテナの付いた機械を目に近づかせる。
しょうがない……。
「もう何なんですか! 引き受けますから!」
「フィル、受けるのか?」
「受けた方がええぞ。何より、ハンターのためじゃぞ」
了承して、外へ出る。
ミージャは嫌な顔をしていたが、ごめん我慢してくれ。
モチトリと共に二人の小人がついてきた。
二人は研究員兼助手だと聞かされ、再びミトドリア大平原へ、あいつらの馬車に乗って向かうことになった。
草原を疾駆する馬車の中は、居心地があまり良くない。
研究員たちはアンテナをあらゆる方向に向け、強い反応を探している。
どうやら、このミトドリア大平原のどこかに強い反応があり、そこに謎があるらしい。
それにしても、どうして僕たちなのか。
「ああ、それな。ワシは、ハウトレットと親交があっての。ここらで、強いハンターを紹介してくれと言ったら、リブリーがおすすめだと言っての。その通り、雇ったわけよ」
「場所も、よく分かったな」
「そんなもん、ワシの第六感で何ともなる」
ミージャが馬車を上手に走らせ、魔物と当たらないよう広い平原をあちこち向かう。
反応がある場所に、だんだんと近づいていったのだが。
ここは……。
「墓地、か」
木の柵で囲まれ、刺さっている木の棒が墓標となっているだけ。
奥へ進むごとに霧が濃くなっていく。
名前の分かる死者には歪ながらも彫られてあるが、名前が分からない者は何も彫られていない。
生前は名前があったのに、最期には失ってしまった者達。
墓のそばには、遺留品が供えてある。
名前が無くとも確かに存在していたという証。
遺留品も武器やネックレス、指輪。
墓地をさまよい歩いていると、何もない広場に出る。
前を歩いていたモチトリが叫ぶ。
「あったぞ! ここだ! ここを掘るんだ! さあ、弟子たちよ! 我に真実を見せてくれ!」
弟子の研究員は、スコップをリュックから取り出し、犬のように掘りだす。
近くに墓があるせいで、墓荒らしなんじゃないかと錯覚してしまう。
ちょっと目を離した隙に、深い穴が出来上がっていった。
と、その時。
「フィル! 後ろだ!」
顔を上げると、何かが飛来してきた。
ミゴンに突き飛ばされ、黒い炎を避ける。
あれは即死スキルの『キル』か。
非常にゆっくりと飛ぶ『キル』は肉体に当たれば、情け容赦なく魂を引き抜かれる危険なスキルだ。
それから使える者も限られてくる。
こいつは。
「タナトフォビアじゃ! 厄介な奴が現れよったわ!」
ネクロマンサー系の魔物。
即死スキルや死霊スキルを操り、浮遊して離れた位置から殺しにかかる。
死した人型の魔物がサイズの大きい白装束を着て、飛び回っている。
幸い、この一体だけ。
ゆらゆら漂うこいつに、ミージャは魔法を当てようとするが容易に躱され、『キル』を使用してくる。
槍を持っても、攻撃がとどかない。
最低でも囮には、なれると考えた。
しかし『挑発』して気を引かそうとするが、知らんぷりだ。
『挑発』に対する耐性が無効だということか。
青白い火の玉が飛んできた。
今度は死霊スキル『スピリサファー』か。
『キル』より速い玉が、僕に飛来する。
何とか避け、次の攻撃も見切ろうと思った先に『キル』が飛んできていた。
行動を先読みして、こっそり飛ばしてきていたのか!?
「フィルー!」
ミゴンが僕に突進して、突き飛ばされた。
そして、庇ったミゴンに『キル』が接触する。
僕は転がりながら、すぐに体勢を立て直し、ミゴンの様子を見たが。
「ウォ!? うわぁぁぁ!」
「ミゴンさん!」
僕とミージャが駆け寄ろうとするが、モチトリの叫び声が飛んでくる。
「近寄るではないぞ! タナトフォビアの攻撃に、気をつけるのじゃ! ミゴンのことは、任せておけ!」
でも!
反抗して、ミゴンの近くに寄りたかったが、この気持ちを抑え、タナトフォビアを視界に捉え続ける。
横から、人として出せる声ではない叫び声を出し、発狂しているようだった。
奴が放つスキルには、ある特殊効果もあると聞く。
悲しげに、モチトリが呟いた。
「死への恐怖、不安、孤独など負の感情を呼び起こす……見ておれん」
彼の苦しむ絶叫は、死への恐れか。
許さない!
ミージャも泣きじゃくりながら、本気の魔法を放っていく。
ミゴンの絶叫を聞けば聞くほど、暴走に近い魔法になっていった。
魔法は次々放たれるが、嘲笑うかのようにスイスイ避けられる。
それが更に、ミージャの魔法を暴走させた。
魔法の制御も出来ず、大きい魔法や小さい魔法が入り乱れている。
僕だって、いつまでも突っ立っていなかった。
槍を振り回し、奴目掛けてジャンプする。
届かないなら跳べばいい!
空中で、一心不乱に突いて振り回しているが当たらない。
ただ怒りのままに暴走状態で振り回しているのだから、冷静に狙い撃つことができなかった。
彼の絶叫が聞こえなくなっていた。
それに気付いたのが、倒した後だ。
タナトフォビアに、運よくミージャの暴走魔法が当たり、僕の槍が運よく忌まわしい体に突き刺さった。
そう、運が良かった。
だけど。
だけど。
だけど……。
聞こえなくなっていた。
気付かなかった。
いや、気付きたくなかったのかもしれない。
彼の絶叫が聞こえなくなるというのは、死んだということ。
この世にいないということ。
叫び声を聴き続けていたかった。
僕は、僕は……不幸者だったんだ。
あれから一週間、僕は引きこもっていた。
グレアリングから遠く離れた村の小屋、小さな部屋の一室で、ただじっと彼に黙祷を捧げていた。
それは、彼の死を認めてしまったということ。
あの後、ミゴンの尊い死体は、グレアリングのしっかりとした綺麗な墓所に葬られた。
火葬せず、土葬した。
「彼」を保ち続けるため、ゾンビとなって腐らせぬよう聖水を施し、日が通らない土のなかでも明るいように、とランタンも一緒に葬る。
彼と過ごしたランタン。
彼と過ごした日々が、記載されている日記の一部も一緒に。
もともと、こうなった原因であるモチトリの探し物だが。
掘り起こして出てきたのが、腕時計だった。
古く金具も錆び、ボロボロの腕時計。
だが、これがミトドリア大平原の異常発生に関わる物だという。
リライズに「魔物研究調査団」の本拠地があり、持ち帰って研究するそうだが。
どうでもよかった。
ほんとうに下らなかった。
こんなことになるなら、引き受けなければよかったと何度も自分を責めた。
悔やみ続けて、何日が経過しただろう。
小屋の扉が開く。
ミージャが食料を持って、部屋に入ってくる。
ドークランの素材を売り、モチトリから100000エンも貰い、しばらくは何もしなくても生活できるほどだ。
それと解決屋に報告していないので、依頼料は貰っていない。
妹は、横でグレアリングの事件を説明している。
なんでも二日前、グレアリング国内で争いが発生し、大混乱しているらしい。
あー、だから外が騒がしいのか。
「すみませーん」
大雨の中、誰かが呼び掛けている。
ミージャが対応し、何者かを中に入れたようだ。
僕の名前を叫ぶミージャは興奮した面持ちで、口が開いたり閉じたりしている。
そこに現れたのは……。
魔法攻撃に耐性のある青いローブ。
下は、素早さが向上するファルサウルスの素材が使われたズボンに、武器はダグラム街の木で出来た大きな杖。
そして、茶髪の男。
なぜ、人は幸運を生み出し、不幸を呼び込むのか。
なぜ、自分の思い通りにならないのか。
しかし、これだけは言える。
雨は一人だけに降り注ぐわけではない。
それに「不幸」がなければ、人はすぐに思い上がる悲しい生き物なのだ。
世界は、今日も幸運と不幸を生み続けている。




