217 終戦後
デザイアリング戦争終結から、一週間。
エンタープライズ王国は落ち着きを取り戻し、再び活気に満ちた空間となっている。
傭兵派遣会社との戦いで負傷した者たちも復帰し、王国軍はますます賑やかになった。
新たに加わった七生報国のミリミリも、すぐに受け入れられ、魔法の指南役を務めることとなった。
エンタープライズが積極的に取り組んでいることとして、新都リライズの復興と魔物の討伐である。
総崩れとなった新都リライズ第7番街は復興の兆しが見え始め、商業・工業に余力が生まれてきた。
それは、世界の発展へと繋がる。
とにかく、リライズの技術力を発揮できる状態へと戻さなければならない。
法則解放党が動き出した今、世界に何かが起きる状況となっている。
奴らの行動は決して個人の問題でとどまるはずがない。
大国全てに影響をもたらしているのだ。
グレアリング、デザイア、リライズが機能することで、法則解放党に立ち向かえる。
諦めずに、目の前の課題に着手していくつもりだ。
魔物の討伐に力を入れている理由もまた、この世界に影響があるからだ。
二日前、こちらに帰ってきたクラヴィスが報告してくれたことに関係がある。
「明らかに、魔物が増えているんです。解決屋への依頼も増加する一方で、ハンターは日々、討伐に明け暮れています」
「今まで、依頼がなくて手持ち無沙汰なハンターが多かったんだろ。良いことじゃないか?」
クラヴィスは困った顔で口を開く。
「確かに、解決屋は隆盛で良いんですが。ハウトレット様が言うには、世界の危機だと」
「世界の危機?」
「このまま、魔物の数が増大し続ければ、やがて解決屋では手に負えなくなる、と。それに、凶魔化した魔物も数を増していて」
「凶魔化?」
「凶暴性を増し、見境なく襲う現象です。最近になって、突如現れ始めたんです」
凶魔化した魔物の出現。
なるほど、もはや個人や自警団の域を超えているということか。
「事に当たるべきは国家という事態か。クラヴィス、ハウトレットに伝言だ。凶魔化した魔物の討伐は、エンタープライズが引き受ける、と」
「承りました。今のエンタープライズなら立派に活躍してくれるはずです」
「ああ。王国軍の兵士は皆、暇を持て余していると聞く。各地に派遣し、魔物を討伐すると共に、エンタープライズの名を轟かせる。そして、いつかエンタープライズは平和の象徴となるのだ」
クラヴィスは目を輝かせる。
「素晴らしいお考えです、ミミゴン様! 魔物の数は調和を保ち、轟く実力は法則解放党を慄かせることでしょう」
「そうと決まれば、早速行動といこう!」
俺とクラヴィスの喊声が玉座の間に響いた。
というわけで、今日も兵士の何人かは凶魔化した魔物の討伐へと赴いている。
魔物は勢を増し、生きる人々を次々と襲う。
この問題にも、人類は立ち向かわなければならないということだ。
世界の平和を実現し、エルドラの夢を叶えてやらねばな。
俺は玉座に座り、じっくりと骨休めしていた。
メイドに世話されつつ、時折民の悩みを聞くといった平穏な時を過ごしている。
特に切迫しているわけではない。
アヴィリオスから招待されるまで、静養することにした。
メイドが、グレアリングの特産品である果物を皿にのせて、運んできてくれた。
切り分けられた様々な果物を口に入れ、じゅわぁと広がる甘みにウットリとする。
「ミミゴン様、来客です」
メイドのニコシアが三人連れて、玉座の間に入室する。
「お久しぶりです、ミミゴン様」
「アルティア! メリディスにペンティスも来たのか!」
穏やかな表情を浮かべるアルティア。
従者のメリディスは相変わらず、ツンとした表情でじっと俺を見つめる。
そして、ペンティスはというと、落ち着かない様子で周りを眺めていた。
ペンティスがいるということは、戦闘機で来たのだろう。
「エンタープライズ王国……素晴らしい場所ですね」
「ありがとう、アルティア」
「貴様が、これほどの国を治めていたとはな。見かけによらないものだ」
「もう、メリディスは……」
メリディスの口ぶりに、アルティアは楽しそうに呆れる。
「それで、ここに来たわけは?」
「色々と、お伝えしたいことがあります」
三人をソファに誘導し、話を聞くことにした。
「お父様とスイセイの意識は回復しました。ただ、お父様は後遺症で満足に活動できない体となってしまって」
「それは……つらいな」
アルファルド皇帝はヒドゥリーに胸を撃ち抜かれた。
老齢ということもあってか、ダメージが大きすぎたか。
アルティアは悲嘆に暮れながらも、すぐに切り替えて、引き締まった表情となる。
「それでも、お父様は生きている。それに、今はお姉様もいる。私とお姉様、お父様が揃ったとき、やっと終戦したんだって実感できました。私は今が……一番、幸せです」
「アルティアが命を張って、アルフェッカを止めてくれたからだ。メリディスも、アルティアのため、よく戦ってくれた」
「ふっ、アルティア様のため、戦うのは当たり前だ」
アルティアが感謝をするように、メリディスに微笑みかける。
気恥ずかしそうにしながらも、向かい合って口角を上げた。
再び、俺に目を合わせたアルティアは少し重そうに口を開く。
「三日前、お父様は私とお姉様を呼び出し、皇位継承について語られました。もう……先は長くない、からと」
「長くない、か。それで、皇位は……」
「お姉様が継ぐことになりました」
「本当か……!?」
アルフェッカが次期皇帝になるのか。
帝位継承権第一位だから当然といえば、そうだが。
しかし、諮問機関の破壊や皇帝の命令を無視して侵略するなど目に余る振る舞いもしている。
アルファルド皇帝や妹のアルティアが許したとしても、民からは反発されるのではないのだろうか。
「お父様は最初、私を後継者として選びました。その場にいたお姉様も賛成し、私を次期皇帝に推薦してきたのですが……丁重にお断りしました! 私よりも、お姉様の方が皇帝に相応しい」
キラキラとした瞳で、きっぱりと告げた。
隣りのメリディスは、バツが悪そうに頭を抱えている。
「アルティア様の、あの態度……実に驚愕しました」
「ええ? そうですか?」
「皇帝陛下に対して『お断りします! 私よりもお姉様に継がせるべきです! 私はやりたいことがあるので、失礼します!』……ですよ。それだけ言って、飛び出したんです。なんというか、初めて見ました……あれがアルティア様の反抗期なんですね」
「は、はんこうき? 違いますよ。ただ、デザイア帝国や神都ユニヴェルスの難民、世界情勢を鑑みて導き出した結論です。長々と説明したところで納得してくださらないでしょうし、それに……私はメリディスと共に各地を旅したいのですよ」
なるほど。
「つまり、縛られたくないってわけだ」
「そういうことです、ミミゴン様」
「落ち着いているように見えて、意外とお転婆なんだな」
とにかく、皇帝になんてなりたくない。
そんな強い意志が、彼女の笑う顔に表れていた。
その後、彼女の話をまとめると。
アルフェッカが現在、アルファルドに代わって国政に参与している。
摂政のような立場にあるらしい。
諮問機関である元老院を復活させるまでの間、アルフェッカは国のため執政し続けるようだ。
最終的に元老院が建て直されたあと、アルフェッカを次期皇帝として認めるかどうかを審議する。
要するに、今の期間は元老院に気に入られるように内政を執り行うというわけだ。
国民は詳しい裏事情を知らないため、アルフェッカを為政者と認めている。
元老院が突然、爆発し、機能を一時停止した件については現在、調査中ということにしている。
どうやら、有耶無耶にするみたいだ。
ドラコーニブス家の権力をフル活用し、アルフェッカがいつ女帝となってもいいように土台を固めている。
デザイア帝国は安定してきたということだ。
「それとミミゴン様。神都ユニヴェルスの難民なんですが……」
「エンタープライズで受け入れてほしい。そういうことだな?」
「話が早くて助かります。ですが、ここの人たちは受け入れてくださるでしょうか? いきなり、入ってくる竜人のことを」
「エンタープライズは全てを受け入れる国だ。その雰囲気は皆も感受している。最初から大歓迎、とはならないまでも追い出したり、迫害したりなどはしないはずだ。それに、ユニヴェルスの難民には人間もいたし、互いを迎い入れる気持ちはできている。デザイアリング戦争がなくなった今、種族のことで傷つけ合う理由も意味もなくなった。時間はかかるだろうが、やってやろうぜ」
「ミミゴン様……!」
差し出す手を、アルティアは迷わず強く握った。
アルティアは神都ユニヴェルスの難民を強く愛している。
それに難民も、ただ庇護されているだけじゃない。
アルティアを信じて、生き抜こうとしている。
難民と信頼関係を築いたアルティアが、俺たちエンタープライズに託そうというのだ。
エンタープライズを信じてくれる気持ちを、俺は絶対に裏切らない。
人間と竜人が手を取り合う未来。
アルティアの掲げる夢、必ず実現させる。
「ミミゴン様」
「どうした?」
「もう一つ、お伝えしたいことがあります。アヴィリオス教皇からの伝言です」
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
2022年1月1日 神島しとう