212 魔神獣:地上―3
住民と負傷した兵士を無事、モルスケルタへと退避させることができた。
アルフェッカら勇猛な戦士のおかげで、戦場に道ができ、安全な退避へと繋がった。
この果敢な行動により、人間は竜人を、竜人は人間を信用する糸口となったのである。
命がけの戦いは、種族の隔たりを埋めたのだ。
「閣下。要塞の人間たちは無事、モルスケルタに退避できました」
「そうか。ご苦労だった、ウラヌス」
アルフェッカの労いに、ウラヌスは頭を下げる。
「それと、ウラヌス。中の様子は、どうだった?」
「人間と竜人……互いに関わろうとはしません。壁をつくっている……そんな雰囲気でした」
「今は、それでよい。自分のことで精一杯の状況だからな」
アルフェッカは、モルスケルタに出入りする竜人を見送る。
ここで、ヴェニューサが声を飛ばしながら走り寄ってきた。
「閣下!」
「ヴェニューサ、アークライトはどうだ?」
アルフェッカは、ヴェニューサに飛行戦艦の確認を頼んだ。
帝国軍を乗せて帰る輸送機に異常がないか。
ヴェニューサは声色を重くして、沈痛な面持ちとなる。
「艦内に魔物が侵入し、中の兵士たちは全滅。一部、設備も破壊され、すぐには飛び立てない様子です」
「艦内の安全を確保するため、隊を編成し、魔物の退治にあたれ。加えて、モルスケルタの技術班を伴って、設備の復旧に務めろ」
「はっ!」
「エンタープライズの諸氏よ、頼みたいことがある」
アルフェッカに呼ばれ、モルスケルタ前で集まっていた数人が振り返る。
その中から、一人が前に出た。
指揮官のシアグリースである。
「僕たちに頼みたいこととは」
「このヴェニューサと共に、我々の飛行戦艦アークライトに侵入した魔物を撃退してもらいたい」
「承知いたしました!」
彼らは早速、気を引き締めて先行するヴェニューサの後ろを付いていく。
エンタープライズ軍の早呑込みぶりに、アルフェッカは驚いた。
疑うことを知らないうぶな者たちに、いささか不安を覚える。
しかし、彼らエンタープライズ軍が戦場に来てから、状況は好転した。
その事実は、しっかりとアルフェッカの目に焼き付いている。
すぐに不安を拭い去り、彼らを信用することにした。
「皆、モルスケルタを死守するぞ。絶対に魔物を侵入させるな!」
アルフェッカの叫びは、ここにいる勇士たちに響き渡った。
モルスケルタの入口前で人間兵、竜人兵が並び立つ。
皆一様に武器の柄を握り直し、精神統一する。
ここを乗り切れば、最後。
その希望に縋り、勇士は己の武器を振るった。
「ゆけー! 戦え!」
リーブが声を張り上げ、味方を鼓舞する。
ウラヌスとアルテックは自慢の剣術で、強敵を相手にした。
押し寄せる魔物の群れで一際、異彩を放つ魔物。
人面樹と呼ばれるその魔物は、立派な枝ぶりを振り回す。
枝に生え揃った葉を、投げナイフのように勢いよく飛ばしてきた。
駆ける二人は鋭く突き刺してくる木の葉を見切り、上空に跳ねる。
刀に魔力を充填させ、スキルを発動させた。
「食らえ、『獅子吼・天空』!」
「『捲土重来』!」
振り下ろされる二刀から放たれる強烈な斬撃。
その二撃を受けて、人面樹は音を立てて崩れ倒れた。
揺れた大地に、二人は舞い降りる。
「竜人は豪快な技しか使えんと思っていたが、意外にも繊細な技だったな。見事だ」
「オッサンも、その細身から想像もできない力を出したな。さすが、王の側近ってだけはある」
ウラヌスは、隣のアルテックに挑戦的な眼差しを向けた。
「機会があったら、一戦交えてぇんだが、どうだ?」
「いいだろう。久々に、張り合いたくなる剣士が現れた。両国が落ち着いたら、試合を行おうではないか」
「へへ、楽しみだぜ」
次に攻撃を仕掛けてきた魔物を二人はキッと睨む。
刀で斬るタイミングを見極め、魔物の方へと走る。
そして、攻撃を躱しつつ、敵を一刀両断した。
突如、毒空木が大爆発した。
アルフェッカたちの視界は真っ白に包まれる。
続いて、暴れる熱波と爆音が全身に襲ってきた。
いきなり起こった出来事に全員、身を縮こまらせるしかなかった。
不幸にも耐えることのできなかったものは、魔物も人も等しく吹き飛ばされた。
まるで太陽が墜落したような眩い光と衝撃。
体の感覚を取り戻すまで数秒かかり、視界がハッキリと晴れるまで数十秒かかった。
アルフェッカは顔を守る腕を下ろし、目をゆっくりと開ける。
ぼやける視界が徐々に形を取り戻す。
戦場を取り巻く土煙が風で流されるのを待った。
「う……あれは……」
去っていく土煙の間から垣間見えたのは、半分が消し飛んだ毒空木だった。
巨木を強引にへし折られたような見た目である。
見上げると、宙に浮かぶ二人がいた。
ミリミリとミリミリに『ものまね』したミミゴン。
こんな芸当ができるのは、あの二人しかいないと、アルフェッカは乾いた笑いを出した。
大地を撫でる風が吹き流れたあと、戦士たちは体を起こして再び臨戦する。
ひっくり返った魔物は、劣勢だった兵士たちの餌食となった。
この光景が士気高揚を促したのだ。
「鬨の声を上げろー!」
リーブが腹の底から叫んだ。
その意思に応え、戦場に喊声が轟き、鯨波は人に勇気を与えた。
湧き上がる戦意はとどまるところを知らず、竜人と人間の勢いは増進するばかりである。
「閣下! そっちに魔物が!」
「ふっ、抗う者を殲滅せん!」
ウラヌスの警告に反応し、アルフェッカは達人のごとく身構える。
降りかかるように襲ってきた魔物を、双剣が一瞬の内に切り裂いた。
空中で斬撃を食らって、裂かれた肉がベチャベチャと落ちる。
続くマンドレイクの魔物に向き直り、双刃を下にして構える。
鏡面仕上げの剣に魔力を集中させ……一気に放った。
「『逆浪』!」
刃をしっかりと撃ち込める間合いに、敵が侵入する。
目を光らせ、居合斬りのように双剣を斬り上げた。
逆巻く波を思わせる斬撃は魔物を打ち上げ、体を真っ二つへと変えた。
「ウラヌス。ミリミリやミミゴンのためにも、地上の雑魚は我らの手で葬るぞ。さぁ、手を貸せ」
「御意! このウラヌス、全力で奴らを排除してみせましょう」
ウラヌスは甲冑を鳴らして、すぅっと息を吸う。
目を閉じて、唇を少し突き出して息を吐く。
乱れていた心を整えたのを全身で感じて、バッと目を見開かせた。
刀を両手で握りしめる。
メリディスは、アルティア殿下に必要とされたからオレを打ち負かした。
アルティア殿下をお守りするという野心が、メリディスを立ち上がらせた。
なら、オレは……アルフェッカ殿下をお守りするという野心で戦い抜く!
長年の悩みを振りほどいた心は、ウラヌスを目覚めさせる。
満ちる闘気を武器に宿し、彼はアルフェッカと共に刀を振り続けた。
この戦いが終わりを迎える頃まで。